第十三話 生臭い鉄の香り

「ほう、隠れ家に家族がな……」


 サガミは革のノートにガリガリとイノシシの特徴とスケッチを描き写しながら、顔を上げて言った。


「小さな子どもが衰弱し切っていて、助けを必要としてます」


「うむ、分かった。解熱剤と咳止めなら持ち合わせておる。“事後処理”が終わり次第向かうとするかの」


「うす」


 ザク、ザク。ザリザリザリザリ、ガリ。ギリ、ギッ。

 巨大なイノシシを、ツキは跨がって解体している。


「おお。コイツ、肉っぽくて少し柔らかい」


 感嘆した声を上げるツキ。


「ホホホ、ツキ殿。“獣型”の炭化生物は、柔らかい肉が残っておる場合が多いのですよ」


 アカゲは困惑しながら口を開く。


「ん……?炭化“生物”?人間じゃなくて?」


「……稀にだがの、人間以外の生き物もミナグロ病に罹ることがある。このようにな」

「ヒトが“変化”する場合は、知っての通り画一的な姿形になるんじゃがの。ヒト以外の場合、不完全な変化となる」


「不完全な?」


「炭化人間は、ホラ、細っこいじゃろ?」

「それに比べてああいうのは、元の形のままデッカくなったり、色々ある」


 なるほど、とアカゲは顎の短い髭を触る。

 確かにサガミの言う通り、目の前に横たわる炭化イノシシの肉は随分柔らかそうだ。


「んで、美味いんすか」


「うむ。上界の美食家も、コッソリ食すと言われておる。真偽の程は分からんがな」


「ほう」


 アカゲの好奇心は静かに募る。

 ザク、ザク。ツキの解体が終わったようだ。


「ジイさん。これほんとに貰ってもいいの?」


 ツキは大きな赤黒い肉の塊を、ダロンと両手で掲げながら呼びかける。


「勿論ですとも、ツキ殿がお仕留めになったのですからな。お好きなだけ持っていってくだされば」


「ねえご老体」


「なんじゃ冬崎」


「なんかオレと、扱い違いません?妙にへりくだっちゃって」


「当然じゃろう。下界では人間内でも弱肉強食。ツキ殿には誰も敵うまいよ」


「うーん、確かに」


 サガミに貰った藁の包みで、ツキは大きな肉を梱包していく。

 アカゲは斬り落とされたイノシシの巨大な頭をじっと見ていた。

 蔓で編んだ丈夫な網カバンにドッサリと肉を入れて、ツキは肩から掛け満足そうな顔をする。

 

