第265話 メドゥーサ

 高潔な美少女がレイプされた。その後、乱暴した男に支配されて、辛い人生を送る。メドゥーサの人生を、端的にまとめるとこうなる。


 メドゥーサには罪はない。相手が権力者であり、逆らえなくて妊娠してしまった。それが女神の嫉妬を買う。美しい髪を蛇に変えられ、近づくものを石化する醜い怪物にされる。


 一真が思っていたのは沢田シオンのことだ。美しい少女だった。あの時まだ小学校6年生だ。それがレイプされ、その後の人生をずっとその男に支配されていた。


 一真はシオンを電車から救った。しかしシオンの人生を救えてはいない。一真はメドゥーサをシオンと重ねていた。


 メドゥーサのその後は悲しい。勇者に首を切られ、その首を多くのモンスターを石に変える道具にされた。最後がこのダンジョンでの幽閉だ。


 一真はメドゥーサも救えない。終わらせてあげたかった。無力な自分にできることは、目をそらさないことだ。たどり着いて、心を込めてキスできるかどうかは、分からなかった。


 悪魔イワンの言う通りブラウニーから浄化のスキルを買い、アンチモジュールで呪化のスキルを手に入れた。


 石化スキルを導入した。小次郎に石化をかけ、解呪で元に戻す。次は一真が小次郎を石化し、解呪で元に戻す。呪化のレベルも同じようにして上げる。延々とこれを繰り返す。


 暗い長い道である。しかしネストには時間だけはある。永遠に思える時間、一真はネストの中で同じことを繰り返した。それが一真の贖罪だった。


 呪化、石化、石化耐性、解呪。スキルレベルをカンストした。限界突破があるから、レベルはいくらでも上がる。しかしさすがにもう意味はない。


 糸術と刀剣術のレベルも上げた。コオロギたちもレベル上げに集中させた。1か月後の新月の夜。準備は整っている。


 月の入を待って、ダンジョンに入る。今回は隠密を使ってスピードアップするが、途中の邪魔になるスケルトンは倒す。3層を駆け抜けるのに1時間半。


 時間はたっぷりある。スケルトンキングはミスリル糸で動きを封じ、鋼切りの名刀で魔石ごと切断する。30分かからない。


 いよいよ4層の暗黒月蛾だ。玉座に座り、デバフ呪月光をかけてくる。禍々しい黒い蛾だった。暗黒月蛾自体は直接攻撃をしてこない。


 周りには黒い宝石になった甲虫たち。動きがランダムで対処しずらい。座標を使った正確な突撃をしてくる。鋼切りで1体ずつ切っていく。


 切るたびに鱗粉のような粉が飛び散る。この粉が毒だった。呼吸している限り、毒を吸うことになる。不潔な空気が生命を削る。


 広く範囲指定して浄化をかける。すべての存在が浄化され消え去った。ドロップは呪晶石。この魔石はメドゥーサを一時封印するのに必要らしい。


 それにしても古代の月の女神。それがメドゥーサへの嫉妬に狂って堕ちた。暗い闇である。自尊心があれば、その裏に嫉妬はある。


 アズル教の神が、堕神を蛾の神獣にした。アズル教の神は、罪に厳しい。この時点で月蛾は神ではなくなり、不死ではなくなった。神に仕える者は、そのまま卑しいスケルトンになった。


 月蛾はリリエスとケリーによって殺された。輪廻に帰ったのだ。この時までは、まだ美しいと言える青い蛾だった。


 だがその一部は執着のあまり輪廻に帰れなかった。嫉妬。その呪いを月蛾は捨てられなかったのだ。おそらくダンジョンモンスターとしてここで永遠に呪いを吐き続ける。


 暗黒月蛾はそれでいい。だが一真はメドゥーサは連れて帰りたかった。カリクガルとの戦いで、メドゥーサにありったけの恨みを吐き出させる。本当の相手はカリクガルではない。だが運命への恨みはあるだろう。


