第十一話 隊長オブ・ザ・デッド

 ザリ……ザリ……ザリ……ザリ……。

 枯れた砂土が足音に合わせて擦れる。

 冬崎アカゲは黒煙を見据えて歩いている。

 いくらか歩き、ゆらゆらと薄く烟る煙の根元が見えた。


「あれは……」


 大きな物体が横たわっているみたいだ。

 もう少し近くに寄って確認してみなければ、アレが何なのか判別がつかない。

 歩き続けた。

 歩き続けて、到達する。


「……アレ、ここって」


 アカゲは気付く。

 ───ここはツキと逃げ去った時、暗がりの中で走った“あの荒野”の出口。

 そして向こうに見えるのは。


 赤いラインの入ったカラーリング。間違いない。アカゲを連れ戻しに来た警察の浮上装甲車輌隊……。その“隊長機”。

 ───ボディは大きく凹み、装甲を抉る無数の爪痕、荒い不時着の跡が地面には窺える。炭化人間の千切れ飛んだ死体が、ボディの下敷きになっていた。


 どうやらここまで逃げ延びて、炭化人間と相討ちになったらしい。

 あの大群の中、隊長の名に恥じぬ技量と言える。

 その時。


「───!」

「生きてんのかよ……!」


 ガタガタとフレームが動き、フロントガラスが持ち上がり始めた。

 ガガガガ、壊れかけの駆動機はコックピットを展開し、パラパラと砂埃を落としていく。警戒し、離れた場所からそれを見守るアカゲ。


「ゴホッ、ゴホ……ッ」


 酷い咳をしながら、血塗れの男が顔を覗かせた。


「そこに、いるのは……誰だ……?」

「ゴホッ、申し訳……ない、血が目に入って……」


 息をするのも辛そうな声で、彼はこちらへ問い掛けた。


「冬崎アカゲです」


 何ともバツの悪い再会だ。

 アカゲの返事を聞いて、嘲笑気味に言う。


「……まさか、もう一度……会うなんてな……」

「昨日は、よくも……やってくれたよ。君の為に、部下は……皆死んだ」


「……」


「ゴホッ、済まない……悪い、冗談だ」

「全ての責任は……相手の力量を、見誤った俺にある……」


 血で濡れた黒い短髪をわしわしとかき上げて、男は上を見上げた。


「少し、話をしないか……」


「オレは構いませんが、そこ危ないんで逃げた方がいいですよ」


「……無理だ。……骨は折れ、足は潰れた」

「……自力じゃ、出ることも叶わん」


「だったらオレが───」


 そう言ってアカゲが歩き出そうとした瞬間。


「───来るな!!」


 空気はビシッと痺れ、男は叫んだ。


「……冬崎、アカゲ、お前は……絶対に、生き延びなければならん……。何があっても、傷を、つけるわけには……!」


「なんで、アンタ達はそこまでしてオレに」


 男は、ゆっくりと首を横に振る。


「……サカダ局長の、命令だ。……局長の言葉に従い、我々は……命に換えても、任務を、遂行しなければ……ならない」


「サカダ?」


 サカダ局長。彼は謎の人物の名を口にした。どうやら相当なパワハラ上司らしい。

 アカゲの疑問を遮り、語りかける。


「お前は……国に戻る気は、無いのだろう。……ならばせめて、生き延びることだ」

「───“灰の娘”に付いていけ、冬崎アカゲ」


「……灰の、娘?」


「名前は、何だったか。……そう、長火鉢……ツキ」


「そんな中二病みたいな肩書きあったのかアイツ」


 灰の娘。ツキはそう呼ばれているらしい。


「並外れた力の……隻眼の娘。灰を被ったような……長い髪を持ち、ヒトも、バケモノも、構わず……斬り殺す」

「ただの噂話だと……思っていたが、まさか、実在したとはな……」


 アカゲはゴクリと息を呑んだ。アイツ、本当に何者だ……?


