第276話 アンデッドダンジョン

 王都アリアスからハルミナに行くには、普通3泊する。アリアスに一番近いスリン村。次が中間にあるミランダ村。3泊目がユートン村である。境界はミランダとユートンの間にある。


 ヨミヤとカシム・ジュニアはこのハルミナ街道沿いで月に1回、一緒にダンジョン攻略訓練をしている。カシム・ジュニアは同じ学園に通うバーバラや妹たちを連れてくる。ヨミヤは護衛のシュガールという中年の男性を連れてくる。


 今日はミランダ村。メンバーは4人。ヨミヤはヒールレベル3だけでなく火魔法レベル1も持っている。この訓練は聖女としては使う機会の少ない火魔法のレベル上げのためだ。


 他人の痛みを代わる代受苦は、5種の能力値が上がるので、魔力などは上がっている。しかしヨミヤは攻撃力など、他の能力も上げたかった。単なる聖女ではいたくないのだ。


 ヨミヤはカシム・ジュニアから火造形のスキルをもらっている。普通のファイアーボールではなくて、恐ろしい形のファイアーボールにしたい。今日はその恐ろしい形のヒントを得ようと、アンデッドダンジョンに来ている。何が出るのか。スケルトンか死神、それともゾンビか。ヨミヤはこのアンデッドダンジョンは未体験だ。


 カシム・ジュニアとバーバラには、学校対抗の武道大会が控えていた。入学時のナマティ公爵嫡男ジンメルへの、カシム・ジュニアの容赦のない戦いは今でも語り草だ。


 カシム・ジュニアは純粋な魔法の戦いでは、自分が負けていたことを知っている。あの戦いは身代わりのアミュレットによって勝ったのだ。いわば金の力だ。

 

 学校対抗の武道大会の魔法の部では、第6学校は3年生から2人、2年生からカシム・ジュニアとバーバラが選ばれていた。第6学校は毎年最下位で、優勝校は毎年第2学校に決まっていた。リングルの第2学校は、ルイーズの指導で最強の地位を守っている。

 

 カシム・ジュニアは出たくなかった。師匠のルイーズには、すべての手の内を知られているので、第2学校に勝てるわけがない。3年生2人は弱すぎて必ず負ける。なので、出てもチームでの優勝はできない。


 しかしハルミナ領主リオトに、出場を頼まれてしまった。出ないわけにはいかないのである。出る以上、恐怖の魔導士という自分の評判は落としたくない。評判のためにはいくら金を使ってもいいと、カシム・ジュニアは考えている。


 バーバラは入学試験での自分の敗因が、理力と各種耐性の不足だと、カシム・ジュニアに指摘された。この1年それを上げるために頑張ってきた。


 耐性ダンジョンで死に戻りを繰り返した。その訓練で物理耐性(防御力)を含めた、各種耐性が大幅に上がっている。それでもまだ耐性不足は弱点だ。しかしブラウニーダンジョンでの寝ながらの訓練も欠かさないし、半年ごとの5%アップも2回やった。かなり改善はされている。


 今までの実家の育成方針は、魔法使いに育てるために、魔力(MP上限)だけを高める教育に偏っていた。そのために莫大な金を使ったのである。無駄だったとは言えない。その効果があって、今の魔力(MP上限)は140になっている。あと2年のハルミナでの生活で200は越える。


 攻撃魔法使いとしては、卒業時点でCランクか、もしかしたらBランクの冒険者相当だ。同世代でも魔法使いとして、上から5番目以内に入っている自信はある。だがバーバラには迷いがある。


 今このペースで弱点を解消したら、もっと強くなれる。生涯努力し続けたら、勇者パーティーに入れるかもしれない。だがバーバラはその野望が、ひどく小さいものに思えてきた。カシムジュニアもヨミヤも強くなることは手段に過ぎない。彼等の野望は別のところにある。


