第264話 新月の夜
夏になった。
チームの暗黙の了解は、ケリーが10歳のギフトをもらったら、カリクガルと戦うことだ。彼女がリッチとなるのは多分その後だという推測に基づいている。
カナス辺境伯と反カナス派との対決もその頃に起こりそうだ。だとしたらあと1年3か月。時間はまだあるが、準備は急ぎたい。
一真は新魔法言語の開発を終えた。と言っても、古代魔法への翻訳スキルの改造だ。数語を英語と原始リザードマン語に置き換えるだけ。あとはモジュール部分を外部化して、カードから読み取るように変えた。時間がかかったのはテストだった。
さて一真の次の課題だ。闇魔法の強化。闇魔法をカリクガルと戦えるものに強化する。そのために図書館悪魔のイワンを自分の従魔にした。しかし成果は上がっていない。
イワンの習得している闇魔法は、口先三寸、ものを隠すとか、悪口、道に迷わせる、落書き。他にもせこいものばかりだったのである。これでカリクガルと戦えるわけがない。
魔法言語の開発中は、イワンをファントムの下に出向させていた。レンタル警備隊で、カードモンスターなどの育成を担当させていた。こういう細かい実務はイワンの得意分野なのである。
さて一真は久しぶりにイワンを呼び戻していた。
「いよいよ闇魔法の本格訓練を始めようと思うんだ。イワンの出番だ」
「期待に副えるかどうか」
「イワンから直接学ぼうとは思っていないさ。情報が欲しい」
「どんな情報で?」
「カリクガルを呪化したい。どうすれば強力な呪化のスキルを手に入れられるか。それを知りたい」
「呪化はマイナーなスキルで、持っているモンスターはあんましいない。それに呪化はすぐ効果があるわけじゃないんで、攻撃魔法としては使えないですぜ」
「一番強力な呪化。それでルミエの呪術と連携したいんだ」
「メドゥーサかな」
「メドゥーサと言えば石化じゃないのか。目を見たら石にされる」
「石化もある。んだけど、メドゥーサには恨みがたまっていて。なにしろ女神が嫉妬してひどいことしたんで」
「どこにいるの?」
「滅びの迷宮」
「ケリーとリリエスが月蛾を滅ぼして、今はスケルトンキングがボスになっているはずじゃ」
「月蛾は月の女神だったんだけど、アズル教に蛾にされていたんで」
「月蛾は輪廻に帰っているとばかり思っていた」
「月蛾は輪廻に帰ったんですが、暗黒月蛾という一番闇っぽいところが残っていて、新月の夜だけ、隠しダンジョンが現れるんで」
「そこにメドゥーサがいるのか」
「スケルトンキングのボス部屋から、月1回暗黒月蛾の階層がつながる。そこをクリアしたら、メドゥーサの牢獄にいけるようになるんで」
「次の新月はいつ?」
「明日で」
「明日行こう」
「呪化の能力を持っていないと無理で。さらに呪晶石が必要でして。それにメドゥーサの階層ではメドゥーサの瞳から目をそらしちゃいけないんで。目を合わせたまま、心のこもった口づけをしないと、メドゥーサは仲間になってくれませんです。石化耐性レベル10がいります」
「呪化の能力はブラウニーから買えるのか?」
「浄化を買って導入した後、アンチモジュールを付与すると呪化になります」
「呪晶石は?」
「暗黒月蛾が持っていまして、ドロップします」
「石化耐性のレベルを上げるには」
「誰かをネストに連れて行って、石化を何回もかけてもらう。それを浄化で解呪してもらう。そのくり返ししかないです」
「それはイワンにやってもらおうか」
「勘弁してください。ネストに入ったらこっちの世界に戻ってこれまくなりますで」
「カードモンスターに犠牲になってもらうか」
「そうしてください。私が準備しておきますで」
一真は翌日の夜、滅びの王宮ダンジョンに行ってみた。イワンの言葉を確かめるためだ。ソロだ。本当に隠し部屋があるか自分の目で確かめたかった。
