第十話 お人好し29歳

「……マジか」


 そこには5~7歳ほどの2人の少女。

 前に立つおさげ髪の方が歳上で、後ろに隠れている方が歳下だろう。


「ゆーちゃんの、お友達……?」


 おさげ髪が言った。

 ゆーちゃん?誰のことだろうか。


「たぶん違いますけど……。えっと、そうだな」

「君たちは、姉妹?」


「“しまい”……?」


「えっと、“おねえさん”とか、“いもうと”とか……」


「あ!……わたしがおねえさん」


「なるほど!」


 アカゲは後ろの少女に目線を移す。


「んで、妹さんですね」


 こく、と頷いた。

 見たところ2人とも、栄養状態が良くない。

 痩せ気味で、血色も悪い。


「ここには2人だけで?」


「……お母さんがいるよ。けど……いま出かけてる」


「お出かけ中ね。なるほど」

「帰ってくる時間とか、分かります?」


「わからない……」


「ふむ……」

「───ここにはいつから?」


「たぶんね……2年前くらい……」

「あのね……おいてある食べ物、かってに食べちゃった。ごめんなさい」


 姉は申し訳なさそうな顔をした。場所と物資を勝手に使っていたことを気にしているのだろう。


「いやあもうね、好きなだけ使っちゃってください、全然気にしなくて構わないんでね!」

「……とはいえ、その食糧だけで2年も?」


「ううん。ごはんはね、お母さんがもらってきてくれるの、お水も」


「貰う……。そのためのお出かけか」


 すると、妹がゴホゴホと咳き込んだ。

 何だか悪そうな咳だ、苦しそうに見える。


「大丈夫ですか」


「最近ね、ずっと咳してるの……。でも今日はとくにひどい……」


 姉の心配そうな顔の隣で、ゴホゴホと咳き込んでいる。

 ひゅう、ひゅう、と辛そうな呼吸をする妹の顔は病的に青ざめていた。

 アカゲは手の甲を額に当てて熱を測る。これはかなりの高熱だ。

 一体、どうするべきか。

 こんな時、せめて水でも飲めれば良いのだが……。

 よいしょ。屈んでいたアカゲは立ち上がり、一息吐いた。


「───アテがあります。君達みたいな困ってる人を助けてくれる、心優しいおじいさんがね、いるんですよ」

「落ち着いたらお母さんも一緒に、皆で安全な場所に避難しましょう。食べ物は食べ放題!遊び放題!お友達もいっぱい!その名も“下界連合”です。格好良いでしょ」


「いいの……?」


「この歳じゃまだ体力がないから、いつ酷くなってもおかしくありません」

「オレが今から呼んできます。必ず、助けます」


 サガミの戻る時間は分からない、日没になるかもしれない。いつ戻るか分からないサガミを待つより、ここでアカゲが動く方が先決だ。

 2人に、光を見せてあげたかった。……自分の使命だと信じて。

 これが“アカゲの入門試験”。


「留守番、このままできますか」


 姉妹を優しい眼で見て言う。

 姉は強く頷いた。見かけよりも、強い心だ。


「るすばん、とくいだから!」


 姉が言う。

 アカゲは安心した顔で頷いた。


「妹さんは、そこの壁を背にして座らせてあげて下さい。寝ているよりも呼吸が楽になるハズです」

「あとね、扉をドンドン叩かれても、ゼッタイに出たらダメですよ。怖いバケモンが入ってくるのでね。……約束、守れますか」


「うん!お母さんも言ってた。知ってる人の声じゃないと、開けちゃだめって」


「上出来です」

「すぐ戻りますんでね。その間、元気で待っててな」


「うん、気をつけてね!アカゲちゃん!」


 名前を呼ばれ、少し心が満たされた。

 姉妹に見送られ、彼女たちの隠れ家を後にする。


 ……そこまで時間が経っていない。サガミも、そう遠くには行っていないハズだ。

 しかし、居場所の分からないサガミを追うのは少し無謀だっただろうか。

 いや……足跡でも追えば何とかなるだろう。早足で歩くことにした。


 立川土地…式……。看板は突き刺さっている。奥には円屋根の建物が顔を出している。ザッ、ザッ、早足で歩き続けた。


───────────────────


 何とかバケモノに出くわさず、元いたビルの残骸に戻ってきた。

 やはり昼間は炭化人間の活動もあまり目立たないのか、そもそもここが炭化人間の少ない地域なのか……。恐らくどちらもだろう。


 アカゲは周りを見渡す。足跡を探して、サガミの後を追うことにしよう。

 確かサガミは、南西の方角に向かっていったはずだ。足跡足跡……。


「これ、無理だな……」


 足跡なんて分かるはずがない!地道に探そう。

 サガミのとりそうな遮蔽の多いルートを選択して進めば、巡り合えるかもしれない。道中で痕跡でもあれば良いのだが……。


 しかし、ここから先は“危険地帯”。

 油断すれば、アカゲの命など一瞬だ。ゆっくり深呼吸して、心を整える。

 安請け合いしたわけではない。彼女たちのために、必ず生きて戻らなければ。


「行くぜ」


 そう決意を固め、冬崎アカゲは再び歩き出したのだった───。


───────────────────


 チカチカ。明滅する。

 色鮮やかな光を上空にアカゲは進んでいる。


「画鋲ねえ……」


 依然として空は覆われ、暗い。大支柱と呼ばれる太いタワーも、遠く向こうに聳え立っている。遥か遠くに細く見える空は、薄青色に光っていた。いかに夜の地だろうと、滲み出す光はしっかり昼だ。


 サガミを探し歩き続けてきたが、漠然とした不安感がアカゲを包む。

 このまま見つからなかったらどうしよう。それこそ最悪の結末だ。アカゲの選択は徒労に終わり、少女の無事も分からない……。


「あれ」


 気づけば遠くに来ていたのだが……。

 このだだっ広い景色、どことなく見覚えがある。何だったかはイマイチ思い出せないが。

 身を隠す遮蔽物もここから先はあまり無く、まさにキケンといった場所だった。

 サガミはこの奥に行ってしまったのだろうか。


 しかし、辺りが開けたことによって道が無くなってしまった。これではルートの予測が難しい。やはり一旦留まって、帰ってくるであろうサガミを待つのが正解か……。

 ……そう思った矢先。


「アレは───」


 アカゲの視線の遥か向こう側、狼煙よろしく謎の“黒煙”が薄ら上がっているのが見えた。

 謎の煙、場所はそう遠くない。


「何だ……?」


 もしかしたら、あそこにサガミがいるかもしれない。

 そうでないにしろ、何かしらが起こっているようだ。

 それが指し示すのは新たな手掛かりか、命の危機か、更なる謎か。


 ───アカゲは導かれるように足を運ぶ。

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