 ───アカゲと目が合った。

 機嫌の悪い顔に戻って、気まずそうに視線を逸らすツキ。

 ……ちら、と視線を戻す。何か言いたそうだ。

 ツキはイノシシの腹から飛び降りて、ドス、と着地する。

 アカゲの方にそそくさと歩んできて、耳打ちをした。


「(アカゲ)」


「(なんだ)」


「(あのさ。炭化人間の肉って……食べた?)」


「(……食べました。ご老体に薦められて)」


「(……)」


「(……)」


「(アレさ、普通にマズくね)」


「(わかる)」


 ツキは怪訝そうな顔で肩に下げたイノシシの肉を見る。

 赤黒い見た目で、少しばかりのみずみずしさと柔らかさが備わっているようだ。


「(……これ、旨いのかな)」


「(美食家はどうやら食べるらしい)」


「(びしょくか?)」


「ワシに内緒でヒソヒソ話かの?感心せんぞ」


 スケッチを終えたようで、ノートから顔を上げたサガミが声をかけた。

 うわ!と二人揃って声を上げる。


「水を汲む。手伝ってくれんか」


 サガミはリュックから金属の水筒を二本取り出し、軽そうに振ってみせた。

 そういえば、サガミは水を汲むと言ってアカゲと離れたのだ。


「……水すか、こんな場所で?」


 アカゲは辺りをキョロキョロと見回す。

 水源らしきものは見当たらないが……。


「ツキ殿、お願いしてもよろしいですかな」


「えー、ジイさんがやればいいのに。私、繊細な作業はニガテだ」


 そう言いながら、懐にしまってあった包帯の束をハンカチ代わりに、定規にこびりついた赤黒い血を拭き取っていく。

 ツキはそのまま、向こうの方に転がっている炭化人間の死体に向かって歩き出す。

 アカゲとサガミもその後を追って付いていった。


 ツキはしゃがみ込んで、刃を突き立てた。

 炭化人間の首無し死体の胸を、ザク、ザク、と割いていく。小気味の良い音だ。

 浅黒く、薄くしぶとい筋肉をベリベリ剥がす。

 露わになった肋骨をバキン!ゴキン!と力強くへし折る。

 その様子をまじまじと見るアカゲ。炭化人間の内部構造を見学。


「たぶん大丈夫」


 と言いながらツキは、ボテッと何か液体を蓄えたブヨブヨの袋を中から抜き取った。程よい黒に染まった薄い皮の袋をサガミに渡す。


「ソレ、何すか。炭化人間の胃?」


「まあ、見ておれ」

 

