第277話 鏡の地獄
新しい街モーリーズ。ドワーフだけではなく。ヒューマンも獣人もたくさん住んでいる。森の守護者リビーの領地で、リビーは領主館に住んでいる。民主主義の政治体制をとっていて、暫定市長はグーミウッドである。
領主館には近所の女性が、食べ物をもってよく上がりこんでいる。今日はグーミウッドの連れ合いリーゼが来ていた。酒を持って来て、二人で飲もうというのである。
リビーからは親の世代に当たるが、ドワーフもエルフほどではないが長寿なので、リーゼも若々しい。リーゼは天才魔道具士だが、普段から砕けた人だ。酒を飲むとさらに砕けて、あけすけになる。
もう何回も飲んでいる。一番多く話題になるのは、先代のカシム辺境伯の次男に捕まった苦難である。グーミウッドが作った剣が出来が良かった。辺境伯次男が、難癖をつけて剣を奪い取ろうとしたことから苦難は始まる。
結局グーミウッドは大事なところを切り取られ、リーゼも妊娠していた子供を流産し、さらに強姦されるのだ。時間が経ち今が幸せだと、昔話は若いころの英雄譚になる。
夫婦はサーラの手術を受け、欠損部分を再生されて、今では子供もいる。カシム辺境伯の次男は直後の戦乱で打ち取られ、復讐を果たした。同じ話は何回も聞いている。
「でもリーゼはまだ戦うのよね。それはサーラに頼まれたから、それともリーゼの名誉のためなの」
「どちらも言えてるわね。でもね、私は魔道具士なの。魔法使いとは違うのよ。戦うのは魔道具士だからかもしれない」
「どういうこと?ちょっと分からない」
「魔道具士は、魔法使いのような直感で仕事をしてないの。寸法をきちんと図って、それを組み立てていくような感じ。毛一筋もゆるせないのよ。狂うのが」
「うん。それで」
「だからね。いい刀作ったら、きちんと約束のお金が欲しいの。社会の仕組みも寸法通りにしてほしいわけよ」
「それが戦う理由なのが、良く分からないんだけど」
「筋目があるのね。材料にさ。私達にはそれが見えるの。人間と人間の間にも筋目があって、見えているのにメチャクチャする奴がいるんだ。それが許せないから、あんまりひどいやつは殺す」
「私には見えないわね。筋目というの」
「見えているよ。あんた筋目を通す女だよ。もし見えなかったら、そうだと思うところに従えばいいのね。大きく間違えなければ、私は殺さないし」
「今のカシム辺境伯は殺すの」
「殺す。復讐はもう終わっているからそれは良いんだけど、筋目を外しすぎている。人の道っていうかさ」
「でもそんなことしたら、自分以外全員殺すことになんないかしら」
「道具を作るときにね、遊びって必要なんだ。許容範囲みたいものかな。筋目にも遊びはあるよ。かなり大幅な奴。でもね筋目そのものを否定するのは駄目なのよ」
「かなり過激な考えだね」
「過激なことされてきたからかな。でもドワーフはみんな似たような考え方しているわね」
「国に任せようとか思わないの」
「国って王様や貴族の所有物だからね。それに従ってもいいことないよ。実際私はあんなことされたんだけど、がまんすればよかったの」
「まあそうだけどさ」
「それに国ってさ、戦争して人を殺せって強制してくるでしょ。それに気に食わないからって、人殺すしね」
「それは犯罪者は死刑にしているわね」
「犯罪者ばかりじゃないわよね」
「反逆者もかな」
「あんただって殺す気満々でしょ。リビー」
「カリクガルは殺す。あの人を生かしておいて、リッチになったら危険すぎるし」
「やっぱり、殺すのね」
「いあや実は殺さない。この世界に封印して輪廻に帰さないつもりよ」
「あんた封印方法を知っている?」
「私ができるのはガラスの器に閉じ込めるくらいかな」
「それじゃ抜けられてしまうわよ」
「知ってるの?抜けられない封印の方法」
「注いでよ。お酒。タダじゃ教えてやれないわよ」
「お酒リーゼが持ってきたんだけど」
