② 『待ち合わせ』
寒い中、私は自分達が住む集合住宅の入り口で待ちぼうけをしていた。
雪が降ってきた。
この街で雪が降るのは珍しい。年に数回あるかないかだ。
そして、今日はクリスマス。聖夜。
恋人達は想い人との時間を楽しみ、プレゼントを贈り合って互いの気持ちを確かめ合う。
家庭持ちの、特に子供がいるところでは、忙しなくも楽しい時間を過ごすのだろうか?
ただ、生憎と独り身の私には、この日も冬のとある一日に過ぎない。
例年であれば、今も店でお客様のために料理を作り続けていたはずだ。
今年で私も十六歳になった。つまり、来年の春に行われる料理コンテストが最後のチャンスになってしまったということ。
十六歳までにコンテストで優勝しなければ、老舗の料理店である<銀の旋律>には入れない。
現在勤めている、<銅の調べ>の後輩たちのはからいで、私は今年のクリスマスは非番になった。コンテストで優勝できるか否かに関わらず、あの店でもうクリスマスに忙しなく働くことはない。
そのことを寂しく思う気持ちがないわけではないが、私の目標は飽くまでも<銀の旋律>に入ることだ。そして、必ず料理長の座を手に入れてみせる。
そのためには……。
「ルーシア~。ごめんなさい、お待たせ」
金色の髪を後ろでまとめ、防寒着とマフラーを身に着けた、何も考えていなさそうな女――バルネアが出てきた。
私の決意をぐらつかせる脳天気な声に、私は体を震わせる。
「遅いわ! どれだけ待たせるのよ!」
「でも、まだ待ち合わせの時間にはなっていないけれど?」
バルネアは不思議そうに、住宅の入口近くの壁掛け時計を確認しながら言う。
「えっ? えっ? あっ、本当だ……」
私が慌てて時計を確認すると、たしかに時計の針は待ち合わせの時間の五分前だった。
「ふふふっ。ルーシアったら、私と出かけるのを、そんなに楽しみにしていてくれていたの?」
「そんなわけあるか! いつもあんたが遅れてくるから、口癖になっていただけよ」
そうだ。たまたま早くに準備が整ってしまい、部屋で時間つぶしをするのもどうかと思い、玄関先で少し早めに待機していただけだ。他意なんかない。
おのれ、あの後輩共。
クリスマスを休みにしてくれるのはいいけれど、どうしてこいつまで休みにするのよ。
……いや、考えるまでもない。こいつのお守りを私に押し付けるためだろう。
いや、たしかにこいつと私の誕生日は近いから、こいつにとってもこれが<銅の調べ>の料理人としては最後のクリスマスなのは同じなのだけれど。
よりにもよって、<銀の旋律>に入るために競い合っているライバルを同じ日に休みにするとは。
そして、バルネアはバルネアで、「あっ、ルーシアもお休みもらえたんだ。それなら、クリスマスは一緒に出かけましょうよ」とか誘ってくるし。
この天然ボケは、自分と私がどんな間柄か分かっているのだろうか?
もう、春のコンテストしか残されていないのだ。
つまり、最大でもどちらか一人しか<銀の旋律>には入れない状況なのだ。それなのに……。
本来ならば、こいつの提案など蹴ればよかったのだが、生憎とクリスマスに出かけられる友人が他にはいないし、せっかくの年に一度の日くらいは、羽根を伸ばして美味しい料理でも食べたい。
だが、一人で店を予約するのはそれはそれで虚しいので、しかたなく、そう、し・か・た・な・く! 私はこの天然ボケの同僚と出かけることにしたのだ。
背に腹は代えられないとはまさにこのことだろう。
「バルネア! 忘れ物はないわよね?」
「もう、大丈夫よ」
バルネアはのほほんと笑みを浮かべるが、私は微塵もこいつの言うことを信じていない。
こいつの言葉に騙されて、今まで何度も大変な目に合わされたのだから。
「財布!」
「あっ、はい」
私のきつい言葉に、バルネアは慌てて財布を取り出す。
「中身の確認!」
「は~い。小銀貨8枚入ってま~す」
「ハンカチ、メモ帳、筆記用具!」
「お気に入りのハンカチ、そしていつものメモ帳に鉛筆二本入ってま~す」
「上着の下はきちんとした服装か確認! 寝間着だったら着替えてきなさい!」
「大丈夫よ。ルーシアとのデートだもの。気合い入れて来たんだから」
「何がデートだ! ただその辺をぶらついて、食事に行くだけでしょうが」
「えっ? だから、それをデートっていうんじゃあないの?」
「言わないの! 私にとってのデートは、素敵な殿方と一緒に出かけることを言うんだから!」
こんな、疲れる女と出かける事がデートなどと、私は決して認めない。
「……ええと、あとあんたがやりそうな事といえば……」
「もう、ルーシアったら心配性ね」
「誰のせいだ、誰の!」
私は出かける前から疲れてきてしまう。
断言する。もしもこの天然ボケが結婚するような奇跡が起こっても、旦那になる人はかなり器の大きな人物でないと務まらないであろうと。
「で、ルーシア。今日のプランはどんな感じなの?」
バルネアは問いながら、私の腕に抱きついてくる。
「ええぃ。抱きついてくるな! それに、少しは自分でも考えなさいよ!」
「だって、私が考えるものより、ルーシアが考えてくれるデートプランの方が楽しいもん」
「だから、デートじゃあないと言っているでしょうが!」
私は、しっかりと腕に抱きついて離れないバルネアを引き剥がすのを諦め、出かけることにする。
そういえば、バルネアは兄弟の末っ子だと聞いたことがある。
このちゃっかりとした感じは、確かに末っ子ならではと行ったように思える。
「ルーシア、ルーシア! まずはどこに向かうの?」
「ああっ、もう。少しは落ち着きなさいよ。この私がプラン立てしたんだから、間違いないわ。おとなしく楽しみにしていなさい」
「わーい、楽しみ!」
子供のような笑顔を浮かべるバルネアに、私はため息を付き、まずは海の方に向かうのだった。
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