第10話 姫の葛藤

「――――いかん!!皆、身を守れ!森へ逃げるのじゃ!!」


不意を突かれ長老は短刀を握り直すも、二度と同じ手は食わぬと、右近は長老の手から短刀は弾き飛ばし長老の体を激しく蹴り飛ばした―――――。


「ぐっふっ」


長老は片膝をつき、自分の甘さと愚かさに大きく項垂れ地面に拳を叩きつけた。



炎は、瞬く間に広がり赤いが業火が村を包んでいく。


「村が·····村が·····」


「おら達の村が·····燃えていく·····」


赤き炎は、家々を焼き払い


田畑を燃やし人々の心に、暗く重たい影を植え付けていった。


炎にのまれる家を呆然と見つめる者


炎の熱に身を焦がし、その場に佇む者


自我を忘れ、泣き叫び逃げ惑う人々。


泣き叫ぶ子の声と大人達の怒号が入り交じり誰の目にも地獄の光景に見えていたに違いない―――――――。



誰かが言った·····


「·····なにが·····なにが·····姫巫女じゃ!助けになぞ来ぬではないか!!」


憎しみの炎が人々の心に、蒼き炎を呼び起こし怒り狂う様は、まさに人の心に住まう【鬼】そのものだった。


父、母の顔が、みるみるうちに憎く歪み、鬼の姿へ変貌していく―――――


子供達の目には、おぞましく禍々しいモノに見え絶望が感情を支配し声を奪う。



りーーーーーーーーーーん!!


鈴の音が闇を切り裂く


「諦める!姫巫女様は、我等と共におられるぞ!」


透き通った清流のような、高らかに響き渡る凛とし声音。


その声の後ろに目を向けると――――

そこには、背筋を伸ばし真っ直ぐ前を見据える、強い眼力を秘めた少女の姿。


美しくも神々しい姫巫女の姿がそこにはあった―――――――。


誰もが息をのみ、涙を浮かべ天を仰ぐ。



―――時は、戻り――――


数刻前


「姫様、直ぐに村を出る準備を!!」


久乃の剣幕にも関わらず、姫は悠然と水鏡に映る己の姿を眺めていた。


「姫様!」


久乃は姫の肩を掴み前を向かせる。


姫は小さな肩を震わせ、美しく妖艶な輝きを放つ紅き眼には雫が溜まり、今にも零れ落ちそうだった。


「·····また逃げるの·····ですか?」


蚊の鳴くような小さな声は力なく弱々しく。全てに絶望の色が滲み出ている。


「わたくしは、また誰かの命を犠牲にして生きていかなければならないのですか?」


零れ出る雫は、止まることなく溢れ、姫の頬をつたい落ちるていく―――――。


「何故、そうまでして生きなければならないのですか?·····わたくしを守る為に、多くの者が命を落としました。わたくしが生きている限り、影虎様は、わたくしを追い続けることでしょう。あのお方は、とても偉大で、恐ろしいお方。·····しかし、心根は誰よりも優しく、誰よりも、わたくしを大切に想うてくれている。今でも、わたくしは影虎様を心よりお慕い申しております。なれど―――それ故に、わたくしは、あのお方に数え切れない罪を負わせ、人を殺めさせ、傷をつけました。·····この汚れし罪と血は不幸をもたらします。ならば逸そ、この身諸とも誰の手にも届かぬところへ·····いっそ·····消え·····っ·····」


姫の言葉を遮り、その小さき体を力任せに強く強く、抱き締めた。


「あなたの存在は、我々配下の誇りであり、命なのです!―――御館様も奥方様も、あなたの命は、何があっても守れと死の間際、私に最後の命を下されました。私は、あの方々の·····皆の願いを叶えたい!あなたと共に生き·····。あなたの笑顔を守り·····。この与えられし命が尽きる時まで。生涯あなたの御側に!!」


姫を抱く腕に力が籠る―――


(この小さき肩に、どれほどの重荷を背負われて生きていかなければならないのだろう。多くの者の死を犠牲に·····血反吐がでるほどの困難を幾度となく乗り越え、涙を流し、出逢いと別れを繰り返す·····。あと何れだけの苦難が姫を苦しめるか計り知れない。楽にしてさしあげたい·····そう思う時もある。それでも、姫の血は絶やさず未来永劫、残さねばならない。それが、鬼の姫として血筋を受け継ぐ者の定め。そして、姫を守り鬼と人の世を築く!これが影虎様より与えられし私に与えられし第二の使命――そして·····何れ、この手の中に―――)


「·····久乃·····」


(影虎様と姫が恋仲であることは、配下の者の間でも極少数しか知りえない事実。影虎様は、姫の身を案じ隠密に命を出された。影虎様は姫を守ろうと多くの者の命を奪い、村を焼き、国を滅ぼした。そして姫は影虎様から逃げる道を選ばれた。己が離れれば犠牲が増えまいと安易に、御考になられた結果が、この有り様だ。私と影虎様が密通しているとも知らず·····数人の配下を連れ、身を潜め暮らすことを決めた。私には姫の浅はかな考えは、逆に不幸を招くとしか思えなかった·····)


姫の顔に、落ち着きと安堵の表情が見られる。


(あなたは、本当に愚かで頼りない·····。私なしでは生きてさえいけない幼い子。····そして、そんなあなたを大切だと思う反面、私は·····弱すぎる、あなたを鬼の血を受け継ぐ末裔として認められなくなっていた)


胸の奥に、黒々と疼く感情に身が焦がれるほどの溢れる感情に久乃は必死に蓋をする。


(今はまだ―――この弱き姫を守る、ただの家臣でありたい·····)


久乃は人知れぬ想いを胸に抱き、今この時、胸の中にいる守るべき存在に優しい眼差しを向けるのだった。



―――その時――――



「紅き瞳を持ち命を奪いし呪いの子」


「世を惑わす死を呼ぶ蝶」


音もなく近寄る姿。


「何奴だ!」


(気配に気づかなかった·····こやつ·····かなりの手練れ――――)


久乃は姫を背後に隠し、刀を構える。


そろりと姿を表したのは、黒ずくめの長身の男であった。

















  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る