第11話 影虎

「久しいの·····姫」


男は姫の前へと歩み寄ると久乃から意図も容易く刀を奪い睨みを利かす。


(か·····体が·····動けない·····)


久乃は男から底知れぬ冷たさと迸る怒りの念を感じた。


そのあまりの恐ろしさに身震いし、ヒヤリと冷たい汗が背筋を流れる。


(·····動け!動かぬか!)


「くっ!貴様!姫から離れろ!!」


久乃は決死の思いで男に掴みかかる。


「なりません!久乃!下がりなさい!」


姫は咄嗟に久乃の袖を掴み、引き下げると跪き頭を下げた。


「申し訳ありませぬ!影虎様·····どうか、どうか!この者の命だけは·····お見逃しください」


姫は久乃を庇うように必死に懇願した。


「おもてをあげよ―――。千」



男は目深にかぶった布を剥がし顔を露にした。


「か·····影·····虎·····さま·····」


目の前に現れた、偉大なる絶対的、存在。


久乃は力なく、その場に膝をつく。


(·····なぜ·····なぜ気遣なかった·····あのお方の気配に存在に·····纏う薫りに·····)


影虎は姫へ近付き、頬を撫で髪に唇をあてがい口付けを落とす。


愛おしそうに姫を胸に抱く影虎の姿に久乃は心を焼かれジリジリと痛みを伴う。


その激しい胸の痛みに顔を歪ませた時。


「·····女、下がれ。千と二人にしろ。千も構わぬだろう?暫し二人で話がしたい」


影虎から姫へ向けられる言葉に刺も冷たさもない。だか、姫以外の者へ向ける言葉は氷のように冷めたく、その眼差しは毒矢のように久乃を捉え胸を射る。


「·····なり·····ません。いくら影虎様のお申し出とあろうと·····姫の傍を離れる訳には――――」


影虎を直視できず、視線を彷徨わせ、恐怖からか震えが全身を駆け巡る。


「ほう·····貴様は俺の言うことが聞けぬと申すか?」


言葉の一つ一つに圧が、かかり息苦しさに視界が歪み震えが襲う。


眼に見えぬ強大な力に·····


―――逆らえない―――


身体中の血液が沸騰し逃げられない熱に意識が鈍さをまし心の臓が悲鳴を上げかける。


「――――久乃、わたくしなら大事ありません。影虎様のお誘いをお受け致します。あなたは暫し下がっていなさい」


姫の声には、先ほどまで見せていた弱さも幼さもなく、その瞳には影虎のみを映し、一途なまでに真っ直ぐ相手を見つめる。そんな女の顔をした姫の姿があった。









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