第267話 ワイズの毒薬
一真がメドゥーサを倒した1か月後。新月の夜にレンタル警備隊強者部隊は、滅びの王宮の攻略に向かった。
ダンジョン資源の徹底採取である。スケルトンの通常階層はいつでも存在するが、暗黒月蛾は1カ月に一回しか現れない。
目標は新たなデバフスキル呪月光を得ること。ドロップする呪晶石を得ること。呪晶石はベルベルの注文だ。六魔の杖に付けたいと言う。
アシュラキャットからは、暗黒月蛾のペルソナとモンスターカード10枚の注文。黒ネコ合唱隊は暗黒月蛾を隊員として迎えるつもりである。たしかに暗黒月蛾は、人を呪うのに適していそうだ。デバフ呪月光も使い慣れている。でもメドゥーサと会わせると喧嘩になりそうで怖い。
一真はメドゥーサを従魔にした。コミュニケーションが取れないのでチームの一員になるのは無理である。それ以上に暴走して狂戦士状態になるおそれもあった。
ただ外見だけはヒューマンの女性になった。メドゥーサに人化のスキルを導入し、新宿で会った時のシオンそっくりの外見にしたのだ。コミュニケーションは取れないが、一真の指示は理解している。
一真は常に自分が付き添うという条件で皆の了解のを取り、チーム標準の刺青と装備をほどこした。
この状態で一真はメドゥーサに憑依し、二人でネストに籠る。ネストでやっていることは、カードモンスターの呪化と解除。あとはルーティンの魔石喰いや木の瞑想など。すべて3倍速でやっている。
ネスト外でも一真はメドゥーサと一緒に行動する。特にダンジョン攻略は一真と一緒である。
呪化はよく分からないスキルである。相手に呪属性を与える。しかしそれ自体で相手にダメージを与えることはできない。
呪属性を付与されると、ヒールや浄化でダメージを与えられるようになる。闇魔法や呪系魔法にかかりやすくなる。ルミエの呪術系の魔法が効きやすくはなるだろう。効果はそれぐらいしかない。
一真の最近の行動で密かに心を痛めているのがワイズである。従魔から婚約者に立場が変わった今の方が、一真を遠くに感じている。信じてはいるが、メドゥーサをシオンの姿にしているのを見ると、純粋なワイズの心も揺れるのだ。
だがワイズは高潔な少女である。嫉妬はしない。ワイズは粛々と自分の仕事をこなす。
異世界日本では知られているが、この世界では知られていない毒薬を探すことである。シオンに使われていた睡眠薬は、一真がその成分を記憶していたことで、奇跡的にこの世界で見つかった。
だが一真の記憶を精査してインデックスを作ったにも関わらず、異世界日本の最新の薬を、この世界の植物などで再現することはできなかった。薬の製法は分野違いの一真には知りえない情報だった。
ただ日本の一般的毒物で、この世界で再現できたものが2つある。一つはコカインである。コカは異世界の南米の植物である。これをサーチすると、大竜骨山脈の麓で見つかったのだ。この植物から抽出した成分は脳を興奮させ活性化する。中毒化しなければ良い薬である。
求めている毒薬はその反対のものだ。脳を鎮静化しなくてはいけない。覚醒させてはカリクガルを強くしてしまう。
そこで一真が薬の効能を、スキルとして分離した。これをアンチモジュールに結合し、脳を鎮静化するスキルにした。このスキル自体、攻撃として使える。
このスキルを再び物質化し液体化した。アンチコカという毒薬の完成である。強力に無気力になる毒薬である。薄めるとリラックス作用があって、寝る前に飲むと良質の睡眠が得られる。異世界で売り出したら売れるかもしれない。
最後がフグの毒テトロドキシンである。これはサーチによってある希少なタコが持っていると分かった。この世界でタコを食べる習慣はないので、カリクガルも知らないはずだ。
結局ジンウエモンの『漢方異世界植物対照』という本は、新しい毒薬の発見には使えなかった。ジンウエモンが知っていたということはカリクガルも知っているかもしれないからだ。
そういう意味では役に立った。例えばトリカブトだ。強力な毒草だが、こちらの世界にもあった。ジンウエモンの『漢方異世界植物対照』ではどちらの世界でもよく使われていると注釈がついていた。対象から外すべきだとすぐわかる。
シオンのレイプドラッグ、アンチコカ、テトロドキシン。モンスターには実戦で使用して効果を確認した。3種とも凶悪だ。
当初はマリアガルでの人体実験も計画された。だが彼女は死霊アマリになったのでそれは不可能になった。人体実験はしていない。3種類あれば、どれかはカリクガルにも効くだろうという希望的観測である。
問題はカリクガルは物理攻撃が無効であることだ。注射や鏃に塗っておくことはできない。ガスにして呼吸で吸わせるとしたら、味方が吸わないためにどうすればいいか。
あるいは皮膚に塗るとか湿布にすれば、じんわり吸収されるかもしれない。でもその場合、だれが薬を塗ったり、湿布を張ったりすればいいのか。ともかく、今はどうすれば毒を注入できるかの研究に移っている。薬師としてのワイズの仕事はもう終わった。
次は土魔法の使い手として、カリクガルとどう戦うかである。アンチ土魔法は反物質爆弾になることが分かっている。一真によれば反物質爆弾は1グラムで日本の広島という都市を壊滅させた爆弾と同じ威力になる。
カリクガルは生かしたまま封印する方針だ。殺して輪廻に帰すわけにはいかないのである。ただ反物質爆弾が必要になる可能性はある。
一つはカリクガルが使役する幻像モンスターを破壊するためである。カリクガルの能力平均値が1000だとすれば、幻像は700の能力を持っている。リンクやアバターのスキルを持っていて、実質不死である。相当手を焼くはずだ。
幻像モンスターとは天使降臨時にピュリスで1回対戦している。この時幻像を使っていたのはフローズン・ローズ、通称Fである。
彼女の能力値平均は300前後だろう。その場合あの天使の幻像の能力は200程度。それなら通常戦力で倒せる。
しかし能力平均値が700もあると、よほどの対策をしないと倒せないのだ。その対策として反物質爆弾を使うことはありうる。リンクがあっても、想定外の巨大な力には一瞬では対応ができない。
しかし1グラムで大都市全体を焦土とする爆弾である。作るのにどれほどの魔力を必要とするか計り知れない。しかもこの爆弾は、この世界の何かに接触しただけで爆発を起こすのである。貯蔵はできないし、遠方から空気中を飛ばすこともできないのだ。
ワイズが今取り組んでいるのはそういう難問であった。対策は考えている。まず反物質爆弾は1グラムの千万分の一ではじめてみる。ネストなら失敗しても大丈夫だ。
飛ばすのではなく、座標空間を利用して目標地点にいきなり出現させる。出現したとたん爆発が起きるだろう。それでいいのだ。
ワイズはネストで実験を始めた。問題があった。1グラムの千万分の一などワイズにはイメージできなかった。MPの半分でできる砂粒とイメージしてみることにする。
次にネストの100キロ先に土壁を作った。見えないが、座標の原点をその土壁にすることはできる。その原点に反物質爆弾を出現させてみた。
100キロ先でも、とんでもない音がして何かが壊れた。2日後、飛翔で行ってみた。近づかない。遠くから見る。土壁は跡形もなかった。
ともかく実験方法は確立した。MPの量を指定して、反物質爆弾を作ればいいのだ。カリクガルと戦うまでには習熟できるとワイズは思った。
この技術はカリクガルとの戦いが終わったら、封印する。危険すぎる。
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