第十二話 アカゲ窮地!最後の策は

 ガッシャガッシャ、ガッシャガッシャガッシャガッシャ……。

 薄闇に包まれた荒野、空気には微かに音がしていた。

 ……炭化人間が集う、四足で走り駆けつけてくる。人間の形をした黒い影が、遠くの方から迫ってくる。


 音に気づいていたアカゲは思考を凝らす。

 小さなシルエットを覗き見るに、五体。

 向こうの方からバケモノは集まってくる。

 今から逃げるのは不可能。……モチロン戦うのもムリだ。

 アカゲの戦闘能力は皆無。鋭い爪の一掻きで、致命傷にもなろう。


 距離、およそ300メートル。

 逃亡も戦闘もムリ……ならば残った手段は。

 

「イチかバチか、だな」


 炎も少し落ち着きを見せた鉄の残骸に向き直る。

 大きなボディだけが形を残して静かに燃えていた。


 ザッ!アカゲはそれに向かって走り出す!

 ザッザッザッ!乾いた土を踏み散らして、急いで駆け寄った。

 

 素早くボディの影に身を隠す。凄まじい熱気だが、ここが炎から一番遠い箇所。

 アカゲの選択、それは「隠れ」であった。

 ゾンビ映画の元祖、ジョージ・A・ロメロからアカゲは一体何を学んだ?そう、ヤツらは火がニガテ……。炭化人間もきっと同じだ、たぶんね。


「灯台下暗しってヤツに、なればいいんだが……」

 

 そのままじっと身体を伏せる。

 その間にも炭化人間達の音はどんどん近づき……。

 ついに到達する!

 ガッシャガッシャ!


 ……息を、殺す。

 アカゲは半目で辺りを見る。


「ガア」


 炭化人間が一匹、乾いた喉で鳴いた。

 バレたか……?いや……。


「ガ」「ガァ」「ガア」「ガア」


 次々と他の炭化人間達も鳴いている。

 燃える火に対して何か反応しているのか……?


 アカゲは汗を垂らしながら、静かに潜んでいた。

 幸いアカゲの潜む場所には、まだ気付かれていない。

 このままやり過ごせるだろうか。いや、やり過ごせなければ終わりだ……!

 ザリ、ザリ。炭化人間達は二足で歩き回る。

 ヤツらはこちら側に来るだろうか。そうなればかなりマズいぞ。


 しかし、それでも炭化人間は眼が悪いのだ。奇跡が起これば見逃してくれるかもしれない。……そんな一縷の望みに賭けるしかない。

 このままどうか見つからないでくれ。

 息が苦しい、暑い。見つかれば死ぬ。

 耐え続ける。

 このまま……。

 このまま…………。

 ザリ、ザリ……。

 心拍数は凄まじく、緊張で鼓動が増していく。


 ───ザリ。

 音が止まった?


 嫌な予感が急速に高まる。

 アカゲは、いつの間にか閉じていた瞼を、ゆっくりと、開けた───。


「!」


 落ち窪んだ二つの空洞が、光を吸い込むようにアカゲを見据えていた。

 ───互いの鼻先が触れそうな距離。真ん前で。

 アカゲは、戦慄する。死を悟る。終わりだ。


 浅黒い髑髏顔は、じっとアカゲを見つめている……。


 汗をダラダラと流しながらアカゲ。見つめ合う両者。

 先に口を開いたのは、アカゲだった───。


「や、やっぱ……火とか、コワイ、感じ……すか……?」


「……」


「……炭、だけに……ってね!ハハ!」


「……」


「……ハハ」


 ガチンガチンガチンガチン!!突如歯を打ち交わし顎を鳴らす炭化人間!

 うわあ!喰われる!そう直感したアカゲ、こうなれば“プランB”だ!