ケリーからダンジョンの概要は聞いていた。スケルトンキングまでは三層あってすべてスケルトンだったと。一真は鋼切りの刀を持ってダンジョンに挑む。鋼切りは日本刀だが、この世界で作られたものなので、自動修復の付与がかけられている。
この刀は小次郎がもっぱら訓練してきたものだが、その力は一真も使える。一真だってジンメルの道場で人並み以上に鍛えてきたのだ。
武器はもう一つ。糸の指輪だ。白糸、ミスリル糸、粘糸、魔法糸の4種の糸がある。一真が使うのはミスリル糸だ。ケリーほど習熟はしていないが、相手が多数の時は便利だ。
魔法糸には闇魔法のダークバレットを乗せている。まだ実戦で使ったことはない。今日はいろいろ初めてのことばかりだ。
コオロギゴーレムやスライム、犬とゴーレム馬、カードモンスターも連れてきている。1層のスケルトンは弱いが数が多い。彼らが役に立ってくれることを期待している。
イワンは連れていない。役に立つか分からないし、信用しきれない。戦いのさなかに裏切られたら目も当てられない。
1層は動物のスケルトンばかり出てきた。ケリーの情報にはなかった。リリエスとケリーは、低層は隠密でスルーして、4層のスケルトンキングに直接挑んだのだ。
強くはない。ただ数が多い。10体くらいをミスリル糸で拘束しまとめる。その輪を絞って骨をばらばらにし、動きを止める。
スケルトンを倒すには魔石を奪わなければならない。動物スケルトンの場合、魔石の位置は種類ごとに違って面倒な作業になる。
犬、ゴーレム馬、コオロギ、カードモンスターたちが活躍して、その面倒な作業を引き受けてくれる。連れてきて本当に良かった。魔石も骨もマジックバッグに入れrて持ち帰る。魔石は売却するし、骨は粉末にして肥料になる。
指揮スキルにマップ機能がある。それで下の階層へつながる階段の位置が分かる。マップに敵の位置がわかる。
数が減った動物スケルトンは単体で鋼切りで倒す。切れ味は良く、100体近く切っても刃こぼれはしない。自動修復のおかげだ。
一真は疲れるとネストで休む。何なら気分転換に、前世で見た映画をもう一度見てもいいのだ。こちらの世界では時間が止まっている。充電が済むとまた現場へ戻ればいいだけだ。
なので一真がいくらネストで休もうと。攻略自体は停滞しない。2層はゴーレムやコボルトなどのスケルトンだ。生きているゴーレムたちより弱いが、やはり数が多い。
1か月後の本番では、隠密を使ってスルーしよう。しかし今日は丁寧に倒しながら暗黒月蛾まで行きたい、それがメドゥーサへの礼儀だと一真は思う。
3層目は人間だったもののスケルトンだ。粗末な武器を持ち、アーチャーやメイジもいる。メイジが持っている魔法は人間だったころの名残だろう。月蛾の王宮の宮廷魔導士だったのかもしれない。それなりに厄介だ。
彼等の魔法には、結界やリペアなど生きていた頃は有用だったものも交じっている。だが統率されていないから強敵ではない。ミスリル糸の扱いにも慣れてきた。3層を終わらせたところで5時間たっていた。
新月の月は太陽と一緒に動く。だから夜には新月はない。新月があっても、光を反射しないので見えないのだが。月が生命に何らかの影響を与えているのは確かだ。おそらく心に影響もある。
月蛾は古代の月の女神だったらしい。その明るい部分は輪廻に帰った。しかし女神の深いところに潜む闇はここに残り、いまだに嫉妬に狂っている。そこだけが残されている。
次の4層はスケルトンキング。即死剣を持っているのが要注意。ケリー情報だ。ケリーは苦労したらしい。だがミスリル糸で拘束し、鋼切りで切ればボス戦は短時間で終わった。
スケルトンキングの玉座の裏に通路が開いた。これが隠し部屋への通路だろう。今夜は帰る。1か月後の新月の夜。一真はまたここへ来るつもりだ。
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