第287話 ムスタン

 12時30分。カナス軍1500人が、ムスタンの戦場に到着完了。カナス軍は1時間の休憩を取り、13時30分に開戦することを決めた。


 朝食を食べていないカナス軍は、ここで用意されていた朝食を大急ぎで食べた。士気はようやく上がってきた。相手は魔導士団が40人だけ。こっちにもほぼ同数の魔導士団がいる。勝てそうな戦いを前に兵士の士気は上がる。


 ムスタン側にはルイーズをはじめ最高峰の魔法師団がそろっている。サイスの下にS機関のジーマとタマモがいる。ジーマの呼びかけにベルベル隊の6人が集まってくれた。全員エロスの神弓を持っている。そしてタマモは無数の動物スケルトンを使える。


 さらにファントムの下にレンタル警備隊の強者部隊10体。この中にはちび丸、黒丸、ケリイヌもいる。他も能力値平均100以上。普通部隊が100体。弱いが何回でもリポップする。


 ブラックジュエリー一家で、 黒ネコ合唱隊に入っていないものは城壁外にいる。カナス軍の背後だ。33体。ゴーレム馬、イヌ、コオロギゴーレム、スズメ、各種カードモンスター。こちらは歴戦のゲリラ集団だ。


 開戦はカナス側からの弓隊200人の一斉斉射で始まった。タイミングのズレのない見事な攻撃である。だがリングルの結界士の結界で、ことごとく跳ね返されている。


 ムスタン城壁上からベルベル隊が射る。ジーマ以下7人がエロスの神弓から矢を放つ。矢はミスリルの鏃で、マヒ毒を仕込んである。これを受けた者はマヒして動けなくなる。必中のグローブ、追尾のモジュール付きなので、逃げても避けることはできない。


 カナス軍は歩兵1000人が4面に分かれて、城壁に突撃する。歩兵の最後尾は、城壁を壊す大きな攻城兵器を持っている。高い梯子もある。


 ここが籠城戦の最初の山場だ。普通守備側は、城壁上から激しく弓で攻撃する。攻撃側は耐え抜いて、城壁に上がろうとする。狙いは城内に進入し、城門を開けることだ。攻撃側の騎馬隊が突入できたら勝ちだ。だから兵士の数が勝負になる。


 10体のウッドゴーレムは強い。普通の兵士の攻撃は通用しない。だが火魔法には弱い。ルイーズなら全部焼くのに10分もかからないだろう。


 しかしルイーズが起用したのはサバシだった。カシム・ジュニアと武道大会で引き分けた闇魔導士だ。サバシの魔力や理力は200程度。ウッドゴーレムは攻撃力や防御力は高いが、理力や魔法耐性はお粗末だった。ルイーズはサバシで勝てると読んだ。


 ルイーズが火魔法で燃やすのは簡単だが、全員を生け捕りするのが今回の作戦だ。サバシのシャドーバインドが、面白いようにウッドゴーレムに決まる。


 ただ1体を拘束するのに5分はかかる。その間、足止めが必要だ。サイスが投げダンで、ゴーレムたち3体を、ダンジョン内に送り込んだ。


 リングルの土魔導士たちが、2体を落とし穴に落とした。ちび丸・黒丸・ケリイヌが、ウッドゴーレム1体を取り囲んで足止めしている。レンタル警備隊の強者部隊の残りの7体で、ウッドゴーレム1体にしがみつて足止め中。


 サバシがウッドゴーレム10体を、シャドーバインドで拘束完了するのに1時間かかった。サバシはリングルの次代を担う天才魔導師なのだ。


 敵のカナス魔導師団は、ルイーズ配下のリングル火魔導士たちと戦う。カナス魔導士団は能力平均値は高くても150程度。数は多いが、カリクガルの相次ぐ粛清で、とびぬけた能力を持つ者はいなかった。