 息を吸い込んで。


「ああああああああああああああ───ッ!!」


 絶叫した!!炭化人間の耳元で。

 ヤツらが索敵に聴力を使うのであれば、“過敏な聴覚”をどうにか狂わせてスキを作れないかと考えたワケだ。名案でしょ。


 案の定目の前の炭化人間はビックリしたように狼狽える!アカゲの渾身の絶叫が効いた───!


「───グゥ、ガガ……」


「うおおおおおおおおおお!!」


 続けて力強く拳を握り締め、胸ぐらへ渾身のパンチをお見舞いする!


 トス。


 パンチは当たり、炭化人間はゆっくりとよろめきながらその場に伏せる。

 しかしアカゲの拳は弱すぎた。

 殴り飛ばしたと言うより、“押す力”でつき跳ねたと言うべきか。


 炭化人間をどかし、その場を逃げ出すアカゲ!

 他の4匹もそれを見つけ、ガッシャガッシャと追いかけて来る!!

 速度の差!当然距離は詰められ、もう後はない───!!

 どうするアカゲ!!


「……だ」


 ───しかし、アカゲには最後の策があった!!


「誰か〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ッ!!」


 大声を出して助けを求める!これが最後の策だ!

 これでどうにかなるとは思えない、どうにかなるとは思えないが!

 今かなり人生の最期すっごく近い!生涯の記憶二日間でこのまま終わりたくない!

 そんな悲痛で今更とも言える生への渇望が生み出した最後の叫びだった───!!


「うわっ!」


 砂土に足元を取られて、ドザ!

 大地に滑り転げてしまう。


 ああ、もう。終わった。

 ごめんな、ツキ。子どもたち。


 ……オレは、死にます───。




 そして……。

 ザシュ───!アカゲの無防備な背中を、引き裂かれる音。





「……あれ」


 まだ、意識がある。

 痛みは、ない。

 一体何が……。顔を上げるのが怖い。

 地面の感覚は変わらずあった。

 天国なのか?いや違うか。

 アカゲは恐る恐る、顔を上げた……。


 変わらぬ風景、しかしアカゲの目線の先には───。

 炭化人間の顔が!


 ……顔が、横たわっている。首から下は無い。

 これは一体!

 バッ、と勢いよく身体を起こし、後ろを振り返る!


 そこには、今にも襲い掛からんと一斉に飛び掛かる3体の炭化人間と、それに対峙する、鎧のような重装備を着込んだ人物の後ろ姿があった。

 向い来る炭化人間共!

 人物はその背丈ほどもある薙刀のような刃を大きく振り、全てを斬り飛ばす───!!炭化人間の頭が、三ついっぺんに散って転がり飛んだ。


 しかし残った首から下が、鋭い爪を立てて降ってくる!

 それも意に介さず、長い柄をそのまま大きく回転させ、グオンと炭化人間共の体躯をぶっ飛ばした!


 殲滅───。


 ……その人物は、腰が抜けたままのアカゲに振り向き、ホホホと笑った。

 鉄のメットを脱ぐ。


「間一髪じゃったな。喰わなければ、そこまで走れんかったじゃろう。───食事の大切さ、分かったか」


「ど、どうしてここに……!」


 アカゲ困惑。彼の名はサガミ。本当に、助けが来たのだ。

 さっきの音は、アカゲが切り裂かれたのではなく、炭化人間の首を刈り裂いた音であった。


「どうしてもこうもあるかい。アレだけ大きな爆発が聞こえれば、まあ誰だろうが駆けつけるわな。近かったし」


「は、はあ……」


 胸を撫で下ろすアカゲ。なんとか助かった。


「そういえば、もう一匹来ます!たぶん後から」


「そういうことなら、任せなさい」


 サガミは立ち直り振り返る。鉄のメットをまた被る。

 予想通り、炭化人間が一匹、駆けてくるのが見える。見据えて、薙刀を構えた。

 しかしなんだか、いつにも増して空気がピリつく感じがする。


「ム!」


 何かに気付いたサガミが突然声を上げた!