 その呪いはカリクガルにも有効だと一真は思う。そしてメドゥーサは存在する意味を失って消えるだろう。一真の感傷的願望にすぎないが。


 5階層に降りる。メドゥーサの首だけがある神殿。石化されてしまうので神官など誰もいない。


 一真は目をそらさない。醜い女の顔を見つめる。そして目を見ながら歩く。長い道である。


 新宿駅でホームから落ちたシオンの顔を見た。ほんの一瞬だった。仮面のような硬直した表情は何も語らなかった。今メドゥーサは怒りの感情をあらわにして、一真を呪っている。赤い目が石化の呪いを放っている。


 集中が途切れれば、石化の呪いに負ける。シオンも呪ってくれればよかった。一真はシオンを傷つけることすらできなかった。ただの隣にいた少年だった。それでも贖罪をしたかった。そうしなければ先に進めない。


 後世でも、あの男とシオンはドラマを繰り広げるだろう。そこに命を捨てた自分は割り込めるだろうか。長い長い輪廻の繰り返しのなかなら、いつかにはそんなことがあるかもしれない。だがそんなことを望んでいるのではない。一真はここから別の方向へ進んでいくつもりだ。そのためにこれを終わらせる。


 美しいと言われたメドゥーサの髪は。無数の蛇に変えられている。唇からは鋭い牙が長く伸びている。メドゥーサは怒りに震えている。自分を怪物に変えた女神、自分の首を取りに来た姑息な男、自分をもてあそんで忘れ去った男。


 だが今はみんな忘れて一真だけを見てほしかった。


「俺だけを見てくれ。今だけでいい」


 そう言って一真はメドゥーサの唇を奪った。瞳の色が怒りの赤から変わるまで。


 メドゥーサは呪晶石に封印された。もうこの部屋に帰ることはない。


「メドゥーサ。俺の従魔になってくれ」


 答えはない。一真は急がない。メドゥーサも今は狂気の中にいる。


 セバスのダンジョンに帰る。イワンを呼び出して、従魔から奴隷にする。イワンは自由意思がありすぎて、行動を制御しづらい。イワンの新任務はレンタル警備隊のファントムの副官だ。担当は教育係。


 イワンに取って腕の振るいがいのあるポジションである。レンタル警備隊はかなり需要があり、新人を増やしている。器用貧乏な悪魔イワンはこういう仕事が好きなのである。


 メドゥーサの能力値は500前後あった。コミュニケーションは取れない。一真が憑依し、格上のメドゥーサを操作する。危険だがメドゥーサは一真の憑依と指示を受け入れる。


 乗合馬車で隣り合わせになっただけのような、淡い関係だ。人はそんな淡い関係に、命を賭けることもできる。深く癒されることもある。


 メドゥーサから石化のスキルを取り除く。代わりに呪化のスキルを導入する。浄化のスキルもあって、レベルはカンストしていた。自分を穢れていると感じて、純粋だった昔に帰りたかったのだろう。


 メドゥーサに憑依すると、一緒にネストに出入りできる。ネストでひたすら呪化のスキルを鍛える。経験値は総てメドゥーサに入れる。


 集中すれば1か月でできる。普通の人格を持っているものには無理だとセバスは判断し、一真のネスト使用時間を半減させた。それでも3か月ですべてを終えた。


 それだけでなく、一真は進化の実を使えるようになった。能力値1・5倍になる。5%アップも5回出来た。


 メドゥーサの5%アップも4回あった。1回で能力値は25上がる。4回もすると100上がるのである。あと1年。カリクガルとの戦いまでに、このペアは能力値1000のカリクガルと互角にまでなる。


 一真はレンタル警備隊に滅びの王宮の攻略を依頼していた。メドゥーサを攻略するのを急ぎすぎて、ドロップやスキルを手に入れていなかった。


 1か月後、レンタル警備隊はきちんとスケルトンキングの身体強化や即死剣。暗黒月蛾の呪月光のデバフ、呪晶石、月蛾触角などを得て帰ってきた。


 新しいものは呪月光のデバフである。月光のデバフは能力値全般を削る。呪月光は呪耐性だけを弱める。

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