第266話 古代戦艦プリム
プリムはヴェイユ家の娘である。リングルのボルニット家との政略結婚で、嫡男のジョルジュと結婚予定だ。結婚前に第2学校魔法科で学んでいる。
思い起こせばプリムの入学式で、エルザたちが異世界に飛ばされた。カリクガルの攻撃に、チームが巻き込まれた。あの事件でチームメンバーは名前を変えて、住む場所を変えた。おかげで、今でもカリクガルに気づかれていない。
プリムがリングルで過ごして2年。結婚相手のジョルジュとも打ち解けた。プリムのバフとデバフも結構強力になった。プリムは派手な火魔法を使えないことに落胆していたが、貴族の女は支援魔法がふさわしいと思うようになっていた。
ボルニット家の力関係も理解した。怖いのは祖母のルイーズ。第2学校の校長でもあり、最強の火魔導士でもある。若いころ娼館に売られてそこでナンバーワンだったことが自慢だ。ルイーズはカーシャストやリオトの姉である。
義父は渋い海の貴族。コゴット。義母はケンタウロスのホロン。誇り高い馬体のケンタウロスの王女だ。
三つ子の叔母がいて、十数年前にカシム辺境伯の奴隷に売られていた。義父コゴットは、妹たちを奴隷に売ったことを、人生の汚点として恥じていた。
コゴットは、汚点を雪ぐためにカナス辺境伯を殺し、カナスを滅ぼすことを誓っていた。彼の行動原理は明快だ。
対カナス戦争の同盟者がケルザップ王国。そこから迎えた妻がホロンである。嫡男のジョルジュの妻プリムをヴェイユ家から迎えたのも、対カナス戦争の同盟者だからだ。
ボルニット家は今は子爵だ。しかし昔は侯爵で、元をたどると王家の一族だ。セバートン家が陸を支配し、ボルニット家が海を支配する。それが建国時の約束だった。それでボルニットi家当主は代々海の貴族と呼ばれてきた。没落は新興のカナス辺境伯に陥れられたのである。
その大事な戦争と、ジョルジュとプリムの結婚式の予定が被りそうだ。当然、結婚式をずらすことになる。1年繰り上げである。
コゴットは悪いと思ったのか、プリムに最高のプレゼントをくれるという。楽しみにしていたプレゼントはゴミだった。
古代のアーティファクトである古代戦艦を復元してくれた。サーラとショウが発見した古代船。コゴットもジョルジュも、若い女性への贈り物として、これが最高と信じているのが怖い。しかもプリムと命名する名誉だけである。ボルニット家とはそういう家だ。
古代の沈没船はカナス辺境伯領と、ン・ガイラ帝国ドンザヒの中間に沈んでいた。サーラとショウが引き上げて、カイゼル湾という両国を隔てる湾にあるサジルバ島に放置されていた。
数か月前に完全に引き上げられ、復元作業が進められていた。それが今日リングル港に入港する。
風に乗って入港してきたのは美しい帆船だった。1枚の白い帆が印象的だ。名前は古代戦艦プリム。自分の名がつけられているのがプリムには誇らしい。プリムもすでにボルニット家に染まり始めている。
港につながれた戦艦にプリムは招かれた。船長はウィル。プリムの叔母になるアリッサの結婚相手だ。
叔母たち三つ子は恋愛結婚をしている。奴隷に売られた女は、政略に使えなかったからだ。
古代戦艦プリムには古代の魔法と最新の武器が同居している。一つは古代のアーティファクトである風の魔道具。1枚の帆だけで好きな方向に進める。スピードもかなり速い。
最新武器は5体のカードモンスター。種類はトブトリ。名前もついていてアスカ1号から5号。
目に見える距離なら、目標が移動しても追尾して攻撃する。上空から毒液を吐いて、最後は体当たりして死ぬ。15分でリポップする。3分おきに1体ずつ攻撃すれば、相手が破壊されるまで、永遠に攻撃できる。
結婚式は戦艦プリム上で行われた。誓いは夫婦がお互いを裏切らないことを誓い合う。裏切らないのは政治的にだけだ。他はどうでもいい。そしてアズル教の神に誓う形式ではなかった。
