第4-2話 「してあげてもいいけど?」

 長く伸びた髪がフワッと揺れて、甘い爽やかな香りが漂ってくる。


 春先から少しずつ気温が上昇しており、室内が暑いと感じた直美先生が窓を開けていたのだろう。


 ナイスです直美先生。


「……っと」


 すくニコ報なんて完成しなくても良いから、ずっと嗅いでいたいと思う程だ。


「ちょっと」


 ペチッという小さく可愛らしい音が保健室に鳴り響いた。


「あ、す、すまん」

「どうかしたの?」

「いや、別になんでもない」

「ボーッとしてたらいつまでもすくニコ報作り終わらないわよ。ほら、ここ、字間違ってる」  

「あ、ありがとう」


 まだ作成途中で読み返す暇もなかったので字を間違えていることに気付かず麻薙に指摘された俺は小さな声で礼を言った。


「こんなの作ったって学校中の掲示板に貼られるだけで誰かが読むってわけでもないのにな……」

「何言ってるのよ。読んでくれる人はちゃんといるわ」

「そりゃ言葉ではそう言うけどな、実際すくニコ報読んでるって奴聞いたこともないぞ」

「あらそう? 私は毎回欠かさず読んでるけど」


 麻薙の言葉に一瞬目を見開く俺だったがどうせ俺と関わりを持つようになってから読むようになったのだろう。


「毎回も何もまだ俺と麻薙が知り合ってから数週間しか経ってないぞ。1回分くらいしか読んでないだろ」

「……二ヶ月前のすくニコ報は面白かったわよ。その月に欠席した生徒数を総計して、毎月比較していくことで生徒に健康に対する意識を根付けさせようとしてるのが分かって」

「お、おお」

「その前の月も面白かったわね。先生と生徒の欠席数をパーセンテージで表して、どちらが健康かを競うってやつ。まあ生徒のボロ負けだったけどね」


 二ヶ月前、三ヶ月前は俺と麻薙はまだ関係を持っていない。関係を持っていないどころか、たった一言だって会話を交わしたことはない。

 それなのに、なぜ麻薙はすくニコ報を読んでいたのだろうか。


 今まで誰も読んでいないと思っていただけに、実際にこうして読者がいることが分かると胸が熱くなった。


「その前の月も興味深かったわね。保健室の利用者の利用内容を細かく記載した表。あれをみたらこんなに生徒が学校で怪我してるんだってびっくりしたもの」

「ま、待ってくれ。なんで麻薙はそんなにすくニコ報読んでるんだよ」

「ん〜。理由は色々あるけど、あなたが書いたすくニコ報は読み手のことを思いやったものばかりだったから。読んでいて楽しかったし、毎回飽きなかったから」


 そう言って麻薙が微笑んだ瞬間、今まですくニコ報を書いてきたことは無意味ではなかったのだと俺の目尻は熱くなった。

 

「……そうか。読んでくれる人がいるなら、書かないってわけにはいかないな」

「そうよ。私以外にもすくニコ報を楽しみにしてる人はいると思うわ。数人くらいなら」

「喜ばせたところで最後に思いっきり奈落の底に突き落とすのやめてくれない? 悲しくなるから。飴と鞭の使い方エグいぞ?」

「私はもっと大勢の人にすくニコ報を読んでほしいと思ってるけどね」


 自分が面白いから読むだけでは飽き足らず、他の人にまで読んでほしいと思うその熱意はどこからやってくるのだろうか。


「よし、そんなに読むのが楽しいなら金取れるな。はい、今作成途中の読んだから百円な」

「まだ作成途中なのにお金なんて取れるわけないでしょ。まあキスくらいならしてあげてもいいけど?」

「まあキスしてくれるなら百円なんていらない……ってキス⁉︎」

「ふふっ。狼狽えちゃって、可愛いんだから」

「ひ、冷やかしなら帰れ‼︎」

「はいはい。素直に帰りますよーだ」


 そう言って保健室の扉を開き、保健室を後にする直前にこちらを振り向いた麻薙はしたり顔を見せてからそのまま帰宅して行った。

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