第9話

僕は彼女と一緒に帰ることを辞め、彼女への恋心にも蓋をして、これからは先生としての役目を果たすことだけを考えていこうと決意していた。もちろん、簡単に彼女への気持ちがなくなるとは思ってないけど、少しでも気持ちが薄れていくように努力した。他の人に恋をすれば彼女のことを忘れられると考えて、積極的に女の子と話してみたり、趣味に没頭して気をそらそうとしてみたり。でも、彼女への気持ちを抑え込もうとすればするほど、逆に気持ちは大きくなった。一緒に帰ることを辞めたにもかかわらず、生徒の受験の時期が近づいてきていることに伴い、講習や自習で顔を合わせる機会が増えてしまった。


教室で交わす何気ない会話。たまに目が合って微笑み合う瞬間。そんな些細なことで胸がときめき、ずきずきと痛んだ。彼女と過ごす一瞬一瞬が愛おしかった。楽しくて幸せな時間だった。僕は彼女に怒っていた。なんでそんなに可愛いの?なんでそんなに僕を苦しめるの?と。「好き」という言葉が口からこぼれ出るのを我慢したのは人生で初めてだった。何度心の中でその言葉を唱えただろう。不安や恥ずかしさから告白できない苦しみは確かに大きい。しかし、告白することが許されない苦しみは想像を絶するほど大きかった。


そして、僕は約束を破ってしまった。


もう一緒に帰らないと決めたのに、自分の欲望を抑えることができなかった。教室で彼女とお別れをした後、できるだけ早く帰り支度をして、彼女を追いかけた。自転車をいつもより速く漕いだ。運よく追い付けることもあれば、追い付けないこともあったけれど。たまに僕の方が速く塾を出ることもあったが、そういう時は反対にとてつもなくゆっくり帰った。自転車に乗っているのに、歩いている人より遅いくらいのペースで漕いだ。


彼女は僕に追い付いてこう言った。


「自転車漕ぐの遅くない?」


その通りだ。だってわざと遅くしてるんだから。


僕は最低だ。僕を信頼してくれた塾長に嘘をつき、彼女にも嘘をつき、自分の決心にも嘘をついた。だけど、自分に規制をかけることができないほど僕は彼女を好きになってしまったのだ。もう自分の気持ちを押し込めて過ごすのは限界だった。僕は深く幾度とない思考の末に、ある決断をした。




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