第5話 背負わされた宿命

―――運命とは時に残酷である――


姫様の小さな安らぎも 桜の花びらが、ひらり、ひらりと舞い散るように刻一刻と儚さを残し流れていく―――


姫様が華月郷を訪れてから半月ほどたった頃―――


ひとりの若者が現れた。


話を聞くと親の仇を探しているという。


「俺は【鬼】を見た!この目でしかとな!一年ほど前、突如として姿を現した鬼に両親·····妹·····そして仲間も·····皆、殺され俺は独りになった。怒号飛び交う闇の中、鬼から逃げ惑う人々の怒りや恐怖が、さらなる災いを引き寄せ、一夜にして村は烈火レッカの如き炎に包まれ、辺り一面、炭とかし死体すら跡形もなく残らず。悲惨な·····そう·····例えるなら――まさに地獄絵図のようだった」


若者の言葉には緊迫感と臨場感があり

本当に恐怖と苦痛を味わったのであろう。瞳の中には怒りのホノオと絶望の色が揺れ動き溢れんばかりの悲しみが秘められていた。


【鬼】と言う言葉を信じる者は少ない。


その存在は、お伽話の中でのみ登場し、実際となると夢物語にすぎないからだ。


「この村に来たのは何を隠そう鬼の姫が、この村におると聞いたからだ!!」


村人の誰もが、若者の話を半信半疑に聞いていた。すると奥から一人の老人が現れ、若者に近付くと場の空気が一変しガヤガヤと村人達が騒ぎだした。


皆、口々に『長老様が直々にお会いするなんて』『長老様が口火を切られるぞ』思い思いに騒ぎ立てる。


「お若いの·····聞かせてくれんかのぉ

おまえさんは、本当に鬼の姿を見たのかい?」


長老と呼ばれた老人は真っ直ぐ若者を見つめ鋭い眼光を放ち、そして持っていた杖を若者の喉元へと突き立てた―――。


一瞬にして、ザワついていた雰囲気が静寂へと変わり、長老の初めて見せる氷のような冷たさに、誰もが呼吸すら忘れ凍りつき長老の冷やかな目線だけが周囲を射ぬく。


「鬼とは、古来より存在しておる。しかし本来、鬼は人の邪気と弱気心の奥に潜み自らの精を蓄え、少しづつ姿、形を変え人へ侵食していくモノと記されておる。勿論、その中にも例外も存在する。純血種ジュンケツシュを除いてじゃがな·····鬼は、元を辿れば人なのじゃよ·····優しく賢く尊い存在だ。じゃが鬼は、いつの世も人々からみ嫌われ禍々マガマガしいモノとされてきた。鬼は人々を傷つけまいと身を潜め、己の存在をも隠し暮らしておるそうな·····そして何より鬼の血族は少なく、その血を受け継ぐ者は特別な力を持ち人々を幸福へとイザナうという。だか、しかし、おまえさん本当に鬼を見たのかい?もし、おまえさんが真の鬼の姿を見たのであれば·····そうさのぉ·····。―――生きて此処に居ることは不可能じゃ―――」


長老は、不適な笑みを浮かべ若者へと距離をつめ耳元で囁いた·····声音を変え、若者にしか聞こえない静かな地を這うような低い声で·····。


「純血種の鬼の存在は限られた者しか知りえぬ国家機密。その余りに秤知れぬ情報故に、その姿、形は今だかつて誰も見て居らぬのだよ。このワシでさえもな·····おまえは何故、ここにおる?そして目的はなんだ?誰かの差し金か?」


ゾクリと身震いし若者の顔色は、見る見るうちに蒼白となり言葉をなくし立つ尽くす。


「事と次第によっては生きては帰れんと思うがよい」


ポンと肩を一叩きされ若者は、その場へ崩れ墜ちた。


長老は踵を返し村人達へ言葉を投げる。


「さぁさぁお開きじゃ皆、案ずることはない。余所者の戯れ言に惑わされるでない!

この村には姫巫女様がおるでの。何かあれば必ずや姫巫女様が守ってくれるであろう」


長老は若者を蔑むような眼差しで見据え密に心の中で囁く。


『鬼の存在を確かなものとするならば、あの少女はまさに神が与えし国の宝·····姫巫女と称えつつ愛でて育て何れは我モノに·····』


その様子を物陰に隠れ密に見つめる、小さき姿があろうとは誰もが知るよしもなかった。




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