第260話 小さき者たちの枝

 ユグドラシルからルミエに念話。先代のユグドラシルのいる場所を知らせてきた。行き方に条件があった。そこへ行くまでに人であれ、モンスターであれ、命を奪ってはならない。命を奪ってたどり着いたものは、強制的に送り返されるという。


 不殺生戒を厳密に守るのは難しい。歩くだけでアリを殺すこともある。そういうとユグドラシルは、そこまで厳しくないという。故意に殺さなければ許されるようだった。


 ドライアドは世界のどこにでも実体化できる。ルミエはケリーのサーチで場所が分かると、ベルベルにポータブルダンジョンを持たせて先遣する。そこはこの世界の中ではあるが、海を隔てた別大陸の別世界だった。


 一人でしか行けない。ルミエはダンジョン転移を使ってそこへ行った。ベルベルによれば滝の裏に洞窟が隠されていて、それをくぐればいいらしい。


 洞窟はうす暗くて長い。真っ暗でないのは、何かの魔法だ。ここでモンスターが出て来たら、殺さないでは進めない。


 光が見える。やっと出口だ。景色は普通だ。出てみると、迎えがいた。ぶっきらぼうなお爺さんだ。


「お前がルミエか。ガキンチョだな。まだ女になり切っていない。それくらいもエロいが、俺の好みは熟れ切って崩れる寸前だから、俺に惚れるなよ」


 ぶっきらぼうなだけでなく、ゲス男だった。ルミエは返事をしないでいた。


「悪い耳聞こえないんだったか。差別するつもりはなかったんだ。手話に切り替えたほうがいいか」


 と言って自分の性的嗜好を手話で伝えてきた。男って本当に馬鹿だ。爺さんの性的嗜好を知ることは先に進む試練の一つだろうか。


「あの、耳聞こえるから。それと私、性的な相手は外見でなく、内面で選ぶの。だからお爺さんがどんな女が好きかを、教えてくれなくて大丈夫です」


 ルミエはまだ性経験はない。性の相手には、外見が大事だと思ったが、あんたの外見が好みじゃないとは言いづらい。


「それじゃ、あいさつ代わりのセックスも無しかな」


 この爺さんが勝手に決めた、この土地の風習だ。ウェルカムドリンクの代わりだというのだろう。成功率が高いとは思えないが。


「いりません」


「何しに来たか。用件を聞けと真のユグドラシルに言われている」


「どの程度詳しく言えばいいですか。お爺さんがどういう立場の人かも教えてもらえていないですし」


「俺は秘書。ユグドラシルの代理人。ある意味ユグドラシルよりも権力がある。名前はベータハウス。ユグドラシルの弟だ」


「それじゃ詳しく話します」


「長いのは苦手だ。短くていい」


「今のユグドラシルは、エルフのことを偉大なる人種と言っています。私もエルフなんです。でもエルフだけが偉大だとは思えないんです」


「わかった。答えは簡単。今のユグドラシルが間違っている。ここで帰るか」


「ちょっと軽くないですか」


「大事なことは軽いんだ」


 そんなことはないとルミエは思う。


「真のユグドラシルに会って、直接聞きたいんです。顔を見て話したいんです」


「会って泣くと良い。後ろにベッドルームあるから、女同士で身体コミュニケーションしてもいいしな。着いた」


 ベータハウスは最後までゲスだった。


 家は普通の民家だ。玄関を入ると太った老婆が大きな椅子に座って待っていた。


「どんなに凶暴な子が来るかと思ったら、可愛いお嬢さんじゃない。今お茶入れるけど椅子に座って待っていて」


 ユグドラシルの実を発酵させた、いわゆるエリクサーだ。それを沸かして、ハーブティーを淹れてくれた。香りは良い。飲むと爺さんから受けたダメージが回復する。


「自己紹介をしてちょうだい。一応向こうのユグドラシルから聞いているけど、あの子ちょっとエキセントリックなところがあるから、直接聞きたい」


「ルミエ。本当の名前じゃないけど、本当の名前必要かな」


「いいえ」