 水筒の蓋を開け、その上にタプタプの袋を持ってきた。

 懐から取り出した小さなハサミで袋の下の方をチョキンと切ると……。


 無色透明な水がチョロチョロと流れ出し、その様子を確認すると、サガミは流れる水を水筒に注ぎ始めた。


「……」


「コレが水じゃよ」


「水……?」


「冬崎もさっき飲んだじゃろう」


 アカゲは自分の喉を押さえた!炭化人間の内臓から流れ出た正体不明の水……。

 比喩ではなく、まさに命の水であったのだ。


「炭化人間はのう、炭化していく際に“綺麗な水を、胃や肺に溜め込む”んじゃ」


「───ああ」

「……もう、なんでもいいや───」


 真実を知ってしまったアカゲ。全てを受け入れることにした。


「うえっ」


 向こうでツキが声を上げる。コッチを振り向いて気持ち悪そうな顔をした。

 アカゲは側に寄ってみる。


 赤く染まったドブのような水が、炭化人間の胃袋から溢れ出ていた。

 ツキは鼻を必死に押さえている。


「はぬえあ」


「何?」


「ハズレだ!」


 うっ、とまた気持ち悪そうな顔をして鼻を押さえるツキ。

 ……うわ!立ち所に香る腐敗した刺激臭!アカゲもそれを感じ取り急いで鼻を押さえた。

 捕食したモノは吸収されず胃に溜まり続けるのだろう。流石にモザイクだ。

 まだ何も食べたことのない炭化人間限定で、胃から綺麗な水を得ることができるらしい。

 ザク、ザク。めげずに肺の方から綺麗な水を入手する。

 量は胃ほどではないが、片肺でコップ一杯分の水にはなる。

 最高の水汲みだな、と皮肉混じりにアカゲは引き攣った笑みを浮かべた。


 最後の一体は綺麗な胃を持った炭化人間だった。同じような手順で胸を開き、金属の水筒に並々と水を充填する。

 入りきらなかった分はツキが直接口をつけて啜っていた。

 ジュルジュル。

 アカゲはソレを怪訝そうな顔で見ている。

 ツキが顔を上げて言った。


「水分補給は大事。お前も飲めアカゲ」


「嫌です」


「は?」


「飲みます」


 ジュルジュル。

 屈辱的な気分に苛まれるアカゲ。

 頑張れアカゲ。彼はこれからしばらく下界で生きることになる。

 炭化人間由来の水も、お世話になっていくだろう。


 飲み終わり後ろを見ると、サガミは腕の方位磁針と地図を見比べ、革のノートに何か記していた。

 書き終わって顔を上げ、呼びかける。


「さてと、事後処理は終わりじゃ。これから例の隠れ家へワシは向かうが……。二人はどうするかの」


 ノートと筆記具を、デカいリュックにしまい込む。

 アカゲは口を袖で拭った後に言った。


「オレ、行きます。約束しちゃったのはオレだし、“あの子ら”も安心して扉開けてくれるハズです」


 ツキはそんなアカゲを横目に見て口を開いた。


「───アカゲは私が引き受ける。何か知らんが、こいつが行くなら一緒に行く」


「ホホホ、ではこのまま向かうとするかの。ツキ殿、歩きでよいですかな」


「うむ」


 アレ、とサガミに声をかけるアカゲ。


「このイノシシって、ここに置いとくんですか」


 丘のようにどっかりと横になる巨体を指差した。

 サガミは鉄のメットを被ろうとしながら答える。


「まあ、動かせんからの。諸々終わった後にワシもすぐ、本部へ帰投するのでな。その後、輸送部隊でも編成するわい」


「なるほど」


 鉄のメットを深く被るサガミ。

 では行くぞ、と二人の先頭に立ち、杖代わりに薙刀の石突の先を、地面にトスと突き立てた。


 ザク、ザク。枯れた砂土を三人の足音が踏みしめて、歩んでいく。


「ご老体」


「何じゃ冬崎」


「聞きたいことがあります」


「言ってみなさい」


 アカゲは歩きながら周囲を見渡した。

 相変わらず、崩壊したかつての街並みが、かろうじて街だとわかる形を残しながら葬られてしまっているようだ。

 そんな土地がずっと遠くまで広がっている。


「この下界の歴史です、どうしてこんな有り様になったのかを」


「フム……知りたいじゃろうな」


 ついにこの下界の謎が分かる。

 宙を目線で追いながら、サガミは重そうに話し始めた……。


「───かつて……今から“60年以上”も前」

「“アレ”が空から飛来してな、この大地に深く突き刺さったのじゃ」


 サガミは静かに真上を指差した。

 画鋲のような超巨大建造物。それが、空から───?

 まさか、と表情に出るアカゲ。


「それってマジすか。この……えーと……」


「───“ハイブエン”」

「それが、この常軌を逸した建物の名前じゃよ」


 ハイブエン。

 今まではその形から、何となく画鋲と呼んでいたりもしたが、ようやくその名が判明する。

 しかし何となく、ハイブエンという名前にしっくり来ないような顔をするアカゲ。


「微妙にダサいっすね……。なんか、グレート・エルドラド!とか、絶体要塞ハイパージパング!とか、そんなんだと思ってました」


「それも大概じゃろうが」


 ゴホン。咳払いをするサガミ。


「ハイブエンは、東京都の“箱根ヶ崎”という地方に突き刺さった。デカい杭が天変地異の如く打ち込まれたワケじゃからの、周辺に住んでいた何万人もの人間は押し潰されて犠牲となった」

