第1-4話 「もう帰っちゃうの?」
保健委員長たるもの、生徒の健康を第一に考え、生徒が体調不良を訴えれば助けるのが普通だとは思う。そうは思うのだが……。
「ほら、何チンタラしてるの。早くしてよ」
早くしろと催促をしてくる麻薙だが、セーラー服を着た女子生徒をお姫様抱っこした経験なんてあるふずもなく頭を抱えていた。
どのようにしてお姫様抱っこをするのが正解かなんて誰に訊いたら教えてくれるんだよ……。
スカートの丈が長いとはいえ、下手すればスカートの中身が露わになるなんてこともあるかもしれない。
そうなったら麻薙に責められるどころか、明日には麻薙がその噂を広めて俺の居場所がなくなってしまうなんてこともあり得る。
「は、早くしてよったってな……」
「大丈夫よ。スカートの中、体操服きてるから」
「べ、別に気にしてねぇよ」
体操服着てるなら安心か……ってなる訳ないだろ馬鹿‼︎
そもそもお姫様抱っこという行為自体のハードルが高過ぎる。
男子では想像できない程に細い身体は優しく触れないとすぐ折れてしまいそうな気がする。ワレモノ注意なんてレベルじゃないだろこれ。
いつまでもお姫様抱っこをしないでいるとまた麻薙から揶揄われてしまいそうなので、お姫様抱っこをしようと身体を近づけるが、今まで嗅いだ経験のないめちゃくちゃいい香りが漂ってきて思考は完全に停止した。
狼狽えるな俺、これは今後の関係でどちらが主権を握ることになるかという大事な場面だ。
俺は平静を装い、狼狽えていないフリをして麻薙をお姫様抱っこした。
「よっと……。て軽っ。もっと食った方がいいんじゃねぇか」
外見的に体重は軽いのだろうと予想していたが、その予想を遥かに通り越した軽さだった。
流石に言い過ぎかも知れないが、薄っぺらい紙を持つのと同じ感覚まである。
思いっきり息を吹きかけたら飛んでっちまうんじゃないかこれ……。
「女の子はみんな苦労してるのよ。だから体重が軽いっていうのは汗と涙の結晶なんだから」
「いや汗はいいけど涙流すほど食べるの我慢するのはよくないだろ。そんなんだから体調崩すんじゃないのか?」
「心配してくれてありがと。これからはもう少し食べる量を考えてみるわ」
麻薙の体重が心配になる程軽いので、アドバイスをしながら保健室まで麻薙を運ぶ。
予想はしていたが、お姫様抱っこをしながら保健室までの道のりを歩くとすれ違う生徒に俺たちの状況をジロジロと見られてしまう。
好奇の眼差しでみられるのはまだいいのだが、明らかに俺を睨みつけ今にも殴りかかってきそうな生徒が何人かいたのはいただけない。
もしかしたら俺、明日には学校にいないかも。
何はともあれ無事に保健室まで到着し、お姫様抱っこをしていて扉を開けられないので麻薙に開けてもらう。
「……あれ、直美先生いないな」
「そうね。いないみたいね」
扉を開けると保健室内に直美先生の姿はなかったが、特にベッドを使っている生徒もいなかったので空いているベッドに麻薙を寝かした。
「よし、それじゃあもう帰るから。体調悪いんなら安静にしてろよ」
「もう帰っちゃうの?」
麻薙を保健室に送り届けてすぐに帰宅しようと思っていたのだが、麻薙からそう言われて俺は立ち止まった。
「俺がいたら麻薙が落ち着いて眠れないだろ」
「むしろいてくれたら安心してすぐ眠れそうなんだけど」
「……」
「死なない範囲ならなんでもしてくれるのよね?」
「ああもう分かったよ」
先程と同じ手を使ってくることは予想できたので、俺は先程より早く麻薙の依頼を了承し、麻薙が寝転がっているベッドの横に置かれた椅子に座った。
「……手、出して」
「……手?」
「胸、揉んでくれない?」
言われるがままに手を出した俺だったが、麻薙のとんでもないセリフに手を引っ込めようとする。
その瞬間、麻薙は俺の手を握って自分の胸へと俺の手を運んだ。
「な、っなにすんだよ⁉︎ む、胸を揉めってお前頭おかしいんじゃないのか……」
「これが一番安心するわね」
安心すると言った麻薙の表情を見て、麻薙が言った、胸を揉め、という言葉の意味を理解した。
麻薙なりの照れ隠しなのかどうかは分からないが、それにしたって言葉の選び方に問題があると思うぞ。
麻薙は俺の手を握ったまま目を瞑り、そのまま眠りについてしまった。
その手を離すことはできず、麻薙の顔を見ながらベッドの横に座り続けていた。
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