「人種はエルフ。千日の試練を受けていたんだけど、向こうのユグドラシルの保護に入らず、別の人たちの世話になっていたの」


「続けて」


「そこで外の世界を知った。一番心許したのはカマキリモンスターのモーリーという人。でもモーリーは女に興味なくて、木しか愛せない人だった」


「恋バナはいいわね」


「そういうつもりじゃないんだけど。ともかくいい人たちに保護されていた。そこにユグドラシルから念話が来て、偉大なる人種エルフよって言われて、直感的に間違っていると思ったわ」


「あなた攫われたのよね」


「ええ、攫った実行犯のジル隊4人は倒した。仲間と一緒に。4人は死んだか奴隷になっている。そして今から2年後、黒幕のカリクガルを倒そうとしているところ」


「千年の試練はどうやって解いたの」


「自分で解いた。激痛と石化、沈黙は解いたけど、不死と不眠はまだ解かないでいる。便利だから」


「強いわね。それであんたのチーム。エルフの勇者チームと戦って引き分けたのよね」


「あの人たち、覚悟が足りない。大精霊を内部召喚しても、私たちと引き分けだった。本当の殺し合いだったら、私達が全勝したと思う」


「確かに凶悪ね。それで私に聞きたいことなんだけど、さっきの弟との会話は聞かせてせてもらった。結論は弟と同じ。今のユグドラシルは間違っている。人種は平等よ」


「質問は3つ。何であなたがここにいるのか。小さきものとはだれなのか。そしてカリクガルと戦う私に何かアドバイスが欲しい」


 先代のユグドラシルは10センチほどの木の枝を取り出した。先が二つに分かれている。それをルミエに渡すとこう言った。


「カリクガルと戦うことは、私も賛成している。そういう意味では、今のユグドラシルもエルフもあなた達もみんな仲間よ。今のユグドラシルは怒りのために視野が狭くなっている。でも怒らないよりはいいでしょう」


「私が攫われたことや、性奴隷にされることに怒ってくれたんで、感謝はしている。今もじわじわ来た」


「それが分かればいいわ。私は絶滅しそうな人種を、だれも人のいない大陸に連れてきたのよ。それが小さき人々よ」


「伝説に出てくる、境界にいた人たち?いや世界に中心はないと私は思う。だから境界はないのかな」


「国家は便利だけど、何かが切り捨てられる。それが嫌だったのよ。それで私はここにいる」


「この木の枝は何ですか?」


「あなたを助けてくれる武器。小さき者たちの枝というの。略して小枝」


「小枝?弱そう」


「貸してくれるの。能力を。こっちの大陸にいる、弱くて滅びそうになった人たちが、1ずつ」


「1?」


「1よ。でも10万人くらいいるから、間に合うと思う」


「利息は?」


「利息はないけど、あなたも何かあったら、能力を1貸さなければならない。その人の戦いに意味があると思ったなら」


「1でいいなら、いつでも貸します」


「そういう意味ではこの木の枝は最強かな。ただ借りることのできるのは、人生で一回だけ」


「カリクガルとの戦いに使います。その一回だけは私の責任だから」


「責任なの?」


「人としてのけじめかな。ここだけは負けられない」


 先代の真のユグドラシルとの会見は、ルミエには有意義だった。自分が間違っていなかったことを信じられた。


 もう一つ。自分は千日の試練が無かったら、今頃どっかの男の性奴隷だったのだ。今のユグドラシルが怒ってくれたことに、改めて感謝した。自分のために怒ってくれる人はそんなにいない。


 それでも勇者パーティーには入らない。自分は今のチームの仲間と一緒に戦う。カリクガル戦までは。


 その後は分からない。ベルベルとも、多分たもとを分かつだろう。乗合馬車が目的地についたら、乗客はバラバラに別れていく。自分たちもそうして別れていくのだと思う。





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