「しかし、それが原因で現在のような有り様になったワケではない」


 顎に手を当て、髭を触るアカゲ。


「と言いますと」


「大勢の死傷者を出したハイブエンじゃが……。その後20年、死んだように沈黙を続けた」

「動きもせずただそこにあるだけの謎の建造物は、鋲郭びょうかくと人々から呼ばれ、そのうち我々の日常風景に溶け込んでいったんじゃ」


「奇妙な話ですね。……鋲郭の中は、調査されなかったんすか」


 うーむ、唸るサガミ。


「───調査できなかったんじゃ。コレがどこを探しても、出入り口らしきものは無く、穴も開かない、爆破しても傷すらつかない」


「マジか」


「鋲郭の下は、夜の地と呼ばれた。夜の地と化したかつての東京は、地価も大暴落」


「確かに、ここには住みたくないですね、危なっかしいし……いつも暗いんじゃ目がモグラになっちまいます」


「当時の経済は大混乱じゃった。職を失った者達は、よく夜の地に逃げ込んで住んだモノじゃ」


 ふうん、とアカゲは頷いている。


「そんなさなか、20年もの沈黙を破ってな……」

「───悲劇は起きたのじゃ」


「一体何が」


「……事の始まりは、“凄まじい轟音”じゃった。大地は震え、空気は肌を突き刺すほどに」

「ハイブエンの傘の裏側が、一斉に眩く光ったと思えば、次の瞬間」


「次の瞬間……」


「夜の地は全て焼かれた」


────────────────────


「つまり、ハイブエンの推進装置、スラスターか何かが作動して、下は火の海になったと」


「……直径60キロもの円盤。その下にいた人間は、もれなく全て死に絶えたわい」

「テレビじゃ毎日、崩壊した東京の映像。地獄のような焼け跡は、凄惨なモンじゃった……」


「それで、今の有り様に」


「そうじゃの」


 いつの間にか広い荒野を歩き終えたようで、辺りは崩れかかったコンクリートの壁やいくつかの住宅の残骸が立ち並び、入り組んだ地形になってきた。


────────────────────


「ああそうじゃ、炭化人間の出自についても話しておこう」


「頼みます」


「夜の地が業火に焼かれてから、そう月日の経たんうちにな……」

「黒い雨が降り始めたのじゃ」


「ミナグロ病の雨……か」

「何か関係がありそうですね」


「うむ。じゃが分からなかった。黒い雨の正体も、ハイブエンとの関連も」

「そして、最初の雨に触れた人間の炭化が始まってしまった……」


「ゾンビパニックの始まりすか」


「東京の大火炎、炭化人間の爆発的増殖、それらを合わせて、大火染変たいかせんぺんと呼ぶ」

「まさに、地獄が訪れた。それはこの日本だけではない。この地球全土において、同時多発的に黒い雨が降り始めたのじゃ」


「世界中で……」


 思い返すように話すサガミ。


「当然、この世は大混乱に陥った。政府は半ば死に体。力を持った統率者が各地に台頭し、いくつもの派閥が生まれ、炭化人間から隠れ、迎え撃ち、寄り合って命を繋いでいった───」

