第三話 トップスピード下界観光

「よいしょっと」


 ツキはアカゲを担ぎ上げる。涼しい顔で左肩に男を乗っける少女。

 ギインとやかましい音を立ててジェットが唸る。砂埃が吹き付けられてバチバチと当たる。……ツキを狙って一斉に向いた銃口は、照準を合わせるためグリグリと瞬いている。


「う、うう……痛てえ……」


 衝撃で一瞬飛んだ意識を取り戻しながら、アカゲは呻く。

 ツキはそんなアカゲを気にかけず前を見る。一台だけカラーの違う隊長機に向かって声を上げた。


「下界に落ちた人間は、上では二度とヒトとして扱われないと聞く。そんなコイツをなぜ欲しがるかは知らねーが……」


 長火鉢ツキ、息を吸う。


「んー、ありそうじゃね?利用価値」


 間髪入れずに隊長機が告げる。


『冬崎アカゲを解放せよ。さもなくばお前の命は無い』


 やかましそうに右手の刃で宙を払う。


「ハッタリはいいよ。撃てねーだろ」


 ツキは発砲準備を完了させた全車輌を、人質を担ぎながらぐるりと一周見回した。

 円形の包囲陣は一見完璧に見えるが、この密集状態ではレイルガンの射線が味方機に被ることになる。


「ソイツで戦意喪失させたところを、ジワジワ距離詰めて捕まえるつもりだな」


 ククク、と面白そうに笑みを浮かべるツキ。

 右手の刃をギラリと輝かす。


「───私が何かも知らずにさ」


 ニッ、と不敵に笑った。


『無力化武装用意、全機、進め!』


 砂埃が激しく吹き荒れる!浮上装甲車輌が中心に向かって幅を詰めてくる。凄まじい音だ、鼓膜は悲鳴をあげていた。

 さなか、ツキは担ぐアカゲに呼びかける!


「おい、アカゲ!」


「うぐぐ……なんすか……!マジで!」


 アカゲは側頭部を押さえる!後頭部を押さえる!両耳を押さえ……腕が足りなくて断念する、満身創痍のオトコ。

 なあ!とツキが呼ぶ。


「それ、大事なモンなんだろ!」


 ツキはアカゲの首からぶら下がるカメラを顎を使って指した。


「大事なら、手放さないように握っとけ!」


「……!」


 ツキの右手に縛り付けられた刃を見る。角張った銀色の刀身を、落とさないよう包帯で巻き付けている。

 アカゲは一眼レフを、両手でしっかり握りしめた。これは、大事なモノだ。

 ……だがいよいよ時間はない、ジリジリと詰め寄ってくる風圧と音。アカゲはグッと力を入れて、迫り来るモノに身構える。


『武装展開!捕らえ!』


 隊長機の号と同時に、全機体の下部から電気刺股が伸びてくる!獲物を無力化して捕らえるのには、完璧とも言える各機の連携だった。

 もう後がないと思われた瞬間───!


 肩に担いでいたアカゲをひょいと浮かせて、アカゲの左足首を左手で掴む!


 そのままガッと遠心力に委ね、さながらハンマー投げのように回転を乗せ、ぐるんぐるんと凄まじいスピードで回っている!

 ツキの回転は止まらない!アカゲ叫ぶ!


「うわああああああああああああ!!何してんのおおおおおおおおおおおおお!!」


「ガタガタうるせ───!!助かりたいなら歯食いしばれ!」


「ぐぐぐぐぐ………!!」 


 いよいよその時は来る。

 最大まで溜めた力を一気に解き放つ!宙へ!


「飛べ───ッ!!」


 ギャン!!と鈍く鋭い音がして、空気を切り裂いてアカゲは飛び出した───!!

 取り囲む連中も一気に血の気が引いて唖然とする!


「ぬおおおおおおおおおッ!!!」


 包囲する浮上装甲車輌の輪をブチ抜けて上空へ……。

 キレイに斜め45°の軌道を描いて向こうまで───。


 ギュッ、とツキは瞬時に地を捻る。その動きを隊長機は見逃さない!


『確保───ッ!』


 電気刺股が一斉に襲いかかる!全ての刺股が一つに集まって電撃をバチバチと散らす!ガシャン!と刺股同士がぶつかり合った時、ツキは颯爽と上空に跳び抜けていた。


 そのままレイルガンの銃身を右足で蹴り、大きく跳躍───!長火鉢ツキ、あっという間に包囲網から抜け出した!


 着地と同時にまた地を蹴る!跳ぶ!蹴る!跳ぶ!風を切り風景も歪む、凄まじいスピードだった。

 そのまま落下軌道に入るアカゲを見据え、前傾姿勢で爆走直進する!

 追え!の号で固まった車輌が一斉に解け、全機はツキを狙ってビュンビュンと駆け抜けていく。

 彼女の爆走は止まらない!強靭な脚力を振り絞って、落ちてくるアカゲの元へ───。


「うわぁぁぁああああああああッ!!」


 カメラを抱き抱えたままのアカゲの顔面が迫る!そのまま地面と直撃するかと思われた瞬間、颯爽と地を蹴って走る娘が駆け付けた!


 盛大に、キャッチ───!


 ガシッと左腕でアカゲの胴を掴み肩に乗っけて逃げ走る!


「ナイスキャッチ!ふふん、我ながら」


「……あ、あ……ああ……」


 魂の抜けたような顔でぐたぐたと担がれる冬崎アカゲ。彼はもう限界だ!


