第5話

 それからというもの、僕と彼女の距離は会うたびに近づいていった。道路1本分離れていたのが、いつの間にか隣を歩いて帰るようになっていた。どちらからも、一緒に帰ることを持ち掛けていたわけではなく、なんとなく帰りが一緒になるようになった。僕は彼女と話すことが楽しかったし、授業時間に話すのとはまた違って、お互いの素を知ることができる時間だった。楽しい時間が積み重なっていくほどに、もっと彼女と会いたい、話したいと思うようになった。週1度の授業では足りなかった。


 季節は夏に突入し、中3の受験が近づいてきた。塾全体で授業がない日も教室に来て自習をすることが推奨され始めた。夏休み前のある日の授業でのこと。


「最近家で勉強ちゃんとしてる?」

「うーん。あんまりやってなーい。」

「じゃあさ、塾に自習しに来たらどう?」


 僕は、先生として生徒の目標達成のために最善の方法を示したつもりだった。


「先生、私に会いたいの?」


「...そう、だよ」

「えー。私は会いたくなーい。(笑)」


 この後は、「なんでだよ!」とか言いながら笑い合っていたと思う。だけど、ほとんど記憶がない。それは彼女の言葉を受けて感じた自分の気持ちに動揺していたからだ。僕は確かに彼女の担当講師として勉強を教えられることを嬉しく思っていたし、彼女と話すことが楽しいと感じていた。だけど、あくまで先生として生徒のことを好きなだけだと思っていたし、自分の中に彼女を女性として好きだという気持ちがあることに驚きを隠せなかった。彼女の一言で、僕は自分の気持ちに気づいてしまった。いや、心の奥底ではきっと最初からわかっていたんだと思う。だけど、許されないとわかっているから。好きになってはいけない人だとわかっていたから。自分の気持ちに必死に蓋をしていたのだ。でももう隠せない。


 僕はこれからどう自分の気持ちと向き合っていけばいいのだろう。夏のさわやかな風に吹かれながら、僕は一心不乱に自転車を漕いだ。

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