「そんな中、唯一残った情報網のラジオで、とある学者が言ったんじゃ」


 いいか冬崎、とサガミは振り向く。


「───炭化生物は、森に入れない」


「森」


「ヤツらは森林の中には入って来れん。どういうワケだか知らんがの」


 ふむ、と考えるアカゲ。

 続けてサガミは話す。


「じゃから我々のような生き残りは森の中へ逃げ込み、そこで生活を築いていった」

「それが下界人と呼ばれる始まりじゃな」


「なるほど……じゃあツキは───」


 アカゲは隣を歩くツキを見る。


「……私の故郷は、森の中にあって、みんなで静かに暮らしてた」

「村の人間は、私を入れて57人」


「そうか」


「そういった村が日本にはいくつもあったのじゃ」

「……確かに情報通り、炭化生物は森林を嫌った。外の世界と隔絶し、平穏を守るために、下界人は森と生きることを選んだ」


 なら……とアカゲが切り出す。


「上界人はどうして上界に?」


「アレはな……。“富める者達”なんじゃ」


「富める者」


 ザクザクと土を踏み締めて歩いていく三人。フム……と一息ついて話し始める。


「黒い雨が降り出して、数週間が経った日……。ミナグロ病の罹患者が早期に炭化人間と化し、各地で騒動が起き始めた矢先じゃな」

「コレは驚くべき事なのだが……」


「……」


「───突如、画鋲への入り口が出現した」


「!」


「今でも覚えておる。自衛隊の突入作戦……。米国も強引に介入してな、日米共同で行われた。画鋲の中に入っていく様子がテレビ中継されておったのを観たな」


「結果は?」


「もぬけの殻、だったそうじゃ」


「ふむ」


「未知の設備や奇妙な機械、開かない扉など、探索し尽くせぬ程広大な建物だったのだが……人っ子一人おらんかったそうじゃ」

「───しかしな、問題はその後よ」


「一体何が」


「米国からの情報統制もあり、鋲郭の正式名称は“ハイブエン”だと日本で発表された」

「それから一日も経たぬうちに、“ハイブエン移住計画”を政府が決定したんじゃ」


 顎に手を当てるアカゲ。


「───そんで、移住するには、お金が必要だった……?」


「察しが良いのう。移住希望者“一人あたり800万”。18歳未満の子どもは“400万”……」

「最悪の経済状況に、この暴挙。……全ては修羅の様相と化した。揃えられぬ金は、どう集めると思う?」


「……」


「盗むのじゃ。もっと言えば、“殺す”。そういう事じゃな」


「ご老体は」


「ワシはその頃20代も後半。当時の稼ぎでは、家内と幼い一人娘を行かせるので精一杯じゃった」

「若い頃は青臭い男でのう……。人様から奪ったような汚い金で、愛する2人の手は握れんと思い、な」


「……」


「そんな顔をするでない。……会えぬのはちと寂しいが、後悔は無いぞ」


 アカゲは何ともいえない表情をする。


「奪う力が無く、泣き果てながら炭化人間に喰われる家族、親に見捨てられてしまった幼い子ども、ついには一家心中を図る者までもが溢れておったな。まさに阿鼻叫喚といったトコロじゃ」


 というワケじゃ。とサガミは区切った。


「上の人口、正確には知らんがの。軽く見積もって“2000万人”はくだらんじゃろうな」


「……まさに、ユートピアって感じっすね」


「うむ」


 横を見ると、ツキは気怠そうにあくびをしている。


「しかし、相当切羽詰まった事態じゃったとはいえ、計画の立案から実行に至るまでの政府の対応があまりに早過ぎたというのが少し気にかかるがな……」


「何者かの手引きがあったかもしれない……と」


「正体が米国か、あるいは他の何かなのかは分からんがのう」


────────────────────


「と話している間にもうすぐ着きそうじゃぞ」


 アカゲが顔を上げてみれば、円い屋根の建物が地面から顔を出しているのが見えた。


「かなり話し込んじまいましたね。あっという間な気分だ」


「難しい話すんな、飽きるから」


「いやあ!お子様にはちょっと難し」


 ギャン!ギャン!ギャン!ギャン!

 ギロリと睨み凄まじい勢いでツキは刃を振り下ろす!殺意の込められた気迫───。


「もう言わないもう言わないもう言わないから!!」


 二人とも、とサガミが呼びかける。


「さてと、到着じゃ。冬崎、ここで間違い───」


 ───ズザッ!!


 突如ツキがバッと大きく後ろに跳び、周囲を警戒した。

 身体を伏せ気味に、鋭い眼だった。


「なあ悪かったってツキ、そこまで怒ること」


「───黙れ、静かにしろ……」


 しっ、と左の人差し指で静寂を促すツキ。

 しばらくして、口を開き尋ねた。


「アカゲ。この扉の向こうには、子どもが二人いるんだな」


「そう、ですね。母親が帰って来ていれば、あるいは……」


 空気は緊迫している。

 サガミは鉄のメットを少し持ち上げ、鼻を利かせ、ツキの言わんとすることをアカゲよりも早く感じ取った。


「こりゃ、そうか……いや、マッタク……」


「ご老体、一体何が」


 フム……と鉄のメットをまた深く被り、目の前の戸へ歩み寄った。

 戸にはサガミの文字で「け」と書かれている。


「扉、鍵かかってますよ」


 アカゲが言う。


「いや……」


 サガミはそれだけ言って、戸を引いた。

 ギイ……ザリザリザリ……。

 開いた。


 鍵のかかっていない戸に驚くアカゲ。

 中の様子を伺おうと顔を覗かせようとする彼に、ツキは近づく。

 肩に手をおいて、そのままそっと移動させた。

 外で待っていろ、とツキは言う。


「いや、そんなコト言われても……」


「聞いて」


 ツキのこんなに凛とした静かな声を、初めて聞いた。


「───アカゲは、見ない方がいい」


「……」


 ザリザリザリ……。戸が開け放たれる。

 言われた通り瓦礫の街並みを見つめているアカゲの鼻に、じんわりと生臭い鉄の香りが漂ってきた……。

 

 何だかアカゲは、

 少し能天気だったかもしれない。

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