第281話 水軍

 エルフの勇者マジューロは、なかなか立ち直れないでいた。しかし全く予想しなかったところから仕事の話が来た。


 リングル水軍である。古代戦艦を操縦する風魔導士が不足していた。古代戦艦を、4艘もサルベージした狂人がいたらしい。


 エルフは特に訓練しなくても弓技と風魔法は使える。勇者になって火魔法ばかり使っていたが、マジューロも風魔法はレベル3だ。クリスタ、ピピンもこの話に乗るらしい。ガンズはドワーフの多いプリムスに移住するようだ。


 マジューロには、けじめをつけておきたいことがあった。聖剣ユオレットだ。ユグドラシルを裏切った自分には、聖剣はもうふさわしくなかった。


 聖剣が喜ぶ持ち主はリビー以外にいなかった。リビーは全種の武器と全種の魔法に適性を持ち、魔法を武器に乗せることのできる。そして彼女は正しい人だった。少なくと自分よりは。ジェホロ島で水軍の船に乗る前に、本当の持ち主に渡しておきたかった。


「リビー。ユオレットは真の勇者を選ぶ。俺はもう資格がない。リビーに託したい」


「私は槍だから、剣はいらない」


「ユオレットは、今使っている槍を吸収してくれる。どんな形にもなる聖剣なんだ。自分の意志を持って、回避したり、魔法を自動で付与してくれる」


「私は、人見知りだから、武器とコミュニケーションとるのが無理」


「いや大丈夫。こいつも無口で、俺は良くウザイといわれていたから。リビーなら、こいつとお互い無視しあうでしょ。そしたらいい関係作れるから。大丈夫」


 無理やり置いていかれた聖剣ユオレット。試しに手に持つと無くなった。青雲の槍に吸収されたようだ。逆かもしれない。その後何にも言わないので、放置することにしたリビーである。


 ケリーの古代戦艦サルベージは、海の勢力バランスを変えてしまった。最大戦力の水軍がジェホロ島に集中していた。ただ操縦する風魔導士が不足していた。


 古代戦艦プリムの船長は、アリッサの三つ子の姉妹キャサリンである。リングル子爵の妹。風魔法レベル5の強力な魔導士だ。幼いころの辱めの記憶から、カナスを滅ぼす気は満々である。


 しかし一人で大型船を操るのは簡単ではない。不眠が続いて疲れていた。ウィルはカナスからドアンという大学生の風魔導士を引き抜いてきた。これでプリムの操船は2交代制になった。


 ケリーが毎週古代戦艦のサルベージを始めた。ウィルは慌てて風魔導士を探した。闇の情報屋ファントムが、旅人とガカドという二人のエルフを紹介してくれた。少し人間的に怪しいと思ったが、今はスパイでなければいい。


 テッドがエルフの勇者パーティーを丸ごと3人紹介してくれた。彼等はハイエルフだから魔力量も多い。ハルミナのリオトが、バーバラというロゴス商会の娘を紹介してくれた。第6学校に通う学生だという。



 キャサリンの関係で、第2学校魔法科の学生、双子のハーロットとバッチマもやってきた。二人はドライアドで、ベルベル隊の1期生だという。風魔導士だが、エロスの神弓を持つ弓の達人でもある。


 ユグドラシルが風の精霊の若い子たちを5人貸してくれた。これで古代戦艦の操船は3交替になる。あとはケンタウロスのウィルの副官たちが、5艦に分乗してくれる。


 こうしてバタバタしながら世界最高の水軍、ファイブシスターズが出発した。最初に操縦をマスターしたのは風の精霊シルフたちだ。3日で彼女たちが自由に船を操るのを覚えてから、念話のできるエルフやドライアドが、シルフに聞きながら操縦できるようになった。


 念話ができないのはバーバラだけだったが、彼女は天才だから、取り残されることはなかった。操船が1週間でできるようになると、配置を確定した。1号艦プリムはキャサリンとドアン。ここが司令部である。


