第261話 S機関
神殿の木々に花が咲く。美しい春になった。サイスは20名の図書館司書を育成している。その中にジーマという優秀な女性がいた。
ジーマはドライアドで、ベルベル隊の1期生だった。持っているギフトスキルはスケジューリング。仕事を小さなタスクに分解し、前後関係を明確にしてつなげてくれる。そして集団意識から自立するための、並列思考を持っている。他にはドライアド特有の木の瞑想がある。
ジーマのスケジューリングスキルは、サイスのカード型認識法と相性が良い。仮想空間でカオスになっているカードを、時間軸で整理して表示してくれる。
スケジューリングスキルは、新規プロジェクトの見通しつけてくれる。それだけでなく、過去の事件をも時間順に、その因果関係を明示して表示してくれることだ。
サイスはこれをスパイの洗い出しに使っている。ジュリアスの予兆発見スキルで、疑いのある人物を選び出すのが第1段階。
次に監視をして、情報を収集する。ここにも素晴らしい人材がいる。タマモの死霊である。死んだタマモを、ダキニがネクロマンサーのスキルで蘇らせた。能力値は半減しているがそれでも能力平均値200くらいある。
テッドが狐獣人の街を蘇らせてくれた。テッドにとってはこの街は神聖クロエッシエル教皇国の国境に隣接する重要拠点である。ドワーフの支配地域にも隣接し、彼らが海の出る時の港にもなる。
そのお礼に狐獣人祖霊のダキニはタマモの死霊を、テッドに提供したのである。タマモは蘇らせてみたものの、みんなに憎まれすぎていた。
テッドはタマモをサイスに派遣してくれた。テッドはゾルビデム商会などの暗部の長である。手駒はたくさんいる。しかし古い組織なのでスパイもいる。新しい組織が必要だった。
エージェントとしてのタマモの優秀さは、1つは魅了にある。一時的に魅了し、情報を得る。
もう一つは配下に動物スケルトンを使役できることだ。動物の中には昆虫も含まれるので、小さなアリや羽虫の姿で気づかれずに監視できる。
実はドライアドのジーマも情報収集者として優秀だ。マリアガル発見の時も、ドライアドネットワークは大きな役割を果たした。5000体いて、集合意識。しかも長命であるドライアドだ。大量の情報を集積している。
ジーマは並列思考で自我を確保すると同時に、並列思考の片方で集団意識からの情報を仕入れてくる。
もう一人は言うまでもなくサイスの幻像のファントムである。ファントムは闇情報屋をしている。そのネットワークでは、お金を出せばかなりの情報が買える。
サイスをリーダーとするチームの諜報機関、S機関はジーマ、タマモ、ファントムをエージェントとして発足した。
S機関の情報源は他にもある。ディオン大図書館では働きながら学ぶ学生のために奨学制度をもうけている。月5万チコリの奨学金がもらえる。
奨学生は魔導書に従って学ぶことになる。魔導書の指示によって図書館の本を読んだり、実践をしたりして学んでゆくのである。
これはサイスの図書館の本と魔導書を結び付けるプロジェクトの一環で、学ぶには合理的な方法だ。そして魔導書の指示で本を読むことで、魔導書の中に本の内容が吸収され、魔導書は完成度を増すのだ。
奨学生は最初に白紙の魔導書に、自分のスキルや経験をコピーされる。ここでコピーされたものには限らないが、魔導書にコピーされた経験の集積は膨大だ。これもS機関の情報源の一つになっている。
ブラウニーダンジョンでの魔導書による情報の収集もある。魔導書による情報収集は、迂遠な方法に思えるが、量が多くなると検索にヒットする可能性も高まる。
さらにS機関には応援団がついている。1つは狐獣人の実業家ナターシャの人脈である。狐獣人一族がS機関の応援団だが、特にナターシャの存在は大きい。
今やナターシャの事業は数千人の従業員を抱えるまでに成長している。飲食業が中心だから、そこに集まる情報は膨大なのである。
