お仕事2

第2-1話 「悪気はあったの」

 視線が痛い。高校に入学してからこれ程までに視線を感じたことがあっただろうか。


 今まではどちらかと言えば目つきの悪い俺を見つけると視線を逸らしてくる生徒ばかりだったが、昨日俺が麻薙を保健室まで運んだことは無事学校中の生徒に広められたらしい。


 ただでさえ目つきが悪いことで避けられているというのに、これ以上悪評を広められたくはないんだが……。


 そう憂いていた矢先、さらに面倒な状況を迎えてしまう。


「ほし君おはよ。今日も元気に……ってどういう状況⁉︎」


 千国が驚くのも無理はない。


 俺が座っている席の目の前に、普通なら俺と関わるはずのない人物が立っているのだから。


「おはよう。貴方は誰? 健文くんのお友達?」

「た、たけふみっ……」


 おい麻薙、お前いつから俺のこと名前で呼び始めたんだよ千国が驚いてるだろ。

 今まで関わりがなかった俺とは正反対の人種である麻薙が急に親しげに俺を下の名前で呼び始めれば千国が驚くのも無理はない。


 というか多分まだ苗字でも呼ばれたことなくね?


「麻薙さんの言う通り、私とほし君は仲の良い友達だよ」

「へぇ。仲が良いのにまだ下の名前で呼んではないのね」

「べ、別に私の自由でしょ。それよりなんで麻薙さんがほし君と話してるの?」

「昨日お姫様抱っこしてもらったのよ。そのお礼にと思って、お菓子を渡しにきたの」

「そうかお菓子を渡しにきたのかー、っていやその前のお姫様抱っこって何⁉︎ どんな状況になればほし君が麻薙さんをお姫様抱っこすることになるの⁉︎」

「健文くんがどうしても私をお姫様抱っこしたいっていうから、仕方がなく」

「ほし君⁉︎」


 せめて麻薙が俺のところに来る前に、千国に俺と麻薙が関わりを待つきっかけとなった経緯を説明できていればこんな状況にはならなかっただろうに……。


 少し黙って会話を訊いていたが、麻薙が面白がって嘘をつき始めたのでお灸を据えることにした。

 

「おい、サラッと嘘つくなよ。あと千国も騙されるな。麻薙からお願いされたから仕方がなくしただけで、俺から進んでお姫様抱っこなんてするわけないだろ」

「そ、そうだよねぇ。べ、別に疑ってないよ?」


 目が泳いでるぞ千国。


「ありがとな。麻薙、千国は純粋な奴だからイジメるのはやめてやってくれ」

「ごめんなさい千国さん。悪気はあったの」

「うん、気にしてないよ……って悪気はあった⁉︎ それ謝罪になってないよ⁉︎」


 麻薙はお淑やかそうな見た目とは相反して割と意地悪な部分を持ち合わせているらしい。

 困っている千国の表情を見て微笑んでいるようにすら見える。


「賑やかな人ね」

「賑やかになったのは麻薙さんのせいなんだけど⁉︎」

「賑やかなことが悪いとは言ってないわ」

「た、確かに……。もう授業始まっちゃうから、とりあえずほし君はお昼休みに私に事情を説明すること‼︎ はい、麻薙さんは自分の教室に戻りましょうね‼︎」

「厄介払いされているような気がしてあまりいい気分ではないのだけれど……。それじゃあ、またね。健文くん」

「下の名前で呼ぶの禁止ぃ‼︎」


 麻薙は千国の言葉を気にする様子もなく、ヒラヒラと手を振りながらお菓子と微妙な空気を残して自分の教室へと戻っていった。

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