 2号艦はエルフの勇者マジューロとドライアドのハーロット。3号艦はヒューマンのバーバラとエルフの旅人。4号艦はエルフの弓士クリスタとドライアドのバッチマ。5号艦はエルフの賢者ピピンとガカド。各艦に風の精霊シルフがつく。


 各艦の船首には女神の彫刻がついているのだが、それの顔が変わった。それぞれの艦名の女性の顔になったのである。しかしそのベースは実はヒュドラで、その上にカードモンスターで美しい顔を造形している。


 この艦首像は生きていて、周辺の索敵を担っている。参照する地図が精密である。ワイズのマップデータを、海にまで拡大したものだ。レンタル警備隊からスズメ(大型化していてもはやスズメではない)やトブトリを借りてきているが、シルフたちとも連携して、操船のネットワークを作っている。


 通信機能はエルフやドライアドが多いので、念話が主体である。従来の手旗信号も、カードモンスターのトブトリも活用している。ファントムも水軍にはカードモンスターを貸し渋らない。


 攻撃手段は、まず遠くからトブトリが連続攻撃をする。5艘で座標を共有して、敵の射程外から、トブトリが毒を吐きながら体当たり攻撃をする。敵は防ぐ手段がない。しかもドライアドの二人はベルベル隊の1期生だから、エロスの神弓と必中スキルを持っている。エルフのクリスタの弓もそれに劣らない。


 やや近づくと風魔法、火魔法など各種魔法が襲ってくる。バーバラの容赦ない風刃、マジューロとピピンのハイエルフの勇者たちも強力だ。


 船首像がヒドラの毒を吐くというのも凶悪だ。殺さないで生け捕りが目的なので、毒は麻痺毒に変えてある。


 船が接舷すると、荒っぽい乗員が武器を持って敵の船に乗り移り、勇ましい戦闘が始まるというわけだ。


 まだ実際の敵とは戦っていないが、水軍の戦闘準備は万端に整った。こうなると、普通の操船ならシルフで十分なのだ。シルフたちは寝ないし疲れない。そうなると水軍は案外ヒマで、食べることが楽しみになる。


 ピピンはここで珍しく友達ができた。ヒューマンのバーバラである。人種も育ち方も違うがなぜか気が合った。


 ピピンは女の子の特有の悩みを打ち明ける。生理が重いのである。月経が始まると、痛みで動くことができない時もある。男には理解できない苦しみだ。


 バーバラは生理痛は軽かったが、従姉妹に重い子がいて、その子はヨミヤの代受苦に通うと痛みがなくなる、と手紙に書いてきていた。


 それを話すとピピンはぜひそこに行きたいという。2日続けて休みの日、二人で王都アリアスに向った。ピピンはじめての王都である。


 一旦ロゴス商会の実家によって休む。ゆっくりお茶をして、美味しいお菓子を食べる。素朴な生活をしてきたエルフであるピピンは、邸の豪華さ、ハーブティーの香り、お菓子の甘さに驚いてばかりだ。


 ただちょうど生理が始まり、ピピンは痛さで豪華なお菓子どころではなかった。その日のうちにヨミヤの代受苦の館に連れて行ってもらう。ヨミヤはカシム・ジュニアの妹だ。バーバラとはダンジョン攻略で面識もある。バーバラが頼むと、ヨミヤはピピンを優先してくれた。


 ピピンはヨミヤに手を握られ、痛みを代わってもらった。それはほんの10分。他の患者が待っているから仕方がない。あとは痛み耐性のスキルをかけられて終わる。1週間は痛みがない。


 多くの人に代受苦の奇跡を実感させるために、こういうシステムにしている。聖女ヨミヤ一人では、さばききれない。聖女代理人たちも、代受苦のスキルを持っていて、聖女本人よりも手を握ってくれる時間は長い。


 代受苦は彼女たちの魔力などを上げてくれることがある。だから時間が許す限り聖女代理たちは痛みを代わろうとするのだ。それは患者にも有難い。自分の痛みを、誰かが代わりに苦しんでくれる。それは一人で痛みに苦しむよりも、ずっと幸せなのだ。



 治療院は無料だが、壊れたものを寄付しなければならない。昔ケリーがやっていたのと同じだった。



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