第282話 低温攻撃演習
魔法攻撃無効、物理攻撃無効、事実上不死。そんなカリクガルをどう倒すべきか。1つの答えは空間自体を低温化することだ。本体に魔法攻撃が 効かなくても、空間が高温や低温になれば体は影響を受ける。チームにできるのは、低温化することだった。
まず結界で他の空間から切り離し、カリクガルを閉じ込める。氷雪ドラゴンのブリザードで、カリクガルごと結界内部を冷やす。次にリビーの氷結魔法を発動。空間はさらに冷えるはずだ。しかしこんなことではカリクガルは倒せないだろう。
リビーの低体温のスキルを発動。これは魔法攻撃無効のカリクガルに効くかどうかは分からない。そこにルミエの鎮静を発動。これは本来敵を無気力化する呪術だ。これも効かないだろう。しかし空間内の空気分子の運動が抑えられ、空間自体が冷える。
ケリーが魔法の糸で回転する風を作り出す。その風に氷聖石を紛れ込ませて、カリクガルの身体に付着させる。氷聖石は相手から熱を奪うアイテムだ。カリクガルには無効かもしれないが、防具や衣服は低温化するだろう。
結界を縮小し、内部空間を小さくすることで、冷却の効果を上げる。空間を圧縮すると気圧が上がるから、空気を逃がし気圧を下げる。これは気温を下げるはずだ。
実際は総てを同時に発動する。チームの持つ低温化の技を総動員して、果たして効果があるかの実験だ。
対象は大竜骨山脈に棲む黒竜だ。竜の中でも強い。能力平均値は800近い。かなりの強敵だ。それでもカリクガルには到底及ばない。逆に言えば黒竜を倒せなければ、カリクガルを倒すことなどできないということだ。
メンバーは結界士のレニー、聖女兼呪術師のルミエ、魔法戦士のリビー、斥候兼風魔導士のケリーの4人。
もちろんレニーはブルースを連れている。ケリーはスライムのシュビー2を連れて来ている。ベルベルは別の方法での攻撃力があるので、外してある。今回はあくまで低温による攻撃だけに限定だ。
下準備はもうできていて、大竜骨山脈の平坦地に、黒竜は単体でおびき出されている。ポータブルダンジョンが設置されていて、メンバーの転移は一瞬で済む。
ケリーが犬笛で合図する。レニーとブルースが二重の結界を張る。完全結界で、中から外へは攻撃が届かない。逆に外から中には攻撃が通る。構造結界で、内外の結界の間はハニカム構造になっていて、防御力が強化されている。
内側のペルソナは玄武が硬い防御力を誇る。外側のペルソナは氷雪竜。ブリザードを吐き始める。結界が少しずつ縮小し始め、同時に空気を抜いて気圧を下げる。
既にケリーが風魔法で氷聖石を回転する風に乗せ、黒竜に付着させ始めている。それは数分で終わる。リビーの氷結魔法も、低体温スキルも発動している。氷槍はあえてしない。カリクガルに物理攻撃は無効だから。
ルミエも鎮静スキルを発動している。座標で範囲を指定している。本当は無気力化の効果を無効にし、空間の空気分子の運動だけを抑制したいが、それはできないので仕方がない。
黒竜はいらだって飛び上がり、結界に激突して、弾かれた。そこからファイアーブレスを吐く。火を使うと空気中の酸素が減少し、呼吸ができなくなるまでの時間が縮小する。だがこれは今回の演習の目的ではない。
黒竜の攻撃力では、結界には浅い傷がつくだけだ。その傷は玄武の並列思考である大蛇の脳が修復してしまう。
ケリーは実は秘密の実験をしている。シュビー2にマジックバッグを呑ませ、マジックバッグの中に氷聖石を入れてある。シュビー2を限界まで縮小する。単細胞のアメーバレベルだ。
ケリーは砂漠でゴブリンメイジのアメーバの杖で、体内に毒アメーバを侵入させられたことがある。それをヒントにシュビー2に黒龍体内への侵入を命じてある。
シュビー2は黒龍の鼻の穴から体内に入り、血管中に侵入できたようである。そこでマジックバッグから氷聖石を出し、また血管中を通り、黒竜の体外へ脱出した。
