第269話 ユグドラシルの暴走 

 カナスからアリアスへ向かう街道。ムスタン北方9キロの地点である。騎馬の護衛に守られて、1台の馬車が通過する。カリクガルとその息子マクロ。フローズン・ローズとその娘パンセ。4人が乗っている。


 念話で通過を知らせたのはドライアドの木だ。名前はない。ドライアドはユグドラシルの耳目である。カリクガルたちを見張っているのは世界樹ユグドラシルだ。


 ユグドラシルはカリクガルのカナス行の日程を探り当てていた。こういうチャンスを狙っていた。


 ハイエルフの勇者パーティーは全員能力平均値が900を超えた。もちろん大精霊を内部召喚してである。ユグドラシルは、今ならカリクガルに勝てると読んだのである。


 Fやマクロ、パンセ、4人の護衛は考える必要もない。ドライアドの長弓隊がいれば簡単に始末できるはずだ。


 4人の勇者パーティーはすでに大精霊を内部召喚している。アバターはそれぞれ30体用意している。ハイエルフが30回殺されることなどありえなかった。しかも彼等の背後にはドライアドの長弓隊100体が潜んでいる。


 フローズン・ローズは待ち伏せに気がついた。


「カリクガル。前方にお客さんが待っているみたい」


「F。何人だと思う」


「4人ね。内訳はハイエルフ3人。エルダードワーフ1人。勇者パーティーというやつ。その後ろにドライアド100体」


 カリクガルが息子に聞く。


「マクロ。こちらの人数を答えてみて」


 次期のカナス辺境伯である。戦いの経験は積ませてあげたい。そう思うカリクガルだ。


「騎馬兵士4人だけです。あとは御者1人。逃げたほうがいいです。反転してカナスに帰りましょう」


 カリクガルは息子、マクロの答えに不満である。温厚であるだけが取り柄の大人しい子なのだ。だからこそ自分がリッチになって息子を守らなくてはならない。


「パンセはどうだ。負けるから逃げるか」


「負けるとは思いませんが、無益な殺人は不快です」


「じゃあ、今日は命は取らないでやろう。二人の結婚の日取りを決めためでたい日だからな」


 カリクガルはパンセにも不満である。善人は長生きできない。そういう世界で善人であることは愚かだ。


 馬車が止められた。中にいたカリクガルたち4人は降りて、何も言わず街道のわきの広い場所に移動する。護衛の兵も御者も無言である。すでに何かあった時の心構えはできている。全員準備万端なのだ。


 勇者マジューロが聞く。


「待てどこへ行こうとしている」

 

 Fが答える。


「用事があるなら早く済まそう。私は面倒なことは嫌いだ」


 マジューロ。


「我々はハイエルフとエルダードワーフの勇者パーティーだ。カリクガルの長年にわたるエルフ誘拐や、様々な非道な行いを正すために、今日ここでカリクガルを討ち取る。我々の正義の鉄拳を受け取れ」


 カリクガル一行は先の方へ歩いていく。マジューロの口上は無視されている。慌ててカリクガルに追いつこうとする勇者たち。


 カリクガルは勇者たちが追い付くのを待つ。その間に勇者たちの内部召喚が解除されて、4体の大精霊が分離してその場に出てくる。


 マジューロ。


「お前何をした」


 Fが少し大きい声で聞く。


「ドライアド100体はどうする。何もしないなら見逃すが、みんなで戦いたいならそれでもいい」


 マジューロ。


「彼等は証人として来ているだけだ。我々も護衛の兵士や御者は見逃そう」


 F。


「それじゃ死んでもいい戦士は、こちら4人。そっちは8体ということだな」


 マジューロ。


「我々は大精霊と一体だ」


 F


「どうでもいい。始める」


 勇者たちは最初から大技で行く戦術だ。しかし大技は大精霊と一体化していないと発動できない。内部召喚をやり直そうとする。


 氷の牢獄が8個出てきて、大精霊たちとパーティー全員がその氷の牢獄の中にいた。サラマンダーはファイアーブレスで氷を溶かす。自分の牢獄を熱で溶かしたサラマンダーは、隣のマジューロの氷を溶かそうとする。


