第274話 ミーシャの育成

 ミーシャ(9歳)の日常は忙しい。午前中は小学校で3時間勉強する。2年生だが、3年生に飛び級している。読み書きは創作。計算は珠算。3時間目はダンジョン実習。


 ピュリスの小学校で選択できるのは、2つのダンジョンだけだ。能力値が上がれば、そのダンジョンの深い層に行ける。それまではマンネリ化したダンジョン攻略を、繰り返さなくてはならない。


 午後はピュリスの図書館に行く。司書レベル1のスキルを持っていて、ミーシャはここでアルバイトをしている。


 館長のヨアヒムは1年後、12歳になったらディオンの第5学校で図書館学を学ぶことになっている。ヴェイユ家の完全奨学生だ。大図書館の司書のアルバイトも決定している。


 ヨアヒムが学校へ行くと、図書館長はミーシャになる。でもミーシャが本当になりたいのは、冒険者である。ミーシャはケリーのようになりたいのだ。


 ケリーは学校に通っていない。読み書き計算は既にできる。それにトレジャーハンターが面白くてしょうがないのだ。


 だからと言ってケリーはずっとトレジャーハンターをやっていくと決めてはいない。1年後までは自分の能力を高め、カリクガルとの戦いが終わったら、また違う生き方が開けるかもしれないと思っている。


 ミーシャはアルバイトの終わる午後4時に、ケリーに迎えに来るように依頼している。冒険者ギルドを通じた、正式な指名依頼である。


 ちなみにケリーの冒険者ランクはFランクのままで、ミーシャと同じだ。冒険者ギルドは未成年者のランクは、Fより上には上げないことにしている。


 ミーシャもGランクの仮登録から初めて、もうFランクになっている。大人と同じダンジョンの3層までは行けている。身体強化も使えて、ケンタウロスの力強さと敏捷性、狐獣人の勘の良さを兼ね備えて、将来良い冒険者になるだろう。


 ミーシャの能力値平均は40前後。攻撃力と敏捷はもう50を超えている。13歳並である。スキルは身体強化レベル1。短剣技レベル1。図書館司書レベル1。


 ミーシャのお迎えの依頼は、1回3000チコリ。月25回。合計7万5千チコリ。狐食堂での食べ放題付である。ミーシャの自腹での精一杯の依頼だ。


 2時間のダンジョン攻略が本当の依頼の中身である。この指名依頼は1か月の限定になっている。ミーシャもケリーをそれ以上拘束できないと分かっている。


 ミーシャの狙いはダンジョン4層を、一人で攻略できるようになることだ。図書館の地下にあるダンジョンでは、オークの階層だ。かなり強い。冒険者ランクではEランクでも弱いと負ける。


 もう一つは、スキルの充実である。短剣技と身体強化をレベル2にしたい。これは使っているうちに上がるだろうが、それをこの1か月で上げたいのである。


 それだけではない。攻撃魔法を一つ欲しい。もう少しで10歳のギフトのスキルをもらえる、でも母や姉を見ていると、狐獣人のせいか、予感や予兆発見で、攻撃スキルではない。ミーシャはどうしても攻撃魔法が欲しいのである。


 スキルスクロールを買うという方法もある。でもそれじゃミーシャは、学校の友達にお金の力で強くなったと思われてしまう。


 ケリーが提案したのは、ピュリス周辺のダンジョンで、宝箱を狙うことだ。実はしばらく前にケリーが発見したスライムダンジョンがある。場所はアビルガ牧場とプリムスの中間の深い森にある。ダンジョンボスはキングスライムでさほど危険ではない。

 

 古いダンジョンだったが、未発見だった。あるいは発見されていても隠されていて、発見者が死んで放置されたのかもしれない。


 ケリーは1か月前、このスライムダンジョンを攻略した。有用性が低ければダンジョンコアを、ポータブルダンジョンにしてしまう。だがこのスライムダンジョンはドロップや宝箱が良かった。それでどうするか保留していたダンジョンだ。


