お仕事4

第4-1話 「わっ」

 放課後、俺は保健室で保健委員会新聞なるものを作成していた。


 文章を考えるのが苦手な俺にとって、保健委員会新聞、「すくニコ報」の作成は保健委員長の仕事の中でも一番苦手な作業である。


 ちなみに「すくニコ報」とはいつぞやの保健委員長が、この学校の生徒にはすくすくニコニコと育ってほしいと願いを込めて作ったものだそうだ。


 名前の付け方が安易な部分は突っ込まないでおいてやろう。


「今回も苦戦してるわね」


 背後から覗き込むようにしてすくニコ報作成の様子を伺っているのは保健の先生、直美先生だ。


「本当ですよ……。これが保健委員長の仕事だって事は理解してますけど、すくニコ報を作るって決めた保健委員長のこと恨みます」

「すくニコ報を作った委員長さんは本当に働き者でね、どんな仕事でも自分から進んでやっていて、心の底から生徒の健康を第一に考えているような人だったのよ」

「先生の教え子だったんですか? すくニコ報ができたのはかなり昔だって聞いてますけど」

「教え子な訳ないじゃない。すくニコ報ができたのってもう20年以上前なのよ?」

「あ、なるほど要するに直美先生がめっちゃ老けてるってこと……ッテ」

「これは体罰じゃないからね。必要な罰よ」


 軽く頭を小突かれたが、この罰まで想定して話をしていたのでこれを体罰だのなんだのと喚くつもりはない。


 自らすくニコ報なるものを作成した昔の保健委員長とやらはよほど働き者で優しい人だったのだろう。


 ただ現保健委員長としてはぶっちゃけ迷惑ですごめんなさい。


「それじゃあ私ちょっと職員室に行ってくるから。あんまり頭を悩まさず書くのよ。悩めば悩むほど文章がおかしくなっていったりするものだから」


 そう言って保健室を出て行った先生に軽く会釈をしてからすくニコ報の作成を再開した。


 すくニコ報の内容に頭を悩ませていたが、手洗い場に手の洗い方ポスターを設置してるってのもあるし手洗いの内容でもいっかな……。


「わっ」


 すくニコ報の作成に集中していたというのに、耳元から聞こえた小さくて優しい声に俺は思わず体をびくつかせた。


 そして俺はすぐに後ろを振り向いた。


「……ふふっ。ごめん、笑っちゃダメだとは思ったんだけど今のびっくりしたところ見たら面白くて……ふふ、ふふふふ」  


 少しムカつきはするが、麻薙が楽しそうだし何よりその笑顔が可愛すぎるので良しとしよう。


「……はぁ。麻薙か」

「なによそのため息は。そこは嘘でも喜ぶフリをするところだと思うんだけど」

「ごめん喜ぶところ見られたら恥ずかしいからわざと素っ気ない態度取ってみた」

「すくニコ報は全く書けないくせにそういう時だけはすぐ頭働くのね」

「自分でももう少しマシな頭の使い方をしたいと思ってるよ」

「そう思うなら手を止めてないですくニコ報書きなさいよ。ちょっと見せて」


 麻薙は俺の前に置かれた作成途中のすくニコ報を手に取って読み始めた。


 すくニコ報を手に取る瞬間に麻薙の顔が俺の真横に来て、俺は思わず目を逸らす。


 麻薙の顔が離れてから、目を逸らさずにもっとじっと見ておけばよかったと後悔したことは麻薙には絶対に内緒である。


 顔が離れた後近づいた時に見れなかった分、保健室の椅子に座る麻薙の姿を目に焼き付けるようにずっと眺めていた。


 これが保健室マジックってやつかな。


 いやそれゲレンデマジックの間違いだろ。

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