ヴァンキッシュ編

第十六話 ツキの気持ち

「───昼間も暗いけど、夜は更に暗く感じるな……」


 ザク、ザクと歩くアカゲが呟いた。


「でも真っ暗にはならない」


 ツキはそう言って、ちょこんと真上を指差した。───煌々と光り点滅する、星のような灯り。

 上空はここより更に冷え込んでいるため、ダクトから排出される空気は霧を作り出していた。

 そんな霧にぼんやりと光は反射して、空には薄く光る靄がかかっている。


「アレのおかげって感じね」


 頷きながら感嘆するアカゲ。

 辺りは月明かりの夜道と同じくらいの暗さだ。見通しは悪く、これでは危険が迫ってもなかなか気付けないだろう。


「灯りが欲しくなるなあ、こんな夜は」


 チラ、と横目でツキを見る。

 彼女は、む。という顔をする。


「……何だよ見りゃ分かるだろ、全部家に置いてきた」


 手をブンブンと振るツキ。デカい肉の包みと、装着したベルトポーチしか彼女の荷物はない。


「早く帰らなきゃ、ですね」


「そう。お家がいちばん」


 ザク、ザク……。

 ツキが先導し、二人は暗い夜道を歩いていく。


「なあ」


 アカゲの呼びかけに、ツキはなんだ?と振り向いた。


「さっきもご老体が言ってたが、お前の“目的”って、一体何なんだ」


 ……冬崎アカゲは、勘付いている。

 長火鉢ツキの目的は恐らく───“復讐”。

 しかしその言葉は、しっかりと彼女の口から聞き出してみたかった。

 本音を聞いて、そこでまた考えよう。色々と。


「言わなかったか?ただの旅行だ」


「それはウソだろ」


「……」


 アカゲは言葉の息継ぎをして、言い放つ。


「いつまでも見え透いたウソで誤魔化し続けられるほど、大人は甘くないぞ」


 ザク……ザク……。

 ツキは黙り込んでしまった。

 しばらくして、開き直ったように口を開く。


「知ったところで意味がない。お前に教える義理もない」


 ザク、ザク。


「ラップでも始める気ですか」


「……?」


 ザク、ザク。


「───あのな、ツキ」


 ザク。

 アカゲは歩みを止める。

 ツキは振り返った。

 二人は止まったまま対峙する。


「───オレたちはバディ。協力関係だ」


「……フン」


 図にのるなと一瞥し、ツキはまた歩き出した。

 ザクッ、ザク、ザク……。

 アカゲも後を追うように歩き始める。


「……確かにお前の力は必要」

「だけどそれはお前が上界人で、“上”の連中からなぜか大事に扱われてるからだ」


「……」


「記憶もない、戦えない、そんなお前に価値はない」


「ラップ?」


「だからそれ何」


 ザク……ザク……。歩き続ける。

 ツキはずり落ち気味の肉の荷物を、たまによいしょと担ぎ直している。


「だったら……」

「あのシチューは」


「?」


「───あのシチューは、一体何だったんですか」


 アカゲの言葉に疑問の色を浮かべるツキ。

 続けてアカゲは言う。


「相当貴重らしいですね、アレ」


「……!」


 またも黙り込んでしまうツキ。

 ザク……ザク……。


「……あんなの、どこにでもあるから」


「またウソだな。ご老体に聞いたよ」


「飲もうって決めてただけだ、その日は」


 ふうん、とアカゲは得意そうな顔をする。


 彼は覚えている、あの時……。

 あの時……シチューはコトコトと音を立て、充分温まっていた。温まったならすぐに飲んでしまえばいい。

 しかし彼女が焦げつきを考えてずっとかき混ぜていたのは、アカゲが起きるのを“待っていた”からではないだろうか。

 上界人であるアカゲの舌に合わなかったらどうしよう、そんな理由でわざわざ大事なシチューを引っ張り出してきたのかもしれない。

 ツキなりに考えた、歓迎の、シチュー。


 ザク、ザク。踏みしめて歩いていく。

 ツキは今何を考えているだろうか?

 歩く彼女の背中を見ながら思う。


「ツキ」


「今度は何だよ……」


 怪訝そうな顔で振り返る。


「夕食はステーキにしましょうか」


 ツキが肩から下げる大きな肉を、ちょいちょいと指差した。

 彼女は困惑する。


「ステ……?素敵?私か?」


「違う。平たく切った肉を焼いた料理だ」


「なんだ」


 家にフライパンがあるか、アカゲは聞いた。ぶんぶんと首を振るツキ。

 アカゲは歩くのを止め、道の脇に逸れてしゃがみ込み、何かを選ぶ。

 転がっていた“両手大の瓦礫”を持ち上げた。ゴロンとそれなりの重量がある、恐らくは何かの石材だ。


「これ、斬れたりする?」


 アカゲは振り向いて言う。


「任せて」


 ツキはそのまま両手で石を持っているように指示し、右手の刃を煌めかせた。

 石を見据えて、静かに刃筋をイメージする。

 

 次の瞬間。

 ───ギン!!


 と鈍く鋭い音がして、刃の軌跡は肉眼で捉えられず、石はスパッと横に割れ、プレートになった。

 その断面は驚くほど滑らかだ。


「おお、すげえ」


「ふふん」


 二枚の分厚い石プレートをアカゲは抱え、二人はまた歩き出す。

 ザク、ザク。


「……肉を焼くとか、私、やったことない。上手く焼けるかな」


 ツキが呟く。


「任せてもらえれば」


「そういうの得意なの?」


「まあね」


───────────────────


 ……。

 いくらか歩いただろうか。

 あれからゆっくりと沈黙は続き、枯れた土や埋まった石を踏む音だけが二人の間を流れた。夜道は暗く、少し肌寒い。


「アカゲ」


「何すか」


「───ちょっと、話しておきたい」


 ツキは振り返らず言う。


「目的?」


「……うん」


 アカゲは顎を触る。


「急にどうしたのよ」


「お前なら、なんか……いい気がしてきた。聞いてくれるって思う、ちゃんと」


「感激だね」


 そして、ゆっくりと。

 ツキは語り出す。


 それは彼女の、過去の話。

 灰の娘の、物語。

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