第十五話 笠山電装建設に相談だ

 『───続いて交通情報です。国道2号線では馬刀葉マテバジャンクションから護国楼ゴコクロウ方面へ向かって3キロの渋滞。また、化学薬品を載せた大型乗用車が横転する事故のため、高良田タカラダバイパスは一時通行止めとなっています』


 立ち並ぶビル街、都市の中央。国の心臓。


 『───明日朝にかけての降水情報です。明日午前2時ちょうどからレベル2の降水が予定されています。雨は2時間降り続き、降水終了時刻は午前4時です。お出かけの際は濡れた路面等にご注意ください』


 晴れやかな空、涼しい空気、心地よい午後。


 『あらダーリン!ちょっと見ないうちにお家のキャタピラが壊れちゃってるわ〜!ノンノン心配は要らないサ!マイハニー!笠山電装建設に相談だ!笠山電装建設では無限軌道住宅に関する修理やリフォームのご相談、お見積もりなど懇切丁寧に対応致します。ムキ家のことならすぐ相談♫かっさや〜〜ま電装建設♫』


 鳴るクラクション。人混みの交差点。背広のサラリーマン。

 新梺シンフモト一丁目。その、どデカい権威の象徴、ビルの中───。


 かつ、かつ、と広々としたフロアを歩く靴音。

 滑らかに磨き上げられた床は、シックで高貴な空間の雰囲気づくりに一役買っている。

 ここは“王都警察庁”。

 忙しくなく歩く職員達を過ぎ去るように、往年の白髪は歩いていた。

 かつ、かつ。仰々しい襟のコートもゆらゆらと揺れ、男は無表情で歩く。

 そんな時。


「サカダ殲滅局長」


 呼びかけられ、む。という顔をした。

 後ろを向いて声の主を見る。


「……これは、ヤブカワ公安委員長。お疲れ様です」


 そう言って、サカダは軽くお辞儀をする。

 ヤブカワと呼ばれた30代後半の男は、気怠そうに首を掻いてみせた。

 この男ヤブカワ、かしこまった態度の中に何か腐れ切った横柄なモノを感じるが、スーツの着こなしだけは一級品といえよう。

 黒髪を揺らす立ち姿は、どことなくエレガントだ。知的で誰も寄せ付けない、風変わりなオーラを醸し出している。


「さてサカダ君。計画書には目を通しました。進捗お聞きしましょう、ええ」


「進行具合は全体の67%、順調です。予定には間に合うかと」


 ふむ、と何回か頷いて、ヤブカワは神妙な顔をした。


「それと先日、護国楼に向かわれていましたね。何かご用で」


「国王陛下に謁見を、冬崎アカゲの鋲郭外追放に関する件です」


「ほう……」


 肩まで適当に伸びた後ろ髪をわさわさと触って、ヤブカワは少し目つきを変えた。


「そのような事でわざわざ陛下のお手を煩わせるのは、流石にキミくらいなものですね、ええ」

「あのね。マジメなのは結構ですが、誤魔化し方もそろそろ覚えて頂きたい」


「了解しました」


「はい、結構」


 ……。

 なるはやでね、と彼は言い残し、早々にサカダの前から去ってしまった。

 サカダは、瞬きをした。黒く透き通る瞳だが、右の瞼にはやはり傷跡があった。

 縦にスパッと伸びた切り傷が、今も痛々しく残っている。


 かつ、かつ。また歩き出し、彼は彼のオフィスに向かう。

 職員からの視線を感じる。まるで腫れ物扱いされるような、痛い視線。

 かつ、かつ。それも全く意に介さず歩いていた……。


───────────────────


「お早いおかえりで、サカダ局長」


「ああ」


 丸眼鏡を掛けた誠実そうな秘書、五ノ神は、オフィスに戻ったサカダを出迎えた。


「先ほど“V”を向かわせました。成功するとよいのですが……」


「───ああ。計画が完全でない以上、こちらも打つ手を渋らざるを得ないことが問題ではあるが」


「仰る通りですね。紅茶をお淹れします」


 五ノ神は預かったサカダのコートを掛け、奥へ紅茶を淹れに行った。

 サカダは革のソファに座り、ゆっくりと息を吐く。


「───灰の娘について、調べは進んでいるか」


 サカダは聞く。

 五ノ神は奥から顔を覗かせ答えた。


「やはりデータベース上にその名はありませんでした。唯一キャッチした情報は、大支柱内外警備隊による報告書のみ」

「内外警備隊によれば。“定規の刀を持った、白銀髪の娘。右眼に傷のある男を探して殺すと触れ周り、大支柱近辺に大規模な損害を与えた”と。中隊長の報告にあった灰の娘と特徴は一致しています」


 サカダは瞼を閉じて、自分の右眼に深々と刻まれた傷に触れた。


「───恐らく、サカダ局長を狙った復讐ではないかと」


「そうか」


 ……生き残りか。仕方がない話だ。


「今は、Vに任せましょう。私達は計画の準備に熱を注ぐときです」


「ああ」


 サカダはおもむろに立ち上がり、自室の扉を開けた。

 五ノ神が出てきて尋ねる。


「あれ、もうお湯が沸きますが」


「調べ物だ。ネットワークに接続する」

「紅茶はそのままで構わない」


「承知しました」


 ふと五ノ神は、サカダの右眼に刻まれた傷跡に、再度注目する。

 丸眼鏡を指で持ち上げ、切り出した。


「あの……」


「なんだ」


「もしよろしければ、その“傷跡”について、教えていただけませんか」

「……以前からずっと気になっていたもので」


 五ノ神の言葉にサカダは、ふむ……と黙り込んでしまう。

 ……しばらく言葉に悩んで、告げた。


「この傷跡が何か。私にも分からない」


 そうですか、と五ノ神は返す。

 五ノ神が頭を下げると、サカダはそっと一瞥して、自室の奥へ入っていった。

 ───閉じた扉から、ガチャリと鍵がかかる音がする。


 ボコボコと沸騰するヤカンから、ゆらゆらと湯気は漏れ出ている。

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