③ 『二人で食べ歩き』
この馬鹿みたいに寒い時期に港の方に足を運ぶなど、よっぽどの物好きくらいだろう。
もちろん、私の目的も海ではない。
「バルネア、昼食はちゃんと抜いてきたんでしょうね?」
「ええ、もちろん。だから、お腹がペコペコよ」
私とバルネアは連れ立って繁華街の外れを歩く。
ああっ、これが洗練された殿方と一緒ならばどれだけ素敵だろうと思ったが、詮無いことなので諦めることにする。
「でも、この辺りにレストランがあるなんて聞いたことないんだけれど?」
「ええ、レストランはないわ。でも、出店が出てるらしいの。東方出身の人達が出しているお店が」
私の言葉に、バルネアは驚きとともに破顔する。
「それって、東方の珍しい料理が食べられるってこと?」
「そのとおりよ。まぁ、私も軽く調べただけだから、着いてからのお楽しみということだけどね」
「わぁっ、楽しみ楽しみ」
子供のようにはしゃぐバルネアに、私は苦笑する。
「おっ、見えてきたわね」
私達の視界に、木造の建物が入ってきたかと思うと、いくつもの屋台がその前に並んでいるのが分かった。
「わぁぁぁっ。すご~い!」
バルネアは目を輝かせながら、首を忙しなく動かし、いろいろな屋台を見ている。
「ほらっ、迷子になるから、うろちょろするんじゃあないわよ」
「もう。こんな見晴らしのいいところで迷子になんてならないわよ」
「信用できんわ! あんた、そう言ってもう十八回も迷子になっているんだからね」
その度に、私が探し回る事になったのだ。回数を覚えておいて、嫌味の一つでも言ってやっても罰は当たらないだろう。
「今日はただでさえ人通りが多いのだから、はぐれないようにしっかり付いてきなさいよ」
「あっ、それなら」
バルネアは名案を思いついたとばかりに微笑むと、私の腕に自分の腕を絡めてきた。
「ほらっ、これなら迷子にならないわよ」
「だぁっ! だから抱きついてくるな! ……まぁ、でも、迷子になられるよりはましね」
私は諦めて、バルネアのしたい様にさせる。
ああっ、これがこんな天然ボケでなくて、凛々しい殿方だったらどれだけいいか!
私は、男っ気がない自分の境遇が悲しくなってしまう。
「あっ、ルーシア、あれ美味しそうじゃあない?」
「へぇ~。細い串に肉を刺して焼いているのね。鶏肉と……豚肉みたいね」
「スパイスはブラックペッパーとお塩かしら? ううっ、この匂いがたまらないわ」
「この気取らない感じが屋台料理の醍醐味よね。よし、まずはあの店から行きましょう!」
そんなやり取りをし、私とバルネアは屋台料理を楽しんだ。
バルネアが美味しそうだという店を回ることにした私は、しかし一度もはずれを引くことがなかった。
こういった屋台の味は、当然その味に差があるのだが、バルネアは室の悪い店を絶対に選ばない。本当に、料理に関してだけはこいつの勘は頼りになる。
それから私達は、屋台料理を心ゆくまで楽しんだ。
「ああっ、ルーシア! あれを見て! ものすごく美味しそう!」
「こらっ。さすがにそろそろ止めときなさいよ。夕食が食べられなくなるわよ」
夕食にはとっておきのレストランを予約してあるのだ。
まだルーシアも若干お腹に余裕がないこともないが、折角の夕食を美味しく食べるには、ここらで遅めの昼食は止めにしないとまずい。
「ううっ、でも、間違いなく美味しいわよ、あの蒸し器の中身は……」
バルネアが上目遣いに、私に懇願してくる。
「ああっ、もう。分かったわよ。だったら、一つだけ買って、半分にしましょう」
「うん! 半分個、半分個!」
ええぃ、子供のようにはしゃぐな! 周りの目が痛いわ!
「すみません、一つくださいな」
屋台の主である、恰幅がよく人の良さそうな笑顔を浮かべる中年男性に、バルネアが話しかける。
『おおっ、イラっしゃい。二種類アル。どっちイイ?」
まだこの国の言葉に不慣れなのだろう。少しイントネーションが怪しい言葉で、その男性は尋ねてくる。
「ううっ、ルーシア。どっちにしよう?」
バルネアが左右の蒸し器を交互に見て、泣き出しそうな顔で私の方を見てくる。
ええぃ、手がかかる奴め!
「コレ、マンジュウ言うよ。一つは味付けブタ肉。モウ一つはトリを辛く味ツケタのとハルサメよ」
「まんじゅう? 聞いたことないけれど……。あんたの食い意地を信じてあげるわ」
私はそう言い、二種類とも注文をした。
「ほらっ、これを半分個すれば、どっちも食べられるでしょう? その代わり、腹ごなしに、後で少し歩くわよ」
「わーい! ルーシアありがとう! 大好き!」
「だから抱きついてくるな!」
私は鬱陶しいバルネアを引き剥がし、お金を払う。すると、「アリガトネ」と言い、店主は蒸し器を開けて、その中身を取り出した。
そして、そこで私は自分の失敗に気づく。その蒸し器から出てきた『まんじゅう』というものが、予想よりも随分と大きかったのだ。私やバルネアでは、おそらく片手では掴めないであろうほど。
だが、もうお金を払った後だ。今更キャンセルするわけにはいかない。
「わぁっ、表面が白いのとオレンジ色なんだぁ。楽しみ~」
これからのことを心配する私とは対象に、バルネアは満面の笑顔を浮かべている。
その幸せそうなアホ面を見ていたら、もうどうでもいいような気がして、私は苦笑する。
「まぁ、いいか……」
私はバルネアと一緒に一個ずつ、紙に包んでくれた『まんじゅう』とやらを受け取り、その屋台を後にするのだった。
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