サガミ編
第七話 エネルギッシュ鎧おじいちゃん
キラリと赤白く光が差し込んだ。
この小さな廃材の小屋に、朝が来た。
火種になった焚き火を前に、沈黙のまま座る男がいた。
冬崎アカゲ。
向こうではすやすやと寝息を立てて毛皮の毛布に包まった娘がいる。毛布をぐちゃぐちゃにして、ダイナミックな寝相は茣蓙からはみ出す勢いだ。
あれから少しカメラをイジってみて、分かったことがある。
どうやらこのカメラは、“普通じゃない”らしい。言葉じゃ少し説明が難しいから、どういうことなのかとりあえず見てもらおう。
例えば、そこで寝ているツキをパシャリと撮ってみる。
すると、カメラの液晶にはだらしない格好のツキが映し出される。ここまではいい。
しかし、この画面のまま液晶の隣、「OM」と書いてある“縦型ダイヤル”をカチリと回すと、画面がいきなり真っ黒になる。さらに回すと……なぜか宇宙の画像が表示された。
なんだこれは?
そして、ダイヤルの横にある「ES」と書かれたボタン。これをカチリと押し込むと、今度は森林の画像が表示された。
意味が分からない。
「……!」
とここでアカゲ、何かに気付く!
森林の画像をよく見れば、ツキを撮った元の写真と“画角が同じ”だ。
そうするとこれは、“撮った写真を元に、同じ画角の画像を生成する機能”なのでは?
もっと色んな写真を撮ってみたくなった。写真を撮りまくって様々な画像を生成してみることで、なぜこのような機能が搭載されているのか解明できそうな気がする。
しかし、外出するにはツキの同行が不可欠だ。
「おいツキ」
外に出たくなったアカゲは、そう呼びかけた。
「ツキ」
起きない。何かあったら起こしてくれ、という割には一向に起きる気配が無かった。
気持ちよく眠っているみたいだし、触った途端にぶん殴られそうだ。
「ちょっと、散歩してきますね。すぐ戻るんで」
「ぐぁっ」
ツキが返事をした。よかった、行っても大丈夫そうだ。
カメラを持って立ち上がる。ザ、ザ、と玄関まで歩いて金属の錠に手を伸ばした。
───パキャリ。錠は外れ……。
ガタン、ザザ……ザザザザ……。
戸を引いてスライドさせる。
トタンと枯れた木材の複合で成る戸の隙間から光はたちまち溢れ出し、ぶわっと室内を染めていく。寝ているツキに光が被らないよう加減して、戸を引くのを途中までで止めた。
むにゃむにゃと眠る彼女に一瞥。
ひょいと、空いた隙間をくぐり抜ける。
ズザザ。戸を閉じていき、トン。閉めた。
戸に向いたままアカゲは息を深く吐く。
そして静かに、長く吸った。
ゆっくり振り返り、外を向く。
瓦礫の丘はそこかしこに並び、壊れた街並みはさながら廃墟の博覧会。
朝日が差し込むこの時間もそう長くはない。そのうち陽は昇っていってお空が影になってしまうだろう。
空気はひんやりと冷たいが、日差しはほんのり暖かかった。
倒壊した建物が地面に埋まり、風化した荒野が広がっている。
見る限り、草の一つも生えていない。よほど土が枯れているのか。
こんな大地が、一体どこまで続いているのだろうか。
朝型の炭化人間がいないことを願う。もし危なくなれば、急いで小屋に戻ろう。
「よし、撮るぞ」
アカゲはカメラを構え、試しに上空を覆う画鋲の傘を撮影することにした。
パシャリ。
そしてダイヤルを回すと……。写った!空だ!
