第1-2話 「……はい?」

 補修。それは成績不振者に与えられる地獄の時間。


 補修を受ける、と友達に話せばその瞬間成績不振者のレッテルを貼られてしまう。


 その補修に今回初めて参加することになったのだが、決して成績不振が原因で補修を受けることになったと勘違いしてほしくない。


 補修には成績不振者と体調不良でテストを欠席した者が参加する。


 今回に限っては俺自身が体調不良だったわけではなく、体調不良の麻薙を助けたがために遅刻しテストを受けられず補修を受けなければならなくなったのだ。


 それなのに、成績不振者だと勘違いされるのは癪に障る。


「っし。じゃあ俺補修室行ってくるわ」

「まさかほし君が成績悪いだなんて知らなかったよ」

「同じクラスなんだから俺が今回補修を受けることになったのはテストを受けられなかったからだって知ってるだろ畜生が」

「畜生とは失礼な‼︎ こんなに可愛いクラスメイトにそんなこと言うなんてほし君の方が畜生だよ」

「すまん、何言ってるか分からん」

「ぶーっ」


 放課後に補修室へと呼び出されていた俺は早々に千国との会話を切り上げて補修室へと向かった。


 補修室に入る瞬間を目撃されれば成績が悪いわけではないのに無事成績不振者のレッテルを貼られるわけだが、これは俺自身が選んだ道なのだから仕方がない。


 あの場面で麻薙を助けずにテストを受ける選択肢もあったはずだ。

 それでも麻薙を助けると決めたのは俺なのだから今更文句は言っても意味がない。


 補修室に到着して扉を開けると、俺以外の補修者、麻薙の姿があった。


 同じクラスではあるが麻薙とは一度も会話したことがなく、俺の存在なんて認識すらしていないのではないだろうか。

 となれば俺と麻薙はもはや赤の他人で、体調不良で蹲っていた麻薙を俺が助けただけの関係。それ以上でもそれ以下でもない。


 それにしてもこいつ……よく見るとやっぱ可愛いな。


「ジロジロみるの、やめてくれない?」 

「あ、ああごめん。つい……」

「麻薙さんって成績悪いんだって思ったでしょ。私は成績が悪かったんじゃなくて体調不良でテストが受けられなかっただけだから」


 麻薙が成績優秀なのは知っているので、言い訳なんてしてもらわなくても……。


 ん? 麻薙の発言から察するに、俺が麻薙を助けたと気付いてないのか?


 あの日麻薙を助けたのが俺だと知っているならば、麻薙が体調不良でテストを受けられなかった事実は勿論知っているので、麻薙がこうして言い訳がましく話しかけてくる必要はないはず。

 それなのに声をかけてくるとなると、やはり麻薙は俺が麻薙を助けた張本人だと気付いていないのだろう。


 まあ別に麻薙が学校1の美少女だから恩を売ろうと思って助けたわけでもないし、忘れているなら忘れているで好都合だ。


「そうなのか。俺も似たようなもんだよ。成績は中の中、補修を受けるべき人間でもなければ特筆して頭がいいわけでもない」

「私は頭が良いから似たようなものだと言われると癪に障るのだけれど」

「そ、それは……すまん、謝る」

「別に怒ってないわよ。それに同じく体調不良でテストが受けられなかったことには同情するわ」


 同情するも何もあなたの体調不良が原因でテスト受けられなかったんですけど!?


 という言葉が喉元まで出かかったが、それを言うと恩着せがましくなってしまうのでグッと堪えた。


「別に同情なんてしてもらわなくても結構だよ」

「あら、同情しないと泣きそうだったから同情してあげたのに、意外と強いのね」

「俺をウサギか何かと勘違いしてないか?」

「そうね。ウサギじゃなくてハムスターだと思ってたわ」

「思ったより小さいなそれ……」


 麻薙は噂通り言葉にも棘があり、お世辞にも仲良くなりたいとは思えない。


 まあ低いトーンで罵られたい男子の気持ちは少し理解できた気がするけど。 


 理解したくもない気持ちを理解しそうになったところで教室に慌ただしい足音が近づいてきて扉が開いた。

 

「すまん、ちょっと今日急用ができたからまた別日にな‼︎」


 補修を担当する予定だった先生は急用ができたようで、一言だけ俺たちに伝えて教室を出ていった。


 そして教室には俺と麻薙の2人だけが残される。


「それじゃあ私、帰るから」

「ああ。お疲れ」


 麻薙を引き留める理由もないので、俺は麻薙に続いてそのまま帰宅しようとしていた。


 補修はまた別日になるようなので次麻薙と関わるのはその補修の日になるだろう。

 それがなぜか少し寂しく感じたところで今度は保険室に勤務している二川ふたかわ直美なおみ先生が教室に入ってきた。


「あ、いたいた麻薙さん。あなたに言いたいことがあったのよ」

「なんでしょうか」

「あなたが保健室で絶賛してたあなたのことを助けてくれた彼なんだけど……。あら、保科くん。丁度いいところにいるわね」


 直美先生に存在を気づかれてしまった俺は肩を落とす。


「俺的にはタイミング最悪な気がするんですが……」

「麻薙さんを助けてくれたの、今あなたの横にいる保科くんだから」

「……はい?」


 直美先生からあの日の事実を聞貸された麻薙はキョトンとした表情で俺の方を見た。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る