「彼女は……“上”を、目指して……いるのだろう。ならば、それでいい……。お前は、付いて行け」

「そして、彼女が……“目的”を、果たす時……戻って来い」


「ツキの、目的……」


「お前なら……予想は、つくんじゃないか……」


 ツキの掲げる刃がギラリと脳裏に焼き付いた。


「例えば、何かの……“復讐”とか───」


 男は、恐らくな、という顔をして静かに頷いた。


「目的にまで、手を貸す必要は、ない……。だが、お前が……生き残る為には、灰の娘と……共に行け」

「なぜ……彼女と一緒でないかは知らんが、ここは危険だ、必ず……彼女と合流しろ……。彼女も、探しているんじゃないか、お前を……」


「……!」


「───必ず生きて戻れ、冬崎アカゲ」


「頑張って、みます」


「……ああ、最後に一つ……」


 男は自分の首の後ろをトントンと指で指して言った。


「……首の裏、“ほくろ”に見せかけた“薄型の発信機”だ……。抜いた方が、いい……」


 言葉通り首の裏を手探りで触ってみると、少し違和感のある突起を見つけた。

 指で摘んで、引き抜いてみる。


「痛っ……」


 先端に針が付いた発信機が抜けた。

 おもむろに投げ捨てる。


「念の為、踏んでおけ……」


 アカゲはブーツで踏みつけた。パキ、と音がして砕ける。


「……恐らく、次の追手が、お前を……奪いに来る……」

「よく、覚えておけ……。“異様な雰囲気の人間”が……敵として現れた時、絶対に、戦っては……いけない」


 異様な雰囲気の人間、とはまた抽象的な表現だが、忠告は覚えた。


 ……しかし、アカゲの中で、まだハッキリしないことがある。

 自分がここまで追いやった相手に、どう感情を向けていいか分からなかったが、ここでようやくアカゲは唇を噛み締めた……!


「どうしてアンタは、そこまで親切にしてくれるんですか……」

「オレのせいで、部下は死んだんでしょう。アンタ自身ももうすぐ死ぬって分かっておきながら……!」


「───俺には、託された……モノが、ある。……誰が、何をしたかは……今更、重要じゃない。俺は、お前に……生きていて欲しい……」


 ……段々と汗に滲んだ血が垂れてくる。

 顔が真っ赤に染まっていく。

 煙の勢いも、心なしかさっきより増したような気がする。


「ゴホッ……う、ガ……ゴホッ」


 男は薄い血を吐いた。胸に手を当て、苦しそうに呼吸をする。

 アカゲは、黙って見ていることしかできなかった。

 男は肘で体重を支えながら重そうに言う。


「……少し、喋りすぎた……みたいだ」

「行け……アカゲ。他者に構う余裕など、無い……。自分の生、を優先……」


 咳き込む男。彼の力強い目線も、今は薄ら弱くふらふらとしている。


「───隊長」


 そう、アカゲが呼びかけた。

 男は声の方を向く。


「隊長の名前を、オレは覚えておきたいです」


 知りたいか、と。か細く笑った。


 右手をガタガタと震わせながら血塗れの額まで持ってくる。

 敬礼のような動作をして言う。


「俺の名は」


 瞬時!ボンネットから火花が飛び散った!

 引火した赤白い光が機体を駆け巡り全てを光り輝き照らす。






 ──────────!!






 凄まじい轟音と共に男は爆発に飲み込まれる。アカゲは咄嗟に顔を腕で覆い、衝撃に耐える。バカでかい炎が焚き上がり、何も見えなくなった。

 メラメラと機体は燃えている。


 ……メラメラと、機体は燃えている。

 ───冬崎アカゲはゆっくりと背を向けた。


 後ろでゴウゴウと音を立てて燃え盛るものを聴きながら、アカゲは足を踏み出す前に、振り向いた。


「……オレ、生きてみます」


 炎に向かって静かに敬礼を返すアカゲ。

 火花は光り輝いて、暗い空へ昇っていった。


 だが申し訳ない、今は悠長にしんみりしている場合でもないのだ。

 事態は、軋む音を立てながら、急速に回り出している。


 覚えているだろうか。

 この下界で爆音を響かせるとどうなるか……。



 ───集ってくる音が聞こえる。

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