第9-6話「捨て去る未練」

 私は屋上で健文くんと千国さんが二人で楽しそうに昼食を取っている場面を目にしてしまった。

 その瞬間、ポケットに入れたハンカチを大切に握りしめていた自分が急に哀れに見えた。


 健文くんに好意を抱いていたのは私だけで、健文くんは私のことなんて何とも思っておらず千国さんと一緒にいる方が楽しいのだと。


 そう考えると自然と涙が溢れた。


 保健委員会を通じて関係を深め良好な関係を築き、健文くんも私に好意を抱いてくれているのではないかと淡い期待を持っていた。


 しかし、それはただの期待で事実は全く違ったのだ。


 健文くんが私に冷たい態度を取り始めた理由は未だに分からないが、健文くんの方から歩み寄ろうとしてくれていたのは分かっていた。

 それなのに、素直になれない私は私に対して冷たい態度を取っていた健文くんを許すことができずに離れてしまったのだ。


 もし私が素直に健文くんと仲直りしていたら……なんて考えもしたがきっと結果は変わらなかっただろう。

 結局、仲直りをしなければと思い始めたタイミングで健文くんが千国さんと二人で楽しそうにご飯を食べているところを目撃してしまい、私の心は完全に折れてしまった。


 二人があまりにもお似合いに見えてしまったからだ。


 元はと言えば私が健文くんと千国さんの間に割って入ったのだから、健文くんからすれば私は邪魔者でしかなかったのかもしれない。

 ただ道端で蹲っていた私を助けただけで、急に付き纏われるようになったのだから迷惑に感じていたかもしれない。


 そう考えると自分が本当に哀れに感じた。


 だからこそ……。


「でももう、これは必要ないから」

「--へ?」


 私はそういってハンカチを川へと向かった放り投げた。


 このハンカチを捨てることで、私の中に残っている健文くんに対する未練を捨て去ろうとしたのだ。


 こうでもしないと、健文くんに対する気持ちが捨てきれそうにはなかったから。


 ハンカチが水面に着水したのを確認してから千国さんの方を振り返ろうとした。


 その時だった。


 千国さんはものすごい速さで私の横を通り過ぎていった。


「ちょ、ちょっと千国さん⁉︎」


 私が千国さんの名前を呼ぶ頃にはすでに千国さんは川へと飛び込む直前で、水飛沫の音が鳴り響く。


 そうして水面から顔を出した千国さんはハンカチを天に突き上げた。


「何勘違いしてるのバカ‼︎ 麻薙さんの大バカ‼︎ こんな大事なもの捨てたらダメでしょ‼︎」

「か、勘違い?」


 麻薙さんにバカ呼ばわりされたことも気にはなったが、それよりも私は勘違いという言葉が気になっていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る