第7-11話 「突き放してくれて構わないから」
「今日はありがと」
自宅に到着した麻薙は俺の方を振り向いて静かにお礼を言った。
自宅にいる母親に聞こえないように小声なのだろうか。
門灯に照らされて薄暗く光る麻薙はいつもより綺麗に見えた。
「俺の用事に付き合わせて悪かったな。次から献血は一人で行くようにするよ」
誕生日を祝おうとしていることに気付かれないようカモフラージュとして献血に行っただけなので、誕生日のお祝いと献血は関係がない。
関係がない用事に麻薙を付き合わせてしまったのは流石に申し訳なかったと思っている。
検査だけして献血を受けられなかったのも、普段の麻薙の体調から考えれば容易に想像がついたはずだ。
今後も保健委員長として献血には行くつもりなので、次からは麻薙を巻き込まずに一人で行くとしよう。
「わ、私は行っても献血できないだろうけど、また行く時は誘ってくれれば一緒に行ってあげなくもないわよ」
普段は俺に寄り添うような発言をしない麻薙がこうして言葉を詰まらせながらでも、俺に寄り添おうとしてくれただけでも今日誕生日を祝ったことには意味があったのかもしれない。
「……じゃあまた声かけさせてもらうわ」
「ええ」
「それじゃあな。遅くまで連れ回して悪かった」
「気にしないで。本当に楽しかったから。それじゃあまたね」
麻薙が手を振りながら家の扉を閉めたことを確認して俺は自宅に向けて歩き始めた。
先程まで一緒にいたのでこうして一人になるとやはり寂しいものだな……。
そんなことを考えていると、後ろから扉が開く音が聞こえて再び麻薙の自宅の方を向いた。
「こんばんわ」
「……お母さんでしたか」
てっきり麻薙が再び扉を開けて外に出てきたと思ったのだが、外に出てきていたのは麻薙ではなく麻薙の母親だった。
「今日はありがとね。十祈ちゃんの誕生日をお祝いしてくれて」
あれだけプレッシャーをかけられれば誰でもお祝いするとは思うが……。
「いえ。僕がしたくてしたことですから」
「喜んでると思うわ。あの子、家でもいつも保科くんの話してるから」
麻薙が普段から家で学校の話をするなんて想像が付かないな。
しかもそれが俺の話というのだから余計に信じられない。
とはいえ、麻薙が俺のことを意識しているのだと思うと素直に嬉しい。
「そうなんですね」
「保科くん、一つだけ話があるの」
何を話に来たのかと思っていたが、急に真剣な表情をこちらに向ける麻薙の母親の姿を見て、俺は背筋を伸ばした。
「話……ですか?」
「この前家に来てくれた時、十祈ちゃんのお父さんを見たでしょ?」
十祈ちゃんのお父さん、とは恐らく仏壇の上にあったあの写真の人物のことなのだろう。
「はい」
「十祈ちゃんのお父さんね、昔あなたたちが通う学校で保健委員長をしていたのよ」
その言葉を聞いた時、一瞬頭の中が真っ白になった。
麻薙の父親が保健委員長をしていたという話は、今一番聞きたくなかった話だ。
「……そうなんですね」
「私にはあの子の本心は分からないけど、もしかすると保健委員長だった父親の背中を追いかけてあなたと関わりを持ってる可能性もあるの。もしあなたがそうだと思うことがあれば、十祈ちゃんのこと、突き放してくれて構わないから」
「…‥分かりました」
「ごめんなさいね。こんなことに巻き込んで。話はそれだけだから。気をつけて帰ってね」
「ありがとうございました」
恐れていたことが現実になったしまい、気を落としてしまった俺は重たい脚を動かしながら帰宅した。
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