第268話 王太子巡幸
秋になった。ピュリスでは秋の収穫祭が開かれた。豊作である。もちろん競馬もある。平和だ。だが来年は収穫祭ははないかもしれない。民衆にも戦争の予感が広がっていた。
来年の秋には戦争が始まっているか。あるいは開戦前夜かもしれない。でも今年はまだ平和だ。王太子が新婚旅行で東部地域を旅行している。ピュリスには秋祭りの競馬に合わせてやってきている。
王太子一行は王都アリアスを出発して、最初の宿泊地はピート。カーシャストが拝領した人口4000人の町である。そのうち1000人がカーシャストがン・ガイラ帝国から連れてきた軍人である。騎兵500、歩兵100。軍属400。軍馬は1000頭。
騎兵が主体ということはピートの戦術は防御だけではなく、攻撃もあるということだ。想定しているのは王都でのクーデターだ。王家の軍5000人というが、親衛隊が1000人。それ以外に第1軍から第4軍まであるが、2軍の司令官はナマティ派、4軍の司令官はカナス派だ。
王家派の軍が王都を離れている時に、クーデターは十分あり得る。その場合ピートに500の精鋭騎兵がいることは重要なのだ。場合によっては国王や王太子の亡命にも使える。
ピートでもすでに城壁の整備は終わっている。トーチカを備えた最新式だ。王太子一行が西の城門から入ると、軍楽隊が先導する。パレードをしながら、広場に面した領主館で夕方まで休む。
夕方から広場で閲兵式が始まる。先頭が軍楽隊は25人。次がデアシャストが率いる精鋭騎馬隊。その後が歩兵100人。住民の義勇軍が50人。軍属という扱いの魔導士団。馬を引いた馬丁たちなど。カードモンスターまでいて、みんな着飾っている。
その後はカーシャスト主催の宴である。住民も思い思いに食べ物を受け取っている。今日は食べ飲み放題だ。
王太子と王太子妃は早めに館に引っ込んで休む。明日はヴェイユ家領フィリス村まで行かなくてはならない。これは1年後の戦争を見据えた示威行動なのだ。
通信インフラの確認も今回の旅の重要な目的だ。伝書バトによる従来の通信手段。狼煙、早馬のサブの通信手段。さらに今回から採用されたトブトリというカードモンスターでの通信。
様々なレベルでの通信手段の演習が行われている。同時にそれらを監視し、スパイの摘発も行われている。王太子の行動、受け入れ側の体制は、反王家側にはぜひ欲しい重要情報だ。
ピートからフィリスまで水路になる。ここだけでなく、ここからの主要な行程はほとんど水路になる。馬車に比べてかなり楽である。風景も木々の紅葉が始まり美しい。
フィリス村の城壁整備も終わっていた。ここには騎馬隊は10騎しかいない。戦争が始まった時は、周辺住民を城内に入れての籠城作戦である。地下の空間を利用した、周辺住民の避難籠城訓練を兼ねている。
フィリス村東へ向かい、フラウンド領に入る。琥珀の採れるサヴァタン山、自由都市ニコラス、ハルミナ近郊の農村ユートン、ハルミナと巡幸する。ハルミナには3泊。
ハルミナから、スノウ・ホワイト事件のあったベガス村、ヴェイユ家領のサエカに行く。サエカでは王太子の妹ライラと再会する予定だ。サエカに3泊。2日目に、ジェホロ島にわたり、古代戦艦プリムに乗る。
サエカからは大ピュリスの衛星都市を巡る。工業都市プリムス。森の守護者リビーやドワーフがいるモーリーズ。ピュリス4泊。ピュリスから神殿のあるディオン。牧畜の村テルマ。そしてフィリスに戻り、ピートを経由して王都アリアスに帰る予定である。
観光としても見どころが多い。ハルミナの聖女教会大聖堂。ディオンの古代神殿。サエカの宝石都市。サエカにはエルフとの交易所もある。ピュリスの第2劇場では王太子を迎えるための歌劇が準備されている。
王太子一行の泊まったホテルは今後それを宣伝に使ってよいことになっている。食事もそれぞれの街に名物がある。ミルクや乳製品の畜産物もあれば農産物も豊富だ。サエカの海産物もある。ビートのおかげで砂糖も豊富である。様々なスィーツが準備されている。
ナターシャは総ての町や村に海の白銀や狐食堂の支店があり、大儲けする予定だ。王太子一行に提供する料理の半分はナターシャの経営する店のものなのだ。特に酒の種類は多く、しかも上質である。隠れたる神の兄弟団だけでなく、一真の発酵技術によって新しい酒が生まれている、
大儲けしたのはレンタル警備隊も同じである。ここは奴隷落ちしたイワンがチーフになっている。器用貧乏で計算高いイワンの性格がぴったりはまった。
各地の城壁やトーチカ警備。水路周辺の道路の警備。各ダンジョンのアルラウネのお相手。ダンジョンから産出される資源の管理。強いモンスターの定期的討伐。カードモンスターの管理と育成。
すべてイワンの得意分野であった。これらは各領主や自由都市が手の回り難い分野でである。王太子巡幸という臨時の仕事は、レンタル警備隊を使うのが便利だ。王太子巡幸によって、レンタル警備隊は質量ともに充実した。
王太子の巡幸が終わったあと、サーラの宝物庫の解放が行われた。管理していたドライアドたちの判断である。
サーラがショウと暮らしていた時、サーラは神聖クロエッシエル教皇国やカナス辺境伯領を大規模に略奪した。その時の戦利品の一部が、宝物庫に収蔵されていた。
宝物庫の武器や防具はすぐ使えるわけではない。一旦武器職人に渡されて、修復の後、特別なオークションにかけられた。ショウも使った勇者の防具セットや様々な聖剣などが出回った。
カナスやマナデイの住民は参加できない限定オークションである。ヴェイユ家領やフラウンド家領、自由都市、砂漠都市やリングル、ムスタンは参加できる。はっきりと戦争を見据えている限定オークションだ。主催はゾルビデム商会。
チームの倉庫にも死蔵されている武器や防具がある。チームメンバーには、武器や防具はほとんどそろっているが、サブの武器は必要だ。それが終わったら、ゴーレム馬やコオロギゴーレムたち、カードモンスターまで武器の配布があった。あまったらブラウニーダンジョンの宝箱に入れる。
武器や防具だけではない。マジックバッグや様々な能力をが得るアイテムも出回った。しかも以前の半値である。子爵や男爵などの中級貴族がそれを買う。そして彼等が不要になったものを売る。それが騎士や義勇軍にまで流れていく。
ワイド(ワイズ)の薬屋が神聖クロエッシエルの首都ルシアットから撤退した。代わりにムスタン支店が開業した。薬も戦時には戦略物資になる。ポーションの量が軍隊の強さに直結するからだ。
この秋は世界中で豊作だった。にも関わらず穀物価格が下がっていない。1年後の戦争を予想して、あちこちで穀物の備蓄が行われているのだ。
塩や砂糖の価格が下がった事で、様々な保存食品づくりが盛んになっている。普通のハムやソーセージだけでなく、血のソーセージやどんぐり粉のクッキーも保存対象になっている。コオロギの空煎りや、木や草の実がドライフルーツにされている。
イラクサの収穫が行われ、糸が紡がれ、布が染められる。収穫の終わった畑には、世界中から集められた土や肥料が撒かれる。
平和な風景の中で着々と進む戦争準備。それがこの年の秋であった。サーラの拠点では、今年もエリクサーの量産が行われた。少しずつ限定オークションにも流す予定である。
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