 まだ誰にも教えていない。ミーシャの訓練にピッタリな5層のダンジョンである。ミーシャはこの話に乗った。それで1か月の毎日の指名依頼になったのだ。


 森の中に小高い丘があり、そのふもとの大岩の裏が入り口になっている。知らなければ気がつかない。1層は普通のブルースライムだ。スキルは毒液。


 ミーシャは敏捷能力が高く、スライムには戦い慣れていて、全く危なげがない。


「ケリー。物足りない。スライムが弱い」


「ミーシャ集中して。ダンジョン内で気を抜いたら、死ぬよ。どんな弱いモンスターでも僕たちを殺すことはできるんだ」


 1層を攻略しても、ブルースライムは何のドロップも落とさない。宝箱もない。


 2層。レッドスライムという珍しい色のスライムだ。スキルは突撃。スピードが途中から加速する。体当たりされると痛い。


 ケリーは念のためアンチ贈与を使う。能力値やスキルを少しずつ奪い、レッドスライムを弱体化する。ケリーの能力値はアンチ贈与のおかげで大きく伸びた。伸びすぎて300を超えた部分はカードモンスターに贈与している。


 イワンはケリーが贈与した能力値を、レンタル警備隊のカードモンスターに、上手に分配してくれる。平均すると上昇はごくわずかだ。ケリーはアンチ贈与のスキルで、自分の能力値をいくらでも増やせる。しかし増やしすぎて、能力の変化が大きすぎると動きづらい。


 レッドスライムも何も落とさない。次の3層はスライムナイト。様々な武器を使ってくるスライムナイトは、ミーシャの武技の訓練にちょうど良かった。


 ミーシャは身体強化を使って、優勢に戦っている。危なげはない。ここからはドロップが出やすい。最初のドロップは弓技のスクロール。ミーシャは使わないから売ればいい。ここは武技のスクロールが出る階層だ。


 4層はメタルスライムの階層だ。ミーシャはメタルスライムの敏捷について行けず、最初のメタルスライムを逃がしてしまった。初日の段階では、ここからは相手の方がミーシャよりやや強い。ケリーはアンチ贈与のスキルをかけて、メタルスライムの能力を吸収し、弱体化する。


 しばらくそれを続けると、2回に1回はミーシャが倒せるようになった。ドロップは敏捷の能力値1増加のスクロール。その後も能力値上昇のスクロールが2つ出た。これはミーシャに嬉しいご褒美だ。


 5層はいよいよボス部屋だ。キングスライムという巨大なスライムが出る。分裂して小さくなったり、統合して大きくなったりする厄介なモンスターだ。倒したと思うと身代わりのスキルを使うことがある。生贄と同じ効果のスキルだが、仲間のスライムが代わりに死ぬので、身代わりというのだろう。


 ドロップは鉄のインゴット。待望の宝箱も出た。ここの宝箱は何が出るか全くわからない。攻撃魔法の可能性もある。


 最初の宝箱は罠発見のスキルスクロールだった。ミーシャは攻撃魔法ではなくて、がっかりしていたが、1日目から願いがかなうわけがない。宝箱が出る確率は10パーセント前後だ。


 攻撃魔法スキルのスクロールが出たのは19日目だ。火魔法のスキルだった。その頃にはケリーの援護がなくても、ミーシャはこのダンジョンで戦えるようになっていた。


 能力値を上げるスクロールが毎日複数出ていた。成人するまでは1年で3程度自然に能力値が上がる。15歳の成人の時点で45が平均。その後は緩やかに上がって、20歳のころに50前後になる。しかしスクロールのおかげで、ミーシャの能力値はダンジョン攻略前より、10以上上がっていた。


 宝箱からスキルスクロールもすでに火魔法、罠発見、気配遮断と3つ出ていた。武技のスクロールも毎日出ている。インゴットのドロップも売れば相当なお金になる。それでスクロールを買えば、もっと強くなってしまう。


 ケリーは依頼の最終日に、このダンジョンを潰した。ダンジョンコアは、ポータブルダンジョンコアとしてブラウニーに渡す。初心者向けには良いダンジョンだった。良すぎるのである。


 初心者には、安易なレベルアップは有害だとケリーは思う。

 

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