 ド、ド、ド、ド、ド、ド、ド、ド───!!


 何か凄まじくけたたましい音が空気を震わせる!!土を抉る恐怖の足音。

 遠くから勢いよく飛び出した“巨獣”の体躯は、駆ける炭化人間を横からガブリと喰らった!!


「アヤツは……!」


 100メートルほど先で鼻を地面に押し付けながらガツガツとエサを喰うその獣。

 白い毛に覆われた巨大なイノシシ───。


「あ、アレ、イノシシですよ!」


「……」


 静かに言葉を迷うサガミ。


「……のう冬崎よ」


「なんすか……」


「アレは……ちと、ヤバいかもしれんの」


 イノシシは鋭く息を吐き。身体を震わせる。食事を終えて、こちらを向く。

 ド、ド、ド、大きく足踏みをして大地が震動する!そのまま地を蹴って真っ直ぐ駆けてくる……!!


 ド、ド、ド、ド、ド、ド、ド、ド───!!


 逃げなければ、逃げなければ。

 しかし凄まじいスピード!逃げられない!

 迎え撃つしかないとサガミは決断し、大きく薙刀を構えた。

 鉄のメット越しにも分かる、真剣な表情だ。


 真っ白なイノシシの巨体が近づく、予想よりも遥かに大きい!!

 高さ3メートル、ケタ違いのスケールだ!!

 ドギャッ!!と突進の姿勢を決めて進撃してくる!


「逃げい、冬崎!」


 とサガミは勢いよく叫び、ハッとしてアカゲはイノシシの射線から逃げ出す!!


 ズガガガガガ!!土を抉って目と鼻の先!!

 サガミは薙刀の柄を巨体に沿わせ、受け流すように身を躱す───!!

 ゴオオオオオオと毛並みが鎧に擦れ合う!!


 咄嗟に懐から鎖鎌を展開するサガミ!

 間髪入れず分銅のついた鎖を飛ばし、グルグルとイノシシの左後ろ足に絡み付けた!


 グローブ越しの手で鎌の柄を持ちながらサガミはイノシシに引っ張られていく!

 土埃を巻き上げながらズガガガガガ、後に従って凄まじいスピードでガリガリと地を削り続ける!!


 ギュン!!イノシシが急に方向転換し、勢いのついたサガミと対峙する。


 そのスピードに渾身の力を乗せ、自慢の薙刀を両手でしっかり掴み!大きく下から斬り上げる!!狙うはイノシシの太い首!


 ───ザギュン!!


 しかし!!首に刃が食い込んだまま動かない。

 なんと。あまりにも巨大で、強靭すぎて、斬ることが、できない。

 ブンと大きく首を振るイノシシ。


 衝撃は凄まじく、薙刀と共にサガミはブオンと吹き飛ばされ、ガツン、全身を地面に叩き付けた。

 咄嗟に駆け寄るアカゲ。


「大丈夫ですか!!アレ一体何なんですか!!」


「う……。逃げるのじゃ、ここはワシに任せ……」


「無理ですって!あんなデカいの!!」


 薙刀を杖代わりに、身体を支えながらゆっくり起き上がるサガミ。


「……あのイノシシは、エサを求め最近になって生息域を変えておる。こんな所にまで来るようになってしまった」


「イノシシについて、何か知ってるんですか」


「───アレは、人間が一人で、相手しちゃいかんヤツじゃ……」


「なら尚更!」


 その間にも巨大なイノシシは、次の攻撃を始めるつもりだ。


「逃げれんと、分かるじゃろう。どちらも無理と分かっとる場合、立ち向かうしか、ない。それが、戦士ならば」


「……」

 

「逃げなさい」


 逃げる。そうだ、逃げなければ。

 それがサガミの願い。逃げなければ、サガミは無駄死にになる。

 単純な話だ。逃げない理由が───。


 その一瞬。

 様々な声が……。

 頭の中に響く。


『必ず生きて戻れ、冬崎アカゲ───』

 『───気をつけてね、アカゲちゃん!』

『ここじゃお前みたいなのは生きていけないし、私はそれを助けない───』

 『───ツ……キ……を』




『だがな若造。どうせ死ぬんなら、死ぬ気で抗え───』




「……!!」


 何だ、最後の記憶は?一体いつだ?