 ルイーズたちは、思い思いの形に造形した火で攻撃する。マヒあるいはスリープの効果のあるポイズンファイアーである。カナス魔導士団の制圧に30分かかった。


 ファントムは、勇者マジューロから受け継いだファイアーニードルで多数を攻撃。麻痺毒を混入してしているので、この火の針を受けると動けなくなる。


 タマモが昆虫のスケルトンを500体発現する。蛾のスケルトン、蝶のスケルトン、蜂のスケルトン、蟻のスケルトンが現れて鱗粉や噛みつきでのスリープ攻撃。コオロギゴーレムたちも噛みつく。これもスリープだ。


 ヒト男、ヒト女も素早く倒している。こちらは足を攻撃して、動きを止めている。剣にはマヒ毒が塗られている。


 リングルの魔導士団も活躍している。水魔導士はウォーターバレット。攻撃力はないが、スリープ効果のある水である。土魔導士はサンドストーム。マヒ毒入りの砂嵐だ。


 ムスタン守備隊は徹底したスリープかマヒ攻撃、あるいは足攻撃をして生け捕り作戦をとっている。ヒーラーは敵であるカナス軍をヒールまでしている。


 1時間強で、動けるカナス兵がいなくなった。地面に寝かせて武装解除。マヒと睡眠の二重掛け。さらに縄による念入りな拘束が行われる。


 ウッドゴーレムたちにも、サバシがシャドウバインドをかけ直し、ヒト男とヒト女が鉄の鎖で念入りに拘束する。


 なぜ手間のかかる生け捕りをするのか。作戦の目的は、リンクを利用したカリクガルへの攻撃である。1500人を一斉に殺せば、失われるHPは8万以上になる。つまり兵士にリンクしているカリクガルのHPは、8万一気に減る。カリクガルは80回近く死ぬことになる。


 リンクは防御としては有能な手段だ。しかし逆用されると恐ろしいことになる。カリクガルには物理攻撃も魔法攻撃も効かない。しかしリンクしている集団が、一斉にHPを急激に失えば、それを補填するために彼女のHPが奪われるはずだ。


 ウッドゴーレムのHPは500ある。それが10体いるから、合計5000。ゴーレムに人格はないので、油をかけて火魔法で焼き捨てる。これだけでも、カリクガルは4回は死ぬ。


 実際にはカリクガルは、アバターで死を身代わりさせるから、死ぬことはないだろう。気がついたカリクガルはリンクを解除するはずだ。


 それでも事実上不死だったスキルの1つを解除できる。カリクガルを倒せなくても、大きなそれは成果になる。


 サイスははムスタンでの作戦完了を一真に念話した。時間は15時。いつでもカナス兵を殺せる。もちろん殺しはしない。スキルなどを奪った後、奴隷商に売る。裕福で、しかも家族に愛されていれば買い戻してもらえる。


 今回は忠誠を誓う契約魔法を受け入れれば、マクロが奴隷から買い戻すことになっている。マクロは裏切ることのない1500人の兵士を手に入れることになる。


 リングルの水軍は、カナス軍の輜重の武器、兵糧を受け取りに来ている。武装解除した際に出た武器防具、アイテム類、衣類もリングルの財産になる。リングルはムスタン救援に使った費用をこれで取り戻す。


 カリクガルはカナスへ向けて、すごいスピードで走っている。遅くなるほど事態は悪化する。カリクガルの馬車は風魔法の魔道具を使った特別製の馬車だ。


 馬車の客室の下に、4つの風魔道具がついている。地表に向けて風を吹き出している。異世界の地球でのホバークラフトのようなものだ。馬は重さを感じない。摩擦も振動もないから、スピードが出るし尻が痛くなることもない。


 カリクガルの心には、焦りがにじみ出てきている。Fが裏切ったのだとしたら、マクロの命が危ない。急がなくてはならない。


 ムスタンでは戦いが始まっているはずだ。リンクを通じて感じられるカナス側の被害はほぼ0だ。なぜか念話魔道具は通じないが、勝利したことは間違いない。カリクガルはルイーズを倒したことを確信する。


 次はカナスへ一刻も早く帰り、Fを殺す。





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