この時点で緊急の念話が入る。ムスタンが何ものかに攻撃されているという報せだ。
カリクガルがエルフの勇者パーティーを徹底的に打ち破って、次に狙われるのはルイーズのいるハルミナだと一真は予測していた。
一真はテッドに依頼して、ユグドラシルからルイーズに、アバターという不死スキルを譲るように動ていた。それは成功してリングルの魔導師団はアバターを持っている。
狙われたのはリングルではなく、ムスタンだった。しかし本当の狙いはルイーズとその魔導師団だろう。おそらくルイーズは配下を連れてムスタン救援に向かう。そこに罠が仕掛けられていると分かっていても、リングルがムスタンを見捨てることはできない。
黒竜に対する低温攻撃の演習は、途中で放棄することはできない。ブラックジュエリー一家、一真、ワイズ、ベルベルが既にムスタンに到着していた。彼等に任せて、低温攻撃演習は継続するしかなかった。
20分くらいたったころから、黒竜の動きが鈍くなり始めた。結界は縮小して半径は500メートルくらいになっている。結界内の気温はかなり下がって、空気中の水分は固体化し始めている。光を反射してきれいだ。
黒竜の体表にも氷柱ができ始めている。かなり寒いのだろう。もう黒竜から攻撃の動きはない。チームは静かに遠隔魔法攻撃を続けるだけだ。聞こえる音は、氷雪ドラゴンのブリザードの風音だけである。
黒竜はそれから10分も耐えて生きていたが、ルミエが全スキルを強奪、さらにペルソナを顔盗術で奪って、ついに生命が絶えた。死骸はケリーのマジックバッグへ入れて、セバスのダンジョンに帰還だ。
黒龍への低温攻撃演習は成功だった。しかしどの攻撃がどの程度効果があったかが分かりにくい。時間があれば、レニーの結界、リビーの氷結魔法と低温スキル、ルミエの鎮静スキル、ケリーの氷聖石、4回に分けてまた実施したいところだ。
特にケリーが勝手にやったシュビー2を単細胞にまで縮小しする実験は面白い。黒竜の体内に、マジックバッグを持たせて侵入する。それが効果があるのだとしたら、えげつないことになる。
カリクガルにも体表にはいろんな進入路がある。女性なので想像するのは不謹慎だ。でもそこを攻められたら、いやだろうとは思う。
しかいそんな時間的余裕はなさそうだった。ムスタンが苦戦していた。ミスリムゴーレムがムスタンの城壁を破壊し始めた。ムスタン領主ロクセリル男爵は、住民全員のリングルへの退避を決断した。
ミスリムゴーレムという怪物だけではない。カナス辺境伯軍1500人がムスタンへ進軍していた。到着は明日。ムスタンの正規兵は10人だ。義勇軍は50人。撤退は勇断だ。
リングル水軍が大急ぎで住民を運び始めていた。葦船を持っている住民も多い。35キロの道なら、徒歩でも歩ききれる。馬車もある。全住民の撤退は可能だろう。
王都アリアスから第1軍1000人、親衛隊500人の兵士がムスタン救援に出発した。この軍がムスタンに到着するには5日かかる。
空になったムスタンは、リングルからルイーズと40人の魔導士が入り守っている。彼等は城壁に結界を張る。ミスリルゴーレムは一撃で結界を壊す。2撃目で硬い城壁にひびを入れる。
リングルの魔法師団は城壁にリペアをかけ、結界を張り直す。従来の城壁だったら、ミスリムゴーレムの1撃で破壊されていただろう。しかしリングルの魔導士団は耐えていた。魔導士団が優秀でもあるが、城壁も硬かった。戦況は膠着していた。
ブラックジュエリー軍団は、カナス軍の最後尾をしつこく攻めていた。リポップするメンバーが中心だ。何回倒しても15分でリポップして攻撃が再開される。
ブラックジュエリー軍団の攻撃は野営に入った深夜も止まず、カナス軍を悩ませていた。
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