 思い出せない……!だが声が聞こえる!! 


 アカゲは苦しい顔をする。

 イノシシは気付けばまた地を抉りながらこちらへ向かってきている。もう後はない。

 そんなさなか……彼は告げた!!


「───オレも戦士です。急遽ですが今なりました。だから戦いますよ、拳一つだろうと」


「愚か者!死を待つのと同じじゃろうが!」


「それ、お互い様ですね!ほら、前見た方がいいですよ」


「……滅茶苦茶な」


 サガミに手を貸し起き上がる。

 二人は共に巨大イノシシを見据えた。


 いよいよだ。

 凄まじい激音を打ち奏でながら、死を司るソレは、爆走する!!

 構える!サガミは薙刀を、アカゲは拳を!


 ───ズガガガガガガガガガガガガ!!

 これまでにない勢いで迫り来る!!




 ───対決!!




 瞬時、キラリと光って上空を何者かが飛び抜けた。

 長い髪を靡かせ風に舞い、直後。



 ──────ザキン。



 イノシシの太い首は、“断ち落とされた”。

 地上までを光は煌めきながら、閃光のように、火花を散らすように。


 ドスン、巨体は空気を震わせ大地を響かせ、首無しのまま土を浚ってぶっ倒れた。


 アカゲとサガミに落ちた首がゴトンと転がり挨拶する。

 白い体毛に覆われた皮膚は浅黒く、眼はくり抜かれたように底深くまで暗い。炭化生物の特徴だ。


「……」


「……」


 二人は、言葉を失う───。

 そして……。

 土煙が立ち上がったその中から、絶対強者が姿を表す。


 右手の刃を、ギャン!と鋭く一振りする。

 灰を被ったような髪色の、長いポニーテールを風に揺らし、その娘はこちらを向いた。

 彼女の名は、長火鉢……。


「───ツキ」


 ツキだ。

 ……ツキは何も言わず、ゆっくり歩いてくる。いやかなりズカズカと歩んでいる。


 アカゲの前まで来て、指でちょいちょいと頭を下げるように促した。

 従うように頭を下げるアカゲ……。

 一体何を───。


 ガツン!!


「うぐっ」


 アカゲの脳天に拳が落とされた!頭を殴られた!ふらふらと悶絶するアカゲ……。


「おいアカゲ」


「ハイ……」


「何か言うことは」


「うぅ……そうだな、えっと……」

「───おはよう……?」


 ドゴッ!!


「うがッ!」


 渾身の蹴りがアカゲの脇腹にヒット!吹き飛ばされてそのまま地に伏す。痛そうだ。


「はあ?なーにが“おはよう?”だテメー。探したんだからな変人キモ男!」


「その節は……うぐ……大変、ご迷惑……お掛け、しました……」


「フン」


 ふと、横で見ていたサガミが声を掛けた。


「もしや……灰の娘。いや失敬、ツキ殿でございますかな」


「……ああ、誰かと思ったら、久しぶりだなジイさん。死んでないみたいで何よりだ」


 コイツら、知り合いだったのか?アカゲはゆっくり身を起こして立ち上がった。


「ホホホ、ツキ殿のお助けが無ければ、我々二人とも死んでおりましたでしょう。感謝申し上げます」


「フフン、苦しゅうない」


 鼻を鳴らして自慢げにするツキ。

 アカゲは服についた砂を払って、口を開いた。


「あの……」


「お前は黙れ。喋るな、キモい」


 辛辣───!!

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