第6話 鬼の姫

スラリとした美しい顔立ちの女が一人、先ほどの長老の話を離れた場所から聞いていた。そして音もなく姿を現す。


女の名は久乃ヒサノ姫の直近である。


「猫の姿に変われる、この身も便利なものよの――――」


久乃は姫に作られし傀儡クグツ


幼き日に命を落としかけるも姫の慈悲により救われ尊き命の恩恵受け、長き日々を共に暮らしてきた。


姉妹のような存在でもある。


そして永遠を誓い自らの命が尽きる、その時まで忠誠を立てている。


「腐れ下道が!貴様の考えなど

あのお方はとうにお見通しじゃ」


怒りを露にし激しい口調で長老を罵ると心の中に浮かぶ姫を思い、ふと、ため息が漏れた。深く空気を、肺いっぱいに吸い込み呼吸を、ゆっくり整える。


「―――あの方に怒られてしまうな」


久乃は苦笑いを浮かべ、おもむろに懐に忍ばせた短刀を握りしめた。


「この村とも時期におさらばか·····また姫様の心の傷が増えるであろうな·····」


どこか哀れみを含んだ物言いに、悲壮感ヒソウカンを漂わせ、無意識に握られた短刀へ強く深い祈りを込める。


久乃は胸に落ちる一抹の不安を抱きながら、その場を後にした。


そして若者が華月郷を訪れ数日が立った

ある日のこと――――。


久乃が恐れていたことが現実のものとなる。時刻は皆が寝静まった頃、月が雲に隠れし漆黒の刻。不気味な音が水を打った静けさの中に響く――――――。


森深く山奥からゾロゾロと足並みマバらに現れし山吹色の甲冑に身を纏いし兵士達。皆一丸となって獲物を狙う野獣の如き、血走った眼を、ひんむき息を荒らげ歩を進める。


彼らの目指す場所はただ、ひとつ


【華月郷】


狙いは、ただ一人―――


万に一人の尊き存在―――


彼女を知るものは少ない。


そう長老は言っていた。


しかし彼女を知る者は残念なことに思いの外、多かったのだ――――。


それは、姫自身が招いた重く消し去ることができない罪·····国を滅ぼし、親を、民を殺し自我を忘れ、ただの殺戮を楽しむ凶器と化したあの夜。空には満月が輝き、赤く染まる身体を照らし妖艶な迄に狂った美しき鬼を嘲笑う。


あの忌まわしき記憶が、昨日のことのように姫の心に重く、のし掛かり心を閉ざしかけていた。


だか、どんなに姿、形を変え、化け物になろうとも変わらぬ忠誠を貫く者達もいた。


久乃を筆頭に数十人の家臣達が姫を慕い寝食を共にしたいと国亡き今も尽くしてくれている。


【世を惑わす死を呼ぶ蝶】


【紅の瞳を持ち命を奪いし呪いの子】


姫はそう呼ばれ実の名を呼ばれることはなかった。


皆、姫を恐れ遠ざけ、嫌い。幼いうちよりハナレで独り暮らしておられた。


十を過ぎた頃からか、紅の瞳に陶器のように白い肌が鬼の血族のものだと人知れず知らされると姫の命を奪おうとする刺客が幾度となく訪れては、その命を落とし、姫は涙を流し苦しんだ。


呪れし命の定めに、姫の意志に背き運命は何故こうも残酷なのだろう?


鬼族の純血を受け継ぎし者―――


この運命は尽きることなく永久に受け継がれ抗うことすら難しい―――――


―――輪廻は廻る―――


廻って廻って濃い血の絆が生まれる


鬼の命は長い·····数百、数千年と長き時を幾度となく容姿を変え、時に人と異なる存在になり古の時より生きてきた。


同胞は散り散りになり、朽ちて行く者や、あまりの過酷さ故に自ら死を選ぶものもいたそうだ。


――――鬼とは尊き存在――――


故に、孤独で弱く、そして強い存在であることを誰も知り得ない。



――唯一無二の存在――


今はなき純血種の姫君


残された血の繋がりは濃く姫の背負われた定めは残酷なまでに美しかった――――。







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