カシム・ジュニア。


「ヨミヤ。今日の訓練の目的は何だ」


ヨミヤ。


「ファイアーボールを、なんか怖い形にすることかな。使うのは聖女傭兵団の最初の見世物の時だけだから、派手なファイアーボールにしたいの」


カシム・ジュニア。


「怖いのなら今日のアンデッドにいい手本があるかもな。それとも話題性を求めるなら、スノウ・ホワイトの亡霊みたいな手もあるな」


 ヨミヤ。


「確かに怖くて、話題性はあるわね。でもスノウ・ホワイトの顔を作れる人いるかしら」


 カシム・ジュニア。


「帰ったら当たってみる。闇の情報屋を知っているから。バーバラの課題は何」


 バーバラ。


「私は年末の武道大会で圧倒的に勝ちたい。それで今日は風刃に磨きをかける。高速で回転させる風刃を練習しているんだけど、もう一つ凶悪にしたいの。その手がかりをつかみたい」


 カシム・ジュニア。


「風刃の中に毒を仕込む。俺ならそうするな」


 バーバラ。


「私は堅気だから、毒は嫌なの。もっと清潔で、凶悪なものないかしら」


 カシム・ジュニア。


「尖った石を混ぜるとか、いっそ刀を仕込むのもあるか。それとも清潔というなら氷という手もある」


 バーバラ。


「氷はいいわね。傷つけるだけでなく、相手の体温を奪って動きを鈍らせることもできる」


 今日のミランダ村のアンデッドダンジョンは、4層の小さなダンジョンだ。元は墓場だったところである。よくいる低級な火の玉が出てくる。煩わしいだけで無害だ。追い払うと物陰に隠れる。そこを過ぎると鬼火が出てくる。


 火の玉と鬼火は大きさが少し違うだけだ。区別がしにくいのだ。だが侮るといつの間にか、魂に憑依されて心が乗っ取られてしまう。


 バーバラがいきなりカシム・ジュニアに切りかかる。予期していたカシム・ジュニアは取り押さえて、頬を思いっきり叩く。浅い憑依だから、それだけで目が覚める。


 なんの情報もなくソロできた冒険者が自殺したりする。同じ階層で無害な火の玉と危険な鬼火が同居していること自体が罠である。


 2層に降りるといきなり矢が飛んでくる。武技自慢のスケルトンの階層だ。ここは死者の中でも槍や剣、弓が得意だった兵士がスケルトン化している。


 バーバラが火の玉の階層のストレスを払うように、一気に10体を風刃で切り刻む。ヨミヤの火魔法も1体ずつだが、着実に倒している。ヒールでも倒せるのだが、ヨミヤは火魔法を使いたい。


 護衛のシュガールは守っているだけで、自分はよっぽどでないと攻撃しない。経験値の分配も、3人は33%でシュガールは1%である。今日はそいうお仕事なのだ。


 3層はグールだ。墓場で死体をむさぼる醜いモンスターである。悪食のスキルを持っていて、噛みつかれると喰われる。身体が大きく力が強い。臭いので女子には嫌われる。ヨミヤもバーバラも、遠くに見かけただけで惨殺だ。


 二人ともグール惨殺には力が入る。バーバラの風刃はいつもより回転が速い。ヨミヤは火造形で、炎をグールの形にしてすぐやめた。聖女がグールを使うのは、ビジュアル的に良くない。怖いだけでなく、美しいことが大事だ。


 やはり話題性を考えて、ファイアーボールをスノウ・ホワイトの亡霊の姿にする。しかし予想した通り、顔がうまく作れないで苦労している。


 最後はダンジョンボスのレッサーバンパイア。これは再生スキル持ちで厄介な相手だ。ドレインでHPやMPを吸引してくる。しかもこちらの物理攻撃は体を分裂させて避ける。


 半端な攻撃は効かない。だが3人の魔法は強力で、同時攻撃すればほとんど一瞬で倒す。宝箱は能力値上昇のスクロールだった。今回は敏捷を上げるスクロールだった。上昇する値は1しかない。


 厄介な割に報酬が少ない。物足りないので、2層から周回を繰り返す。たまにはこういう外れダンジョンもある。しかし多くの種類のモンスターに慣れるためには、1つの街道のダンジョンを、総て制覇するような戦いも必要だ。








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