第286話 カリクガル

 午前10時。カリクガルが馬車でムスタンを出発した。念話魔道具で、カナス無血開城の知らせを聞いたからだ。すぐ行くことを決断した。護衛4騎、御者、連絡役の若い魔導士1名を連れている。


 昨夜は大規模作戦を遠隔で指揮していた。エルフ領でユグドラシルを攻撃。カリクガルの実家の神聖クロエッシエル教皇国軍を動かした。目的はエルフとドライアドの足止め。


 足止めした上で、王都の軍にクーデターを起こさせた。あらかじめ国王派の軍を、ムスタン救援の名目で減らしてある。暗殺部隊に国王夫妻と王太子を殺させ、王太子妃を拘束した。そこまでやってカリクガルは仮眠を取った。


 寝ている所を早朝に起こされた。悪い知らせだった。ムスタンで幻像のミスリムゴーレムが倒されたというのだ。ありえないと思った。


 ムスタンにルイーズたちリングルの魔導士が何人入ったところで、魔法攻撃の効かないミスリルゴーレムを倒せるはずがない。


 考えるより今は行動だ。幻像は必要だ。ありあわせの丸太で10体のウッドゴーレムを作った。HPと攻撃力、防御力を600にし、残りの能力値は低レベルで良い。


 天使降臨以降、よもやの失敗が続いている。天使降臨でピュリスは滅ぶはずだった。滅ばないとしても、ピュリス軍が民衆を虐殺することで、ピュリスの評判は落ちるはずだった。


 塩の生産の成功で勢いづくピュリスを叩くチャンスだった。同時にサエカを攻撃して、塩生産拠点を潰す予定だった。


 実際にはピュリスは民衆をうまく丸め込み、サエカ攻撃も失敗した。その背後にユグドラシルがいるとカリクガルは睨んでいた。


 どうやったかは知らない。ユグドラシルがカリクガルに歯向かうには、一番近いヴェイユ家を引き込むしかない。彼等の連携が邪魔だった。


 ディオニソスの行方不明、マリアガルの脱出。カリクガルは、さすがユグドラシルだと感心していた。


 だがついこないだ、ユグドラシルの育成したハイエルフの勇者パーティーを完全に潰してやった。あれは痛快だった。ユグドラシルとエルフは数十年は立ち上がれないと思っていた。


 次にリングルのルイーズを潰せば、カリクガルがリッチになるのを邪魔するものは誰もいなくなる。そしてリッチになれば、実家の神聖クロエッシエル教皇と手を組んで、世界制覇も視野に入る。


 今回の同時多発作戦はうまく進んでいた。二日後には父殺しを悔いた王太子が、自殺しているのが発見される予定だ。


 ムスタン攻撃は王都から国王派の軍を誘い出すとともに、ルイーズを誘い出す作戦だ。ここでルイーズを殺せば、フラウンド家の団結が弱まる。ドンザヒとリングル、ハルミナが団結していては、世界制覇が躓く恐れがある。


 ムスタンが空になり、そこにルイーズたちを誘い込んだ。そこまではこっちの作戦が上手くいっていた。これが東端のサエカ攻撃と連動していると、見通せる人はいないだろう。


 ところがそれが躓いている。無敵のはずのミスリムゴーレムが何ものかに倒されてしまった。だがまだカナス軍1500がいる。そして10体のウッドゴーレムを作った。自分がいれば勝てるとカリクガルは思う。


 だがこの重要な局面で、カナスがわずか300人の兵に占領されるとは。全く予想できなかった。内部にスパイがいるとしか考えられない。


 その目星もついている。Fしかいない。私が重用してやっているのをいいことに、裏切ったのだろう。彼女のリンクが切れている、パンセも。マクロまで。あの女が私のマクロまで巻き込んで裏切った。


 だが今ならまだ間に合う。私が行けばFは瞬殺できる。パンセも殺す。そうすればマクロはまた私のもとに帰って来る。最悪、ムスタンは負けてもあとで取り返せばいい。


 砂漠都市連合の義勇軍の300の兵など、カナス軍の500の正規軍がいればすぐ追い出せる。カナスをきちんと固めておかないと、セバートン王国を支配する私の戦略が崩れる。それを許容するわけにはいかない。