 逃げる2人と追う15機、薄暗い空気の中、ライトで照らされながら走り続ける。

 長火鉢ツキはなんと時速60キロで駆け抜けていた。彼女の桁違いなスピードはヒトの枠を超えているが、それでも浮上装甲車輌にはジワジワと距離を詰められる───。


 先頭から順に一列になってこちらへ迫る15機の車輌。先頭の車はレイルガンの照準をグリグリとツキへ合わせている。

 ───先頭機のコックピットに無線が響いた。


『2号機、発砲は控え。2号機、発砲は控え』


「ハ!」


『各機も発砲は控え。失速時、保護対象の命に危険が生じる速度である。全機散開、包囲陣形を形成せよ』


 隊長機の言葉に、各機はそれぞれ発砲態勢を緩めた。

 その代わり、スピードをぐんぐん速め、再度囲い込んで封じ込めるつもりだ!

 撃たないことを悟ったツキは、フンと鼻を鳴らし、風を切って進む。


「大人しく諦めてくれりゃいいんだけど……アイツら相当大事らしいぞ、お前が」


 ゴウゴウと吹き付ける風がアカゲの耳を遮って聞こえない!

 仄暗く明かりのない荒野の先、走り抜けるその先……前方に何かを見つけたツキ!


「お、喜べアカゲ、お前ツイてるな!」


 やはりアカゲには聞こえない……だが、向こうに見える!“黒い人影”が……。

 ギュイっとこちらを向いた!眼の奥は深い黒!ガアと一声鳴く!

 アカゲは怪物の存在に気付く!ミイラのような髑髏顔、そうだアレは───。


「炭化人間……!」


「その通り!」


 そう言ってツキは思い切り脚に力を入れる!アカゲを担いだまま、グギャンと力を振り絞って地を蹴る!


 一瞬で跳び上がった───。

 と同時に炭化人間も驚異的な跳躍力でグワっと宙に舞い、ツキと同じ高さまでやってきた!ニヤリとツキが笑う。


「いいぞ、遊んでやるよ」


「ガアッ」


 大きく口を開くヒト型の怪物、両手を振りかぶってツキに喰らい付かんとする。

 右手の刃を瞬時に捻って、その刃の平で、迫り来る頭を──────

 べギャン!

 ぶん殴って落とす!


「相手は私じゃないけどな」


 その先には追う浮上装甲車輌の列!落とされた炭化人間が先頭車輌のボンネットにボゴンッとぶつかり凹ませる!

 炭化人間は走るボンネットの上で肩を捻って体勢を戻し、中の操縦者を見るやいなや大きく口を開けガチンッ!

 ガチンッ!ガチンッ!ガチンッ!ガチンッ!ガチンッ!ガチンッ!

 フロントガラスに顔を擦り付けながら必死に己を喰おうとする怪物に恐れをなして、操縦者は焦り錯乱した!


「うああああああああああっ!!」


 ダダダダダダダ!!と高らかに音を上げ乱れ撃つレイルガン!機体は回転しそのまま失速する!

 後続の車にブチ当たり、ガンガンガンと巻き込んで崩れ、その機体を地に引っ掛けて大きくクラッシュする!これはちょっとした大惨事だ……。

 横に外れてどうにか逃れ出た残りの5台!ビュンビュンと加速し構わずツキを追いかける!


 走り続けるツキ、逃げる!

 後ろを振り返り、彼女はそっと呟いた。


「あーあ」

「炭化人間は“音”に惹かれてやってくる。下界観光したいなら───気をつけなくちゃな」


 ……ガッシャガッシャ。

 ガッシャガッシャガッシャガッシャ……。

 遠くから、何かが駆けてくる。


 ……ガッシャガッシャガッシャガッシャガッシャガッシャ!

 炭化人間が1匹2匹3匹4匹……大勢だ!大勢の怪物が、前から横から一斉に走り来る!!


「乗りこなしてみろよ、自慢の車でさ」


 波が来た!!

 ガッシャガッシャ!ガッシャガッシャガッシャガッシャガッシャガッシャ!!

 ケモノのように身を震わせながら走るヒト型の怪物……彼らの白く垂れた髪に覆われた頭蓋をツキは勢いよく踏み付ける!跳ぶ!

 ガッとこちらを掴もうと生える腕を尻目に、ギシュンと踏んで颯爽と跳び抜ける───!


 ギャッと地面に伏せて着地するツキ。


 背後、群がる先を変えた怪物達が浮上装甲車輌目掛け一斉に突き進む!

 グギャアアアアアアアアと鳴き次々に襲い掛かった。

 慌てて高く浮上を始める各機、だが遅い!


 積み重なった怪物の波が段々に手を伸ばす。車輌にしがみつき引き摺り落とし、ガンガンガンと狂ったように叩き回る。

 5台とも地に落ちて、それぞれが武装を展開して死にかけの虫のようにバタバタと抵抗するが、おおよそ何にもならない。

 ガチンガチン、ガチンガチンガチンガチン!大勢が顎を鳴らし食事の準備をしていた───。


 長火鉢ツキ、そのまま構わずに走り出す。全機振り切ったみたいだ。


「な……なん…………」


 情報量の多さ。

 アカゲは肩に抱えられ、ガタガタと揺られながら、吹き付ける風の中で呆然としていた。


「この辺多いんだよな、炭化人間。偶然逃げ込めたのは運がよかったけど、お前もアレだ、くれぐれも大きな声とかは……」


 アカゲを見やるとグッタリしている。


「おい大丈夫か、どうした」


「頭が……痛いです」


「そうか」

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