ボクは人知れずキミを救う者だ 003
ボクは無言でバスに乗った。
そのバスを逃すと、次のでは遅刻してしまう。
彼女も無言でバスに乗った。もう微笑んでもいない。
どうしてこんなことになったんだろうな?
彼女には別に、妙なところなんてなくて、ごく普通の女性だった。
こんな話をしてきたのも、今朝が初めてだ。
もしかして、ボクをからかってるんだろうか。あとで急に吹き出して、びっくりした? って笑うんだろうか。
そんなことを考えながら、ボクは彼女のひとつ前の席に座り、バスに揺られた。
けどボクも、そういえば、彼女に言ったことはない。自分が持っている、一度だけ使えるチカラのこと。
言ったことはない。
バスはそう思うボクを乗せて、どんどん走った。その、運命の交差点まで。
楽しそうに登校してる、たくさんの小学生の姿が見えた。
信号を無視して国道から突っ込んでくる、居眠り運転のトレーラーも。
それとぶつかるバスの車内で、投げ出される自分と、彼女の姿も。
その彼女の華奢な背中が、バスの柱に打ち付けられて、ありえないほうへ曲がるのも。
ボクもたぶん、そうだっただろう。ひどく痛くて、苦しい。息ができない。
ボクはもしかして、ここで死ぬんじゃないか?
そういえばボクも彼女に言ったことなかったな。キミのこと、好きだったよ。
こういうの初めてで、自分でもよく分からないけど、たぶん、そうだったんだろうな……。
キミのこと、守りたかった、その華奢な背中。本当はそう思ってたんだろうにな。
ボクはその時、なにかを決断したわけじゃないと思う。誰を助けようとか。皆のためだとか?
ただ発作的に思っただけだ。
こんな事故なんて、起きなきゃよかったんだよなって。
それがボクがこの世で一度きり使える、あの、奇跡を起こせるチカラの発動だった。
何もかもが動画の逆回し再生のように、ゆっくりと元どおりになっていった。
バスが突っ込んでいった子供たちの列が、元どおりの楽しそうな笑顔に。
横倒しに吹っ飛んだバスの車内の乗客も、折れた腕や首が元どおりになり、少し眠たげな顔で座席に戻る。
彼女も。傷ひとつない白い横顔で、ボクの後ろの席へと戻る。
そしてトレーラーは信号で急ブレーキを踏んだ。
間一髪。みんな助かったんだ。
ボク以外はね。
ボクは消える。そういうルールだっただろ?
でも消える前に一言だけいいかな。
「キミはこうなるって知っててボクに近づいたのか?」
ひとつ後ろの席にいる彼女に、ボクは話しかけた。
「初めはそうよ。でも、今は、あなたで良かったなって思ってる」
「ひどいな。このあとボクが消えなきゃいけないことは、キミは知らなかったのか?」
別に恨んでる訳じゃないけど、彼女は知ってたんじゃないかと思って、ボクはちょっと暗い口調だったかもしれない。
彼女の話が本当だったのなら、彼女は小学生のころに、仲良しだった転校生が消えたのを見たんだろ?
見たのかな? 見たってことも忘れてしまうんだろうか。
ボクのことも、キミは忘れてしまうかな。
忘れちまうんだったら、何を言っても別にいいかな。別に、フラれても、ボクもすぐに消えるのかもしれないしな。
「あなたは消えたりしないわよ。そんなことあるわけないでしょ」
彼女はちょっと怒った顔でボクにそう言った。
「言い忘れてたけど、私にも特別なチカラがあるの。一回だけしか使えないけど」
彼女は明るい朝の日のさすバスの座席で、ちょっとうつむき、残念そうに見えた。
「私たぶん、あなたのこと好きだったのよね。もっと長く、一緒にいたかったな」
最後に私のこと、好きだって言ってくれる?
彼女は確か、そう言ったような気がする。そう言ったような……。
「好きだよ!」
ボクもそう言ったような気がする。バスの中なのに? そんなこと平気で言うような性格じゃないんだけどさ。
だからあれは夢だったんだろうか。そんなことって現実にあると思う?
彼女はボクが好きだって言うと、にっこりとして、それは今まで見た彼女の笑顔の中でも、一番キレイな表情だった。
「私もよ。さよなら」
そう言って、彼女はボクの手を握り。
ボクを消滅から救って。
そして消えた。
彼女が一度だけ使える奇跡のチカラで。
もうなんの役にも立たないボクを救って。
彼女は消えてしまった。
まるで、最初からそこには誰もいなかったみたいに。
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