第288話 待ち伏せ

 16時。カナスへあと40キロくらい。そこを一真は待ち伏せの場所に選んだ。道幅いっぱいに、投げダンの罠を張る。偽装は完璧で見分けはつかない。


 すごいスピードで護衛と馬車が、投げダンの入り口に吸い込まれ、バラバラにどこかのダンジョンに転移された。一真が念話でサイスに報せる。


 ムスタンで念話を受けたサイスが、教会の鐘を鳴らす。1500人以上のカナス軍に一斉に剣が振るわれる。死なないように、しかし激しく。


 ウッドゴーレムには、いくつかの激しい火魔法が襲い掛かる。油が撒かれていて、激しい炎が上空にまで届く。ウッドゴーレムは跡形もなく灰になる。


 10万以上ののHPが、数分で失われる。4人の護衛と御者、付いてきた若い魔導士は、どこかのダンジョンんで死んだ。死者は彼ら6人だけだ。死骸はダンジョンに吸収された。


 カリクガルは、12のアバターが失われたところでリンクを切った。素早い判断だった。15分後、混乱したカリクガルが、ダンジョンのから出てきた。


 そこにはレニーの結界が既に張られていた。ダンジョン出口はすぐ消えて、道路の真ん中に一人になったカリクガルが立っていた。仕掛けてくるのはFのはずだ。なぜこんな技が使えるのか。カリクガルはそう疑って混乱している。


 カリクガルは結界に閉じ込められているのに気がついた。大爆発のスキルを使った。自分を守りながら、結界内の空気を爆発で10倍に増やす。結界に閉じ込められたときは、これで結界を破ってきた。


 しかし結界は維持されている。カリクガルが打った次の手は槍だった。先端を尖らせたミスリルの槍が空中に出てくる。目に見えない勢いで、槍は結界の1点に向い1枚目の玄武の角界を破る。だが2枚目を破ることができなかった。


 槍は力なく落ちて、結界は何事ともなかったかのように、修復されてしまった。レニーとブルースの結界はカリクガルの攻撃に耐えたのだ。


 氷雪ドラゴンはブリザードを吐いている。結界内はだんだん寒くなっていく。爆発で増えた空気が静かに外に排出されていく。リビーが氷結と低温の魔法をかける。


 ケリーが透明な糸でカリクガルを取り囲み、トルネードの回転する風を起こす。この風の中に、単細胞のレベルに縮小された200体のシュビー2がいる。体内に氷聖石と3種の毒薬を入れたマジックバッグを持っている。


 風が止む。すでに黒ネコ合唱隊がバフとデバフの歌を始めている。神光明大勝王経のチベット語訳だ。アメリではなく、自分の顔に戻ったマリアガルが淡々と、しかし力を込めて歌う。


 アシュラキャットの声は、一体化したジュリアスから出ている。暗黒月蛾が呪月光のデバフで、呪術への耐性を下げている。ハリティたちが右目の幸運のバフを、セイレーンたちが左目のデバフをかけている。


 沢田シオンの外見をしたメドゥーサと、それに憑依した一真が、呪化のスキルをかける。ベルベルが月光のデバフをかけ、六魔の杖を発動させている。杖の中の悪魔たちは、今はまだベルベルからHPを奪っている。


 ルミエが小さき者の枝を起動すると、流れが変わり、悪魔たちは6体そろって、カリクガルからHPを吸い始める。ベルベルがドレインをを発動。能力値を奪い始める。ルミエが鎮静スキルを発動してさらに気温を下げる。


 カリクガルは、自分にかけられた魔法を無効化しようとする。だが古代語で作られた魔法だが、無効化できない。改変された言語だ。古代語ではない、知らない単語がいくつかある。解析に時間がかかる。


 攻撃する方が早い。しかし誰を攻撃していいか分からない。視界には何もないし、何の音も聞こえていない。最初に小竜巻が自分の周りに起きただけだ。隠密を使っているのか。


 寒くて風邪をひいたのか、カリクガルは小さなくしゃみをした。シュビー2たちは、カリクガルの無防備な顔から、眼の粘膜や鼻の粘膜を通り体内に侵入する。衣類の隙間から体表の様々な穴からも、次々と奥にまで侵入していく。カリクガルの体内で、いくつかは血管の中まで侵入して、マジックバッグを開ける。そこから3種の毒薬と氷聖石を出す。