 私の理想は世界の平和だ。ただ平和なだけでなく美しく調和している世界だ。神が存在し、神の意思を体現する教皇がいる世界だ。


 各地は忠実な貴族が統治し、従順な民が農地を耕している。エルフやドワーフの亜人は、それぞれなすべき技能を発揮している。卑しい獣人や奴隷は社会に存在する穢れた仕事を分担している。


 世界は人の体のようなものだ。神を認識する理性の宿る頭脳がある。それが教皇一族だ。勇気の宿る胸のような強い兵士たちがいる。それが貴族や騎士だ。手のように様々なものを作り出すドワーフがいる。


 花のように美しいエルフは、世界の生殖器だ。ゴミを処理しその他もろもろの穢れた仕事をする獣人は排泄器官である。みんな違う仕事をしているが、みんな必要な美しい存在である。調和を守る限りは。


 人は輪廻の中を循環している。前世で善い行いをしたものはこの世に尊い存在として生まれ変わる。その判断をするのは神なのだ。人は神に示された、自分の役割を果たせばいいのだ。


 獣人が王になって、世界を治められるわけがない。それは足の裏が顔になるようなものだ。エルフが王になろうとしても、それは無理なのだ。生殖器が考えることなどできないのだから。


 カリクガルはは教皇の一族であり、世界の秩序を守る役割を与えられている。目をはなすと自分の身分を忘れたものが出て来て、美しい秩序を乱してしまうからだ。


 カリクガルは世界の乱れた部分を毎日修復する。それぞれの存在が、与えられたふさわしい場所から外れないように。もし外れていたら、本来の居場所に戻す。


 カリクガルは危機感を持っている。最近の世界は乱れすぎている。愚かな古代帝国が滅びた後は、神聖クロエッシエル教皇国が世界を統治していたのだ。


 ン・ガイラ帝国やセバートン王国が独立した歴史自体が世界の乱れだ。良い機会なので、カリクガルはこの二つの国を滅ぼすつもりだ。


 その崇高な作戦がこんなところで躓くとは。早くリッチにならなければならない。カリクガルがリッチになれば、能力値は今の2倍になる。今も世界最強だが、リッチになって不死も手に入れれば、カリクガルの理想はもっと実現しやすくなるはずだ。


 カリクガルが考え事をしているうちに、昼の休憩場所に到着。テーブルでハーブティーを飲みながら、念話魔道具でサエカの戦況を確認する。


 神聖クロエッシエル教皇国軍の精鋭500人を、正規兵20人しかいないサエカ攻撃に向かわせた。昼の時点でサエカ占領、ライラ殺害が完了しているはずである。


 現地に置いているカリクガルの配下が、信じられない報告をしてくる。サエカで苦戦している?エルフやドワーフの援軍は来ていないのに。500対20。圧倒的兵力の差があるのに、どうして勝てないのか。カリクガルには理解不能だった。


 次はムスタンと念話魔道具をつなげる。ここは残してきた部下に、1500人の兵とリンクで結合することを命じていた。カリクガルがリンクでHPを共有しているのは魔法師団40人だけだった。万が一のために大人数とリンクしておきたかった。


 こちらはまだ開戦していないようだ。1500人の軍隊と連絡がついて、今リンク中だという。全員とのリンク完了は13時の予定だ。引き続きリンクを急ぐように命令しておく。


 こういうことはフローズン・ローズがそつなくこなす。可愛がってきたのに、裏切りとは。カリクガルはFとパンセを残虐に殺すつもりである。この世で苦しんで死ねば、少しは罪が軽減される。彼女たちの来世は、わずかにましになるはずだ。


 カリクガルの考えでは、残虐に苦しめて殺すことは、Fやパンセへの慈悲なのである。そして慈悲を施す自分も、来世に向けて功徳を積むことになる。












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