 カリクガルが何かした。突然無力感が襲ってきて、身体が動かなくなった。サラマンダーだけではない。8人全員だ。鎮静のスキルが使われたのだ。互角なら弾くこともできる。しかし大精霊を分離されると、能力差は倍以上ある。分離された時点で勇者パーティーの負けが決まった。


 Fが


「凍結」


 と詠唱する。


 心が鎮静で無気力になっている。だから8人には抵抗する術がない。身体が凍結しても、感覚と思考は生きている。


 最初に連れて行かれたのはウンディーネだ。連れて行ったのはミスリルゴーレム。カリクガルの幻像だ。ウンディーネは鎮静で無気力化し、さらに凍結までされている。四肢が千切られ、顔面が破壊され、最後は首を抜かれて投げ捨てられた。


 大精霊は死なない。しかしHP0になると一旦この世から隠れて100年くらい出てこれなくなる。その間次の位のものが代理を務める。


 同じことが残り3体の大精霊に繰り返される。ノーム、シフル、サラマンダー。なんの感情もない。ミスリルゴーレムのつまらないルーティンワーク。大精霊たちは消えた。


 カリクガルが言う。


「F。つまらない。盛り上げて」


 F。


「私はそういうの苦手です」


 それでもFは、マジューロの鎮静と凍結を解く。マジューロは聖剣を取り出して、ミスリルゴーレムに戦いを挑む。能力値の平均はミスリルゴーレムが700。マジューロは400弱。マジューロはアーサーたちの勇者パーティーよりは強い。


 剣はミスリルゴーレムに当たるが、金属音を立てるだけで薄い傷跡をつけるだけだ。その傷跡もすぐ消える。ミスリルゴーレムは大精霊にやったようにマジューロの四肢を千切り、顔面を破壊する。ユグドラシルの加護で四肢はすぐ生え、顔面もすぐ元に戻る。


 しかし首がもがれては修復しようがない。だがアバターがある。マジューロは復活する。


 F。


「夢処刑2分」


 マジューロが無表情で夢の世界に入る。2分の夢から覚めて大声で叫ぼうとするが声が出ない。


 ミスリルゴーレムがさっきの動作を機械的に繰り返す。これを繰り返して、ついにアバターが尽きた。


 カリクガルが言う。


「マジューロ。助かりたければ私に能力値を捧げてくれ。私はお前の能力値を得てもっと強くなる。それはユグドラシルを裏切ることだが、お前にその覚悟があるなら助けよう。恥辱と共に生きればよい」


 裏切るマジューロ。


「助けてくれ」


 カリクガル。


「それじゃドライアドたちに言うんだ。僕はこれからユグドラシルを裏切ってこの美しい女性に能力値を捧げます。みんな見ていてください。僕の卑怯な姿を。そう言うんだ」


 マジューロは助けられた。次はピピンだ。あとは繰り返し。一つ付け加えられた。最後に下半身の下着まで取らされた。


 カリクガルはいう。


「ドライアドたちの前で、自分の恥ずかしいと思うことをして来い。それが私を満足させたら助けてやろう。つまらなければ殺す」


 ピピンは下半身裸のまま叫ぶ。


「私を犯して。犬みたく」


 ドライアドは全員女性なので犯しようがない。しかたなく、ピピンはその場で大小便を垂れ流す。


 カリクガルがピピンを呼び寄せる。


「最後にマジューロの片目を、素手でくり抜いておしまいだ」


 ピピンは従順に従った。カリクガルが言う。


「飽きた。みんな戻ろう。エルフは醜悪だな。ユグドラシル。見ているか。これが偉大なる人種か?あと二人はFに任せる。私たちは先に帰るから、きちんと心折っておいてくれ。つまらない見世物だった」


 Fは有能だから、手抜きせず、しかも手早く、二人にも同じことを繰り返した。


 Fはパンセとマクロの若い二人には、これ以上醜悪な場面を見せたくなかったので、ほっとしていた。


 










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