結婚式後、古代戦艦プリムはサエカの東方海上、ジェホロ島で戦争準備に入る。ダレンやアデルなどプリムの実家の人々は、サエカまで豪華な船の旅を楽しむことになった。
リングルには3つの側面がある。1つは海に開かれた水軍の町である。2つ目は異文化の影響が強い工業都市である。紙工場などがその1例である。これはショウという転生者がもたらしたものだ。3つ目は魔法の先進地である。第2学校魔法科がその代表だ。
リングルの軍の構成は他国とは大きく違う。水軍が500人。この水軍はリングルだけの特例となっている。
陸軍はセバートン王国の規定通り。兵士数は農漁村部を合わせて120人。王都アリアスの治安部隊が50人。合計180人。
ただ構成が他国と違う。90人が魔法師団。魔法師団を率いるのは第2学校校長のルイーズ。世界最高の火魔導士だ。
魔法師団90人。火魔導士が20人。水魔導士が10人。土魔導士が10人。風魔導士が10人。聖魔導士が10人。闇魔導士が10人。攻撃魔法を使うものが70人もいる。
防御は結界士が5人。全体を援助する支援魔導士が10人。付与術師が5人。これとは別に領主の直営治療院があり、ヒーラーが46人いる。
リングルも城壁改修、トーチカ設置はしている。城壁上にはレンタル警備隊から派遣されたヒト女のカードモンスターが4体。24時間警備をしている。これだけ見れば同盟する他の都市と何も変わらない。
しかしこれは偽装で、リングルは結界士の防御に絶対の自信を持っている。この十数年鍛えに鍛えてきたのである。食料の備蓄も十分ある。倉庫自体に付与術師が時間経過無し、容量無制限の付与を与えている。
籠城していれば、水軍が海からやってきて、包囲している敵軍を打ち破ってくれる。もし敵が撤退しなければ、数日でケルザップからの援軍が来る。もう少し待てばドンザヒから世界最強の騎馬隊が来るという戦略だ。
新しくできたニューリングルの防衛戦略はリングルの縮小版だ。規模は小さいが必要な魔導士はそろっている。さらにここにはゾルビデム商会などの手練れの護衛隊がいるのだ。
ムスタンとニューリングルという小拠点ができたことで、リングルの防衛網はさらに堅固になった。
攻撃するときはどうだろう。仮想敵はカナスである。ここには2000人の特別な部隊がいる。辺境伯の手勢500人もいる。2500人の軍に籠城されると確かに攻めずらい。
民衆を巻き込んでしまうと、支配下に組み込んだときに素直に統治に従ってくれなくなるので、大きな魔法を使うのは難しい。
実は長期戦略でカナスは籠城できないように手を打ってある。カナスでは穀物が不足しているはずだ。少しずつ長期にわたって穀物を買い占め、リングルの備蓄にしている。
カナスの穀物貯蔵庫には、ネズミなどの小動物や昆虫を放ち、量を減らしている。さらにカビを発生させ、食用不可にしている。
カナスの腐敗した役人からの横流しもある。スパイもたくさん潜り込んで、カナスから領外へ、穀物が売られていくようになっている。
即効性はないが、もう10年以上やっているので、じわりと効果が上がっているはずである。
破壊活動も目立たないように継続している。城壁はあちこちで穴が開いている。武器は錆びたり壊れたりしていて、いざ戦争になっても2割は使えないだろう。
有能な人材の引き抜きも長期戦略でやっている。カナスで若手が台頭すれば、王家かリングル、ドンザヒに引き抜く。
地味な宣伝も戦略的にやっている。居酒屋での噂話、娼館での寝物語、吟遊詩人、子供向けの物語などで、カナスはいつも悪役だ。
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