飲食業以外のナターシャの人脈も広い。カシム組、狐獣人ネットワーク、ピュリスのダレンや執事から、底辺の娼婦たちまで幅広い。しかもナターシャは予感というスキルを持っていて、重要な情報に直感が働くのだ。
ナターシャは娘のジュリアス開運のきっかけが、縄跳び大会だったことを忘れていない。縄跳び大会を始めたのはサイスである。恩には必ず報いるのがナターシャなのだ。
ルミエに奪還されたエルフたちもいる。彼等は外の世界が長かったので、もうエルフの里には戻れない。ジュランはサエカの大学教授になったが、あとは暇を持て余していた。
諜報の専門家の通信員がいる。夢処刑士のガカドがいる。彼は他人の夢に自由に潜入できる。そうして帰ってきた旅人がいる。彼女は全世界を巡り歩いてきた。心強い味方である。
初仕事は、ダレンの文官のスパイ疑惑。ピュリスからの情報漏洩は4か月前から起こっていた。漏洩先はナマティ公爵。文官を対象に秘密調査をすると、サブイームという青年にナマティ公爵との接点があった。
彼の妹が、公爵嫡男のメイドをしていた。サブイームにタマモが監視をつける。羽虫やハエ、庭のハチ。彼に来た暗号文を、羽虫と感覚共有したファントムが映像記憶。
それを通信員に解読してもらう。妹が人質にされて、やむなくナマティ公爵に従っている事情が判明。ドールモンスターを使い、サブイームの妹と入れ替わる。ドールモンスターは外見を自由に変えられる。
これでサブイームは支配を逃れたが、作戦は終わらない。ドールモンスターを事故を装って死なせる。嫡男ジロンドが、雷魔法で殺してしまったように見せかけた。
ナマティ公爵はサブイームに妹の死を知らせなかった。スパイとして利用し続けるためだ。実際は、彼の妹はS機関の保護下にある。
サイスはサブイームを二重スパイにした。偽情報をいくらでも流せる。ナマティ公爵の腹心の高官が、国王のスパイであるという偽情報。それを信用したナマティ公爵は、その高官の娘と嫡男ジロンドとの婚約を解消し、その娘を処刑してしまった。
その高官自身は、王都にいて無事だった。娘を殺されて忠誠を保てるはずもなく、国王に寝返ってしまった。二重スパイ化のアイディアは通信員である。
その結果ナマティ公爵の脱税や、王家の財産の使い込みが暴かれ、公爵は窮地に陥った。
そこに嫡男がメイドを惨殺したという噂が流れた。冤罪なのだが、公爵は嫡男がメイドを殺したと思い込んでいる。噂を流したのはナターシャではない。ナターシャはそういう場を設定しただけだ。
噂が広がると、公爵からサブイームに妹の事故死の連絡が入り、莫大な賠償金が贈られてきた。口止め料のつもりなのだろう。莫大な賠償金が噂の信ぴょう性を高めてしまつた。こうなるとナマティ公爵家は何をやってもうまくいかなくなる。
せっかく静まりかけた人さらい事件の噂が、またくすぶり始める。こちらは事実だから、隠蔽しても限界がある。公爵家は身動きが取れ無くなった。ここはテッドとファントムが動いた。世論操作は情報戦の重要な一環だ。
全体の動きが、予定を含めてきちんとスケジューリングされている。ジーマも有能である。
この状況でセバートン王国王太子とン・ガイラ帝国の第3皇女の結婚式が行われた。国中がお祭りムードで充たされ、華やかな木々の花が、風景を引き立てていた。
第3皇女はナマティの港に入らなかった。ニューリングルの港から、華やかな馬車に揺られて王都入りしたのだ。もはやニューリングルが主要港で、ナマティはローカルな港に過ぎなくなった。
ここでS機関は手を緩めた。これ以上追い詰めたらナマティ公爵は暴発する。戦争はもう少し先に延ばしたかった。
ナマティ公爵家は、総てに耐えて動かない。身動きせず耐えることで、状況のさらなる悪化を防いだ。
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