第279話 ちび丸
3頭のイヌが、トロールを狩っている。トロールは毛むくじゃらの巨人である。場所はピュリス北方の深い森。神聖クロエッシエル教皇国とセバートン王国の中間地点だ。エルフの支配地域の東。
トロールはハグレだが、強さの格から見てありえない情景だ。イヌがトロールにかなうわけがない。イヌのリーダーははちび丸。ファントムの従魔である。今やセバートン王国東部の広い地域を縄張りにするボスに成長している。
ちび丸が黒丸とケリイヌを連れて、3頭で縄張りを巡回していた。ちび丸の縄張りの北の境界にあたる。そこで巨大なトロールに出会った。
トロールが手にしているのは、大きなこん棒だ。先端が丸く大きくなっている。森の側面に生える太いつる草から採ったものだ。古いものは金属と同じくらい固くなる。
トロールの防具は革鎧だ。手や足はイヌの牙なら噛みつくことはできる。ちび丸たちの牙は、金属で攻撃力を上げてある。だがトロールの脂肪と筋肉の層が厚く、牙の攻撃は効いていない。
ちび丸は灰色の大きなオオカミ型モンスターに成長している。攻守、敏捷、知性すべてバランスよく伸びた万能型。黒丸は物理攻撃に特化。ケリイヌは敏捷に特化して、白くてやや細い。
3頭ともアイテムボックススキルを持っている。武器や防具、アイテム類はそのアイテムボックスに入れて、必要に応じて、オンオフできる。
3頭ともチーム標準のパワードスーツを防具として持っている。オンにすると毛が金属の強さを持ち、力が強くなる。武器はそれぞれ戦いの中で手に入れたものを切り替えながら使う。オンにすると、牙や爪が強化される。成長促進のアイテムは1・3倍。ケリイヌが持っていたものを3分割した。
トロールは大きくて、弱点の首筋への噛みつき攻撃が届かない。やや苦戦である。トロールの棍棒がケリイヌの頭を砕き、ケリイヌは光の粒子になって消える。
ちび丸は威圧のスキルでトロールを牽制し少し下がる。黒丸は飽くことのない攻撃に次ぐ攻撃である。しかし1回の攻撃で削れるHPの量が少ない。トロールは自動再生のスキルがあるので、わずかな攻撃は無効にされてしまう。
いつの間にかちび丸の姿が消えている。隠密スキルで姿を隠したのだ。トロールは黒丸の派手な攻撃に目を奪われている。
黒丸が正面から巨大な敵に立ち向かう。トロールが重い棍棒を振り下ろした。黒丸は下がって回避する。トロールの重心が前に偏った。この時ケリイヌとちび丸が背後に現れた。トロールの膝裏に、タイミングを合わせてとびかかる。牙が柔らかい肉を噛みちぎる。
トロールが前に倒れて手を突いた。黒丸は側面で待ち構える。弱点の首筋に噛みついた。太い血管が破れて、トロールの首から大量に血が噴き出す。
トロールは黒丸を引きはがそうとする。鉤爪が黒丸の毛皮に弾かれる。引きはがせない。ちび丸が反対側から首筋に噛みついた。
ここで勝負はついた。ケリイヌが再び現れたのはリポップスキルを持っているからだ。瀕死のトロールは、物化スキルで木の札状になり、アイテムボックスに収納された。
セバートン王国東部地域には、急激にイヌが増加している。現在1000頭前後。そのうち半分がオオカミ型モンスターである。
オオカミ型モンスターと家畜のイヌとの境目ははっきりしない。同じだとも考えられている。両者の間に子ができるのだから、同じだというのである。そして同じ群に属している。
しかし明確な違いもある。オオカミ型モンスターは知能も高く、長寿であり、リポップのスキルを持つことができる。家畜のイヌはスキルを持てない。ここでは特に区別はしないで、イヌと呼んでいくことにする。
1000頭の大きな群の頂点に君臨するのがちび丸である。ファントムにテイムされていて、人間と意思疎通できる特別なイヌ(オオカミ型モンスター)である。