青く広い空と薄い雲が画面には現れた。またダイヤルを回すと、夜に、雨に、曇りに、空模様は色々と変化する。
そこでESボタンをカチリと押してESモードを解除すると……。
「ふむ……」
宇宙の画像になった。
一体このESというのは何の頭文字なのだろうか。OMというのも意味がわからない。現段階では、省略元を予想するのは難しい。
考えても仕方がないから、とりあえず他にも撮ってみることにする。
パシャリ。パシャリ……。
様々な写真を撮っていくと、段々カメラ本体が熱を持ってきた。
ほっかほかだ。
「カイロ代わりになるな……」
「けど、一応消しときますか」
たかが写真ごときにどんな処理負荷がかかっているのだろうか。熱を冷ますため、ツキの寝相以外の写真を全て消した。どうやら保存できる写真は10枚が限界らしい。
最後に自分が今立っている場所から見た街並みを撮影することにした。パシャリ。……とりあえず宇宙の画像じゃないのを出力したいから、ボタンを押し込みESモードをオンにする。
そしてOMダイヤルをカチリカチリと回していくと……。
「!」
これは、もしかして───。
その瞬間、アカゲの意識はクラリと途切れ。
気を失い、その場で倒れ込んでしまった……。
───────────────────
次にアカゲが目を覚ました時、そこは倒壊したビルの中だった。
下界はほぼ常に薄暗い。そのため灯りのない屋内となれば、かなりの暗さだ。ぼんやり、視界を取り込んでいく。
そんな時、ガサウと近くで音が聞こえた。
重たい衣擦れのような音。一体なんだ……?
まさか。
「……!」
アカゲはすぐさま口を塞いだ。炭化人間は音に敏感だとツキから教わっている。
精神的にプレッシャーを与え続けるようなホラー映画では、こういった場合物音を立てないのが最適解……だと思ったりもするのだが。安心して振り返ったら後ろにいた!というのがよくある話だ。ということは、オレの人生はここで終わりじゃんね───。
ゴクリ。横になったまま冷たいコンクリートの地面に頭をつける。
そうしていると───声が聞こえた。
「アレ、今起きたかの」
「いや、起きとらんか……?」
「……おいアンタ、起きとるか」
老人の声だ。アカゲに話しかけているのだろうか。
よし、ここでパニックホラーを打ち砕く。攻勢に出るぞ冬崎アカゲ。
気持ちを奮い立たせ、蚊の飛ぶような声量で返事をする……。
「……あのぅ、まだ寝ててもいいですかね?」
「ほっほっほ!ダメじゃ」
ダメらしい。アカゲは身体を起こすことにした。
「だが、無理は禁物じゃ。軽い脱水症状を起こしとる」
なるほど、脱水症状。脱水……脱水ということはつまり……。
「お水が足りない?」
確かに、めちゃくちゃ喉が渇いている。そういえば下界に来てからシチューしか口にしていない。物事に集中するとどうにも身体の不調に気付かないものだ。身体は既に限界だったのだろう。それでいきなり意識が途切れて……。
「飲みなさい」
老人の分厚いグローブから、水筒が手渡される。
そこそこ重い金属製の水筒である。
ゆっくりとボトルを受け取り、キュ、キュ、と蓋を回して開けた。
水筒に乾いた口をつけ、ボトルを傾ける。
瞬時に流れ込んでくる冷たい水。
老人のグローブに染み付いた年代物の渋い香りや風に乗って運ばれてくる土埃。匂いの隙間を縫うようにアカゲの渇きを満たす水は、驚くほどに澄んでいた。
ごく、ごく、ごく……。飲み切って水筒は空になる。空になった水筒を口から離し、眼を見開いて上の方を向いた。
「冬崎アカゲ、復活です」
「ヘンな奴じゃ」
……老人は、奥の方にあったランタンをこっちに持ってきて辺りを照らした。
そこでようやく、老人の姿が明らかになる。
「ワシの名はサガミ。倒れていたお前さんを見つけてここに運んだ」
真っ白な短髪と白い髭。オレンジ色に照らされた顔立ちは、なんというか……ザ・仙人みたいな感じの爺さんだ。
いや、たぶんそこまでの老人ではないと思う。年齢は60代ぐらいで……。
しかし何というか、エネルギッシュな人だ。まだまだ現役でバリバリやっとるわい、みたいな感じの。
「ワシの名は冬崎です。助かりました」
「……」
分厚い鉄板をいくつも貼り付けた重装備を、サガミは鎧のように着こなしていた。
名付けるならば、エネルギッシュ鎧おじいちゃん。
なるほどな、ツキ以外の下界人はこういう感じで身を守っているのか。
「フム、冬崎よ。アンタは、下界へ来てどのくらいかの」
「えっと、多分昨日か一昨日くらいに……」
「つまりは、上界人ということじゃな」
「恐らく」
「曖昧なヤツだのう……」
どうやら悪い人間ではなさそうだ。
おじいちゃんキャラに悪い奴はいない、という偏見がそう思わせるのだろうか。
親切だし、水もくれたし。
「スンマセン……。ここに来る前の記憶が無くて……」
「ほう、記憶がな」
「……それでは、一つ聞くが」
少し空気が変わった。
一瞬、サガミの目が鋭くなる。
「───お前は、“どうやってここまで来た”?」
「……」
「ここは大支柱からだいぶ離れとる。しかも最短経路を行くとなると、炭化人間の溜まり場近くを通ることになる。そんな軽装でどう歩けば、二日かそこらでここまで来れるんじゃろうか」
「のう冬崎よ、ワシ気になるのじゃが?」
アカゲは狼狽える。この老人相手にやましい事など何もない、何も隠す必要などないのに、無意識で身がこわばってしまうのを感じた。
サガミの冷たい眼光と形の見えない圧迫感に気圧されながら、アカゲは答える。
「ここ、までは……その、炭化人間の溜まり場?を、突っ切ってきました。あ、何で突っ切って来れたかって話ですよねそりゃそうだ」
「えっと、なんか凄い強い人がいてですね、そいつがもう炭化人間をバッサバッサと切り倒してオレを守ってくれて……いや嘘じゃないんですよ!あー、やっぱ最初から話しま」
「ほっほっほ!」
アカゲを遮りサガミは笑った!