「細かいことはいいわよ」
リビーがお酒を注ぐとリーゼが秘法を教えてくれる。
「鏡の地獄という魔道具があるの。私は作れないんだけどさ。ガラス細工の技術がいるのね。だからリビーならできる」
「どうやるか教えて」
「内側を鏡にしたガラスで封印するの。あんまり薄いガラスじゃダメよ」
「それならできる」
「それだけじゃできないんだな」
「じらさないでよ」
「じゃもう一杯注いでよ」
「これリーゼの持ってきたお酒だけど本当にいいの。買ってくるわよ」
「良いって。私ね、ジンウエモンも許せなかったんだ。カリクガルってジンウエモンの後継者でしょ。私が殺してやりたいくらいだし」
「注いだわよ。リーゼの持ってきたお酒」
「その封印したところに、鏡の地獄という魔法をかけるのよ。魔道具も鏡の地獄。スキルも鏡の地獄っていうの。面白かったら笑って」
「ごめんどこがおもしろいのか分からない」
「まあ許す。そうするとね、封印された人は鏡の中で自分しか見られないようになる。たいてい気が狂う。生きていてもそこから抜け出られない」
「そのスキルどうやったら手に入れられるの」
「限られた数しかないの。そのスキルね。鏡の地獄。捕らわれた魂は、1000年くらいたつと無くなるのよ。輪廻に帰ることもなく無になる」
「封印された魂が本当に死ぬわけね。私が狙っているのは、それかな。カリクガルを輪廻に帰さない。魂の本当の死」
「中の魂が無くなった鏡の地獄は、野良になって彷徨っているんだって」
「どうやったら野良の鏡の地獄を捕まえられるの」
「さあ」
「知らないとは言わせないよ」
「歩いていたら、襲われることがあるってさ。小さいころひい婆ちゃんが言っていた」
「明日行く」
「これドワーフの昔話だから。本気にしちゃだめよ」
リビーは翌日ケリーを訪ねた。鏡の地獄と入力してサーチしたら、砂漠の北西部、ドワーフの支配地期の北にマークがついた。転移先は寂れたダンジョン。そこから徒歩3日。
野営の準備をしてリビーは出かける。寂れたダンジョン入り口についた。ケンタウロスに変身する。暑いし周りにだれもいないので、軽装でいい。防具は無し。つまり全裸である。
気持ちの良い砂漠の乾いた風が吹いている。冬の何もない砂漠を、美しいケンタウロスが駆け抜けていく。
マップデータが示す位置には特に何もない。砂漠の夕暮れを楽しみながら、ヒト型に戻ったリビーは、マジックバッグから焚き火用の薪を大量に取り出し、火をつけた。
本当の野営なら火は最小限でなければならない。大きすぎる火は無駄なだけではなく、敵に察知される危険性が増す。
しかし今日は贅沢に火を焚いても許される。周りには誰もいないし、特に今やるべきこともない。つかの間の休日だ。
火の前でリビーはくつろぎ、少しだけ酒を飲む。そのまま瞑想に入り、ケンタウロスの瞑想に移行しようとしたとき、異変が起きた。
ケンタウロスの瞑想特有の俯瞰ができない。驚いて目を開けると、そこには焚火も砂漠の景色もない。見えたのは自分の目と大きな歪んだ顔。
リビーは裏返った自分に閉じ込められていた。自分の肉体は、世界から切り離されて、裏返った自分に囲まれている。外に出ることができない。どうあがいても自分しか見えない。これが鏡の地獄だった。
リビーは焦らない。ポータブルダンジョンは既に設置済みである。そのままセバスのダンジョンに転移した。鏡の地獄からでも、念話は通じるようである。
「セバス。鏡の地獄に閉じ込められて、出られなくなっているんだけど」
「外側から見ると何か空間の歪みのようなものを感じるだけなんですが」
「物理的に割ってもらえる」
リビーは野良化した鏡の地獄に、落とし穴に落ちるように捕捉されたらしい。リビーはこうして鏡の地獄という希少なスキルを手に入れた。
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