第9話 子を持つ親として

緊張感溢れる中、右近の言葉を切り裂いたのは紛れもない我が子を亡くした喜八だった。


「―――この村に【鬼姫】などおらんというとるじゃろ!·····褒美なんぞいらん!この村から出ていけ!」


「―――愚かな―――」


右近は一度、深く息を吐き

一瞬、影を落とした眼に焔が宿る。


「ならば息子の元へ行くがいい」


一気に槍を振り下ろす―――――



喜八は、まだ温かさの残る寛太を強く抱き締め死を覚悟し眼を閉じる――――――。


カキーーーーーーンッ


耳をつんざく金属音が響き喜八の耳に届く親しき人の声―――――


「命を粗末にするでない!この愚か者が!!この場は引け!!」


音と共に胸ぐらを強く引き寄せられ強く頬を殴られた。


頬の痛みと胸の奥から沸き上がる切な願い。目の前には長老の姿があり、長老は苦痛に顔を歪ませ、亡き息子、寛太の頬を撫でている。


「喜八よ·····遅れてすまない。お主の勇気ある行動は、寛太にも、きっと届いておるよ。じゃからお前は寛太が身を挺して救った命を全うせねばならん!しかと生きぬくのじゃ!」


喜八は泣き崩れた――――――。


その場に崩れ落ち寛太を胸に抱いたまま


「おらが·····おらが殺したようなもんじゃ·····寛·····太·····すまねぇ·····すまねぇー。許してくれー――――」


一目も憚らず嗚咽を漏らし溢れる涙


最愛の息子へ許しを乞う姿は、あまりに滑稽で、長老は唇を噛み締めた。


沸々と沸き上がる怒りの渦が長老の中に、眠りし獅子を呼び起こす―――――。


長老の目に宿りし、黒き焔りに身震いし

息を飲む。右近が間合いを取ろうした瞬間·····。


見るも華麗な手捌きで右近の後ろへ回り込み首筋へ短刀を突きつける。


「ほっほっほ。お若いの大したことないのぉ」


ギリギリッと腕を締め上げ


あっという間に右近から槍を奪うと長老は右近の身体を縄で縛り上げた。


「貴様達、動くでないぞ!この者の命がほしくばな!」


その場にいた、誰もが長老の立ち振舞いに目を奪われ固唾をのんだ。


「さて·····右近と申したな·····。この村の子に手を掛けたこと、ただで済むと思うでないぞ――――」


ジリリッと長老が右近の縄を引き下げ跪かせた―――――――。


「くっ!」


右近は己の唇を噛み悔しさを表わにする。も長老は容赦などない。


「貴様!ただの村人ではなかろう!何奴だ!影虎様に仇なしおって、たたで済むと思うでないぞ!」


抗うも抵抗、虚しく右近は再び長老により捩じ伏せられ強い力で地べたへ顔を押し付けられる―――――――。



「ぐはっ」


長老は上から見下ろす形で右近を見やると·····。


「のう·····おまえさん。血気盛んなのもよいが、現状を把握しておるのか?おまえさんの命は今、わしの支柱にあるでの。生かすも殺すも、わし次第じゃ」


長老の目に笑みはなく、冷たい視線のみが右近を見据える。


「おまえさんが姫を連れて帰らねばならん理由は、ただ一つ。影虎に付き従わねば守れぬモノがあるからであろう?」


確信を突かれ右近から血の気が引いていく。


「くっ·····黙れ·····黙れ!!」


右近は吠え血走った眼がギロリと長老を睨む。


敵陣の大将が、年老いた老人に捕まっている様は、あまりに無惨で少しばかり滑稽に思えてならなかった。


大将が捕らえられ縄までかけられてる状況下に、配下の者達は、成す統べなく皆、狼狽え、その様を見ていた村人達は各々に鎌や鍬を持ち、ゾロゾロと集まりだした。


その光景に、長老は不安を覚えつつも右近を抑えておけば心配はなかろうと鷹を括っていた。


(‥‥右近の引き連れてきたこの者達は皆、寄せ集められた元は、どこぞやの村人か農民じゃろう。なんの訓練も受けておらん雇われ兵士に恐れを抱く必要はない。おそらく皆、金を餌に、つられた戯け者ども。上に立つ者の指示がなければ所詮何も出来まいよ·····)


長老は確信こそないものの、そう解釈し場の空気を己のものへと引き寄せた。


長老の登場により、戦況は好転し敵陣は衰退しつつあった。


最早、誰もが長老の勝ちを確信した時


一本の矢が右近の縄を、ほどき束縛を解放つ。それと同時に無数の炎の矢が村を襲った。





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