「ほ……?」
キョトンとするアカゲ。
「最近はこの辺り、素性の知れんヤツも多くてな。疑って悪かった」
「自分で言うのもなんですが、だいぶ怪しいと思いますよ」
「お主は嘘がつけん人間じゃな。話し方と素振りで分かる」
「あー……」
「オレはIQ180の宇宙人で、えっと、この世で一番頭がいい。そんで……えっと、宇宙戦艦の艦長もやってて……超デカいビームをね、発射しますよ」
「負けず嫌いなヤツじゃのう……」
笑いながら白い髭をグローブ越しに触るサガミ。
「───道端で“奇抜な見た目の男”が寝っ転がっておるもんでな。炭化人間のエサになる前に、ワシが通りがかって良かったわい」
「き、奇抜……?」
「ホレ、真っ白な頭」
そう言ってジャキジャキと切り揃えられたアカゲの頭髪を指差した。
「アンタもでしょうが」
「ほっほっほ!」
するとその時。
不意に、ゴウンと鈍い音が空全体に響いた。反響していく。
ゴウン……ゴウン……。
空気を揺らすような音が30秒程響き渡った。
「なんすか……この音」
アカゲは外の音に耳を傾けながらサガミに尋ねる。
ほほほとサガミは笑った。
「冬崎よ、来なされ」
「はい」
アカゲは連れられ廃墟の外に出た。
相変わらず外も薄暗いのだが、屋内から出た今は、いくらか明るく感じる。
……しばらくして、上空からもったりとした温かい風が吹いてきた。
ひんやりしていた空気は生暖かくなり、アカゲはキョロキョロと辺りを見回していた。
「───排熱じゃよ」
「排熱……?」
「毎日定期的に、稼働時の熱や上界の空気を下へ排出して冷却しておるんじゃ。“あの建物”は」
サガミは画鋲を見上げて言った。
「な、なるほど……」
上空を覆い尽くす円盤、目を凝らして見てみると、グオングオンと稼働するファンやフラップのようなものが確かにあって、アカゲは静かに驚いた。
「すげー、あんなのロマンの塊ですよね」
「なんとも現実味のない感想じゃ」
「つかアンタ誰ですか」
「む!」
サガミは驚いた顔をしてグローブ越しに髭を触った。
「なんじゃ冬崎よ、ひょっとしてワシよりも頭がアレか?」
「ボケちゃったのかのう?」
「いや、名前は教えてもらいましたが、ホラ、素性とか一切知りませんし。信用していい人なのかも分かりませんからね」
「マッタク、ヘンな聞き方をするでない」
「……確かに、冬崎の素性を尋ねたキリだったからの。ワシのことも教えておかねばな」
「頼みます」
意味深な間をとって、意味深に振り向きながらサガミは言った。
「───“下界連合”という組織を、知っておるかの」
「知りません」
「読んで字の如くじゃ。生き残った下界人達の寄せ集まりで構成された組織……」
それが下界連合か。なるほど、分かりやすい。
「それじゃ、ご老体もその連合の?」
「ご老……。うむ、そうじゃの。ここから北西へずっと先、下界連合の本部があってな」
「ワシはそこの───ちょっとした幹部みたいな人間じゃな」
「偉い人?」
「偉い人じゃ」
「すげえ」
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