 一真の鑑定では、呪化のスキルは成功している。ワイズの鑑定でも、カリクガルの状態は「呪」になっている。ジュリアスとルミエに合図をして攻撃フェーズに転換だ。浄化のスキルが発動する。


 ワイズが地中から大きな右手と左手を出す。今日は手の素材に、ミスリムゴーレムのミスリムを使っている。大きな手がカリクガルの両足のズボンの裾をがっちりつかんで離さない。足そのものは物理攻撃無効でつかめないのだ。


 カリクガルは敵を視認して、その地中から出てきた手と戦う。ズボンの布が裂けて足自体は自由になった。


 だがそれは陽動だ。空中に2本の紫の糸が出ていた。高速に回転し上からと下から同時に体に巻き付いていく。一真が時間差をつけて、ミスリルの糸を2本出す。紫の糸の上からカリクガルを巻いてゆく。


 彼等の糸は切れることがない。切れないことは、ディオニソスの魔法陣で保障されている。


 夕暮れが始まった。今日は特に雲がピンクに染まってきれいだった。糸による封印は一旦終わって、カリクガルはミスリルの青い色に巻かれ終わっている。そこを今度はゆっくり、丁寧に紫の糸が巻いていく。


 低温攻撃は効いているのか。ブリザード。氷結魔法。低体温スキル。氷聖石の体内からの冷却。結界は縮小しながら空気の排出をしている。ルミエの鎮静攻撃も効いて、空気分子の運動量が減っている。ダイヤモンドダストが生まれ、夕日にきれいに輝く。


 毒攻撃を点検する。シュビー2たちは、使命を果たして帰ってきている。カリクガルの体内に、シオンに使われたレイプドラッグ、テトロドキシン、アンチコカの3種の毒が放出された、それは間違いがない。カリクガルがそれらに耐性を持っていたかどうかは分からない。


 呪化・浄化攻撃は効いているのか。呪化されたことは鑑定で確認された。その後の浄化攻撃が効いているのかどうかは判然としない。なぜならカリクガルのHPが、どんどん減り始めたからだ。そしてアバターが1つ減った。


 目的はカリクガルを殺すことではない。生かして封印することだ。そのためには死なせてはいけない。


 テトロドキシンの解毒薬を、ケリーがシュビー2を使って注入する。この毒薬は相手を殺す。次に低温攻撃の停止。ただ体幹が凍結し、血液も凍結している。そしてルミエに解呪してもらう。呪状態ではなくなった。


 ワイズに一真が憑依して、鑑定レベル2を使う。アバターの数はあと45あることが分かる。しばらくはアバターでカリクガルの命は持つ。


 しかし完全に復活されても困る。ルミエに危険なスキルを強奪してもらう。カリクガルの魔法スキルは自己保存系だけになった。あとはカリクガルが自分へのヒールやキュアで、どこまで死の速度を落とせるかだ。


 最後のアバターを使い切り、最後の命となった。毒は消え、低温からも回復し、呪状態でもなくなった。カリクガルは命を取り留め、安定状態になった。


 能力値をすべて50に。スキルは飲水と自動再生のみ残す。これでカリクガルは自分の意志では死ねない。目の部分の糸を調節し、視野を確保。


 カリクガルの身体を15センチに縮小。ここでリビーの鏡の地獄の魔道具に封印し、鏡の地獄スキルをかける。カリクガルは、世界から切り離され自分しか見えなくなった。


 これをマジックバッグに入れて、次元の狭間に移す。さらに人格のないカードモンスターに、ネストのスキルを導入。カリクガルを入れたマジックバッグを持ってネストに行かせる。ネストに入れるのはそのスキルを持つ一人だけだ。


 これでカリクガルがすべての封印を解いて、この世界に再び出てくることはない。もし出てくるとしても、1000年はかかるだろう。




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