第2話 しだれ桜の咲く頃、キミは

 佐倉先輩は写真が上手だった。


 走る列車の躍動感。光る車体の矢のような煌めき。


 受賞歴も多かった。


「桜が咲いたら本番や。毎朝、撮る練習せなね」


 僕らは毎朝あの丘で会った。


 先輩は僕の写真にいつも苦笑して、ヘタクソやなって言った。


 悔しくて僕は写真を撮りまくり、何度も先輩に挑んだ。


 けど、ヘタクソやなぁが貯まるばかりで、そこまでヌードが見たいのって先輩は呆れてた。


 そうじゃない。


 僕は段々、自分が何に必死かわからなくなり、一人でも丘に登って列車を撮った。


 僕が少しはマシなのを撮ると先輩は笑い、まあまあええんやないのと言った。


 僕が初めて小さい賞をとると、先輩はお祝いに僕にも下手くそな手編みのマフラーをくれた。


 そして一年があっという間に過ぎていった。


「ウチもう卒業や。気にいる写真はまだ?」


 先輩は朝、丘の上で缶コーヒーを飲みながら言った。


「ヌードじゃなくていいんで、先輩の写真撮らせてもらえませんか」


「ウチより電車のほうがええよ。綺麗で強い」


 先輩はそう言って不思議そうにした。


 先輩はこんな綺麗なのに、どうしてそれを知らないんだろう。不思議でしょうがない。


「それでも撮らせてください」


 もう頼むしかなくて、僕は先輩に頭を下げた。


「いやや。だめぇ」


 先輩は笑って逃げて、一番列車が来た。


 トンネルから走り出てくる車体の轟音。カメラを構える佐倉先輩。


 僕はその先輩の、まっすぐな目の横顔を撮った。列車と、それを撮る先輩。


 好きですって言おう。


 この写真が上手に撮れたら言おう。


 好き。


 思いを込めてシャッターを切った。


 その写真を見て先輩は初めて僕に、ええ写真やねって言った。


「だめって言うたのにぃ」


 少し寂しそうに先輩は言った。


「ヌード……そんなに撮りたいん?」


「ヌードとか、関係ないです」


 僕と付き合ってください。


 そう言ったんだったかどうか。必死だった。


 先輩は次の日からずっと学校に来なくなった。


 代わりに、僕には一枚の写真が送られてきた。


 先輩の自撮りヌード写真。


 写真の中の先輩は僕を睨んでいた。


 その胸は傷だらけだった。何度も胸を開く手術をした痕だ。


 ひどい傷。先輩が生きた証だ。


「これでも好き?」


 その一言だけが書かれていた。


 何も知らないくせに。そう言ってるみたいだ。


 先輩は卒業を待たずに引っ越していた。治療のためだった。


 返信はなく、先輩は僕に行き先を教えなかった。

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