第8-5話 「こんなところじゃなかったらしてもいいの?」
麻薙の姿を確認した俺は何か俺に伝えようとしている千国の口を咄嗟に押さえた。
「ちょっと急に何するの!?」
「大きい声で話すな!! あっちの方に麻薙がいるんだよ!!」
「え、麻薙さんが?」
千国は俺が指さした方を見る。
「確かに麻薙さんだね」
「だろ? だから気付かれないようもう少し小さい声で話して……」
「おーい、麻薙さーん‼︎」
「ちょっと待て⁉︎」
千国には俺と麻薙の関係が上手くいっていないことを伝えてあるというのに、千国は迷うことなく麻薙のいる方向へと歩き出した。
そんな千国を止めるために俺は慌てて千国の手を引っ張る。
「ちょっと、何するの‼︎」
「何するの‼︎ じゃねえわ‼︎ 今何しようとした⁉︎」
「麻薙さんに声かけようかなーと」
「俺の話聞いてなかったのか⁉︎」
「聞いてたよ。聞いてたから声かけに行こうとしたの。だってこのままだとどんどん関係が悪化していくばかりでもう麻薙さんと今まで通り話せなくなるかもしれないよ?」
「そ、それは……」
千国の発言に何一つ間違っているところはないし、俺自身今の状況のままでいることが俺と麻薙の今後の関係を悪化させてしまうのは理解している。
とはいえ、麻薙の父親が保健委員長である事実は変わらないし、今はまだ以前と同じような距離で会話をするのは無理だった。
「そうならないために、私は今からでも麻薙さんと話した方がああと思うんだけど」
「……分かってるよ。でも今はまだ、麻薙と話す気にはなれないんだ」
「できるだけ早く仲直りしなよ。拗れると大変なことになっちゃうと思うし」
「……すまん。ありがとな」
千国はいつでも俺のことを考えて行動してくれる。
今回だって面倒事に首を突っ込みたくなければ、このまま麻薙に声をかけないのが最善策だろう。
そうすれば波風立てずにこの場を乗り切ることができる。
しかし、千国は面倒事に首を突っ込むのは承知の上で俺のことを考えて麻薙に声をかけようとしてくれているのだ。
ここまでのお人好しにはこれまでの人生で一度も出会ったことがない。
「とりあえず一旦図書館から出てどこか別のお店にでも……⁉︎」
気を抜いていた俺は唇に柔らかくほのかに暖かい感触を覚える。
それが千国の唇であることは、正面を見ればすぐに分かった。
俺はすぐに千国の方を持って自分から遠ざける。
「ちょっ⁉︎ なにすんだよこんなところで⁉︎」
「何ってキスだけど。というかこんなところじゃなかったらしてもいいの?」
「そ、そういうことじゃねぇよ‼︎」
あまりにも突然の行動に動揺していた俺だったが、まさか麻薙に見られてはいないかと麻薙の方を確認するが、麻薙はこちらを向いてはいない。
恐らく今の瞬間を見られたということはないだろう。
「どうだった? 初めてのキスは」
「初めてかどうかなんて分かんねぇだろ。とりあえずここ出るぞ」
「はーい」
混乱した頭を整理することができないまま、俺たちはそそくさと図書館を後にした。
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