ちび丸はメスで、3か月ごとに6頭出産する能力を持っている。群の1000頭のうち、200頭近くはちび丸の血を引いている。
次に力を持っているのは黒丸だ。ブラウニーダンジョンに住んでいるイヌである。こちらはオスで、あちこちのメスに子供を産ませている。攻撃力に優れていて、攻撃力だけなら一番強い。
もともとこの地域のイヌは、狩人の狩の補助のために飼育されていた。従順さと勇猛さが特徴の狩猟犬であった。そこにちび丸たちが加わることによって、若い犬は賢さを身につけるようになっていった。
東部でイヌが広く利用されるきっかけは、メシュトの牧場から馬を買い始めたことである。メシュトの牧場では家畜の飼育にイヌを利用していた。馬などを買い始めると同時に、調教されたイヌも買い始めた。このメシュト牧場からのイヌの購入は現在も続いていて、この系統のイヌは100頭ほどになっている。
ピュリスの内政を任されているダレンは、イヌの有用性に注目していた。カシム組からも優秀なイヌを導入し、こちらの系統のイヌも100頭前後になっている。
ちび丸は東部地域全体を巡回していて、優秀な雄イヌを発見すると、種をもらって自分で繁殖している。できるだけ幅広い遺伝子を残すために、同じ雄イヌから2回連続して種をもらうことはない。
ちび丸の繁殖相手の選抜は厳しく、優秀な雄しかちび丸に子を産ませることはできない。
ちび丸はファントムにテイムされているので、ブラウニーダンジョンを拠点としている。ちび丸の産んだ子犬は、6か月間ブラウニーダンジョンで訓練される。群の順位理解。人間とのコミュニケーション。犬笛。気配遮断。気配察知。攻撃力。防御力。優秀なイヌにはリポップのスキルも与えられる。
ちび丸の子供たちは、もともと血統的に優秀なイヌである。それが最適な訓練を与えられる。さらにダンジョン訓練の報酬で、スキルや能力値が上乗せされる。
最も優秀なイヌはチームのものに。次が索敵隊に。順次軍用犬などに振り分けられる。レンタル警備隊ができてからは、索敵隊以上にレンタル警備隊が優先された。
レンタル警備隊におけるイヌの地位は高い。レンタル警備隊にはイヌ部隊、カードモンスター部隊、スライム部隊、ゴーレム部隊の4部隊がある。カードモンスター部隊とゴーレム部隊はさらに種類ごとにわかれている。
4部隊の上に強者部隊があり、能力平均値が100以上のものは、種類を問わず強者部隊の所属になる。強者部隊に所属するのはイヌたちが一番多い。中でもちび丸たち3頭は別格扱いで独自行動をしている。
イヌたちの優先順位は、所属先の人間以上に、ボスである。1000頭の群のボスであるちび丸の軍事力はかなり強大だった。それはちび丸をテイムするファントム、ひいてはサイスの軍事力が強大だということを意味していた。
ちび丸は東部地区全体を縄張りとしている。ファントムの従魔モンスターなので、移動にはブラウニーダンジョンの転移を利用できた。それを利用して各都市へ、周辺への巡回を欠かさない。
ちび丸は繁殖スキルを持っている。人間を含めた動物の繁殖を促すスキルである。現在は軍馬育成の牧場関係者や、牧畜農家に広く普及しているスキルだが、東部地域で最初に繁殖スキルを持ったのはちび丸であった。
家畜に繁殖スキルを使う場合には、優秀な個体を優先する。特に馬や牛には厳密に適用している。
いわゆる家畜だけではない。ミツバチや飼われているコオロギなども繁殖の対象である。
最近は水路が整備され、湖に人が近づく機会が増えた。そこで釣りをする人も増え、魚を養殖する業者も出てきた。魚も魚の餌となるワームなども、ちび丸の繁殖スキルの対象なのだ。
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