第259話 ムスタン

 ムスタンは第1王妃セリールの実家だ。現ムスタン男爵はセリールの弟であるロクセリル。嫡男はザクソニー。


 カナスと王都アリアスを結ぶ街道。ムスタンは街道から南に9キロの地点にある。この道をさらに35キロ南に下るとリングルがある。


 孤立していたリングルにとっては、この地点に味方の町ができたことはメリットが大きい。カナスがリングルを攻めるとすると、必ずムスタンの近くを通過する。ムスタンがカナス軍に抵抗し、足止めをしてくれれば、リングルは戦争準備に時間をかけられる。


 カナスにとってはムスタンを今のうちに潰して、廃墟にしておきたいのだ。国王が激怒しても、しらばっくれることはできる。カナス討伐軍など今、出せるはずはない。

 

 ジュリアスはブラックジュエリー一家の拠点を、ムスタンに移した。スタンピードは1週間に1回。明らかに人工スタンピードである。しかも夜には野盗団の襲撃もある。


 ジュリアスは町の人と連携して、人工スタンピードと戦う。町の人50人くらいと、1つのパーティーを組んで、経験値を全員平等に分けている。


 朝ケリーのところに行って、経験値の稼げる場所をサーチしてもらって、そこで待ち伏せする。カリクガルは敵対する領主の小さな村を計画的に襲って来た。


 ブラックジュエリー一家は、アメリ(マリアガル)の加入で見違えるほど強くなった。バフ。デバフが強力にかかる。戦闘力も大きく上がった。ダークバレットは闇魔法の初級魔法だが、能力値400という破格の威力は、オーガやワイバーン程度なら瞬殺してしまう。


 ムスタン男爵ロクセリルが、町の危機を聞いて帰ってきた。ムスタンがカシム辺境伯の派閥を離れて、リングルと同盟したことで、報復はあると思っていた。まさかの人工スタンピードと盗賊団の襲撃だ。


 ロクセリルの決断は早かった。町には教会が二つあった。ムスタン男爵は教会を取り潰した。カナスとナマティへの明確な敵対を宣告である。今年の秋の収穫の1割はまだ教会の倉庫に残っていた。それを含め、すべての財産を没収した。


 ムスタン男爵は、レイ・アシュビーに連絡し、隠れたる神の兄弟団に2つの教会を任せた。1つは4月から給付付き小学校に転用されることになった。もう一つは修道院になり、そこでは聖騎士団10人が常駐することになった。


 ムスタン男爵は危機打開のために2000万チコリを投入した。教会から没収した全額である。相手はファントム。彼にムスタンの危機を救ってくれるように依頼した。ファントムは1か月でそれを実現すると約束した。


 ファントムは半分の1000万チコリで、カシム組に3つの依頼をした。城壁の改修と8個のトーチカの作成、すべての家を土の家に改修することである。カシム組は住民の協力を条件に承諾した。


 カシム組は気がつけば反カナス陣営に深く関与していた。彼等が消滅したらカシム組が潰れてしまう。赤字でもやるしかなかった。


 住民はムスタン男爵を信頼して、土の家づくりと城壁改修に協力した。さほど難しいことではなかった。家の真下に穴を掘り、地下2階を作る。そこで出た粘土を家の壁に塗ればいい。城壁改修も似たような作業である。


 農閑期だった。3割くらいの住民は、既に土の家を導入していた。その温かさを羨ましく思っていた住民が多かった。


 総てが土の家になれば、ネズミの害が無くなる。収穫が1割増えたのと同じ効果がある。薪の節約にもなる。地下に町ができれば、安全な籠城ができる。


 ファントムからジュリアスへの依頼が出る。周辺の野良ダンジョンを5つ攻略し、町の4隅と学校予定地に移動すること。次にブラウニーへ依頼。各ダンジョンの強さを、千分の一から普通まで、強さに段階をつける。すべてHPが1になったら排出される学校ダンジョンである。


 どのダンジョンでもドロップに、肉やリテラシーのスクロールが出る。宝箱から、お金も武器も出る。攻略者に美味しいダンジョンである。


 命の心配がなく、しかもモンスターが弱い。千分の一ダンジョンは3歳児でも攻略できる。町の人は気軽にダンジョン攻略に挑んだ。これが戦闘訓練になる。


 スクロールやお金は、ムスタン男爵に寄付してもらった。それを宣伝することで、領主ムスタン男爵への求心力が上がる。


 最下層3層は、アルラウネ、スライム、ワーム。土づくりのための階層である。ムスタン男爵は休耕地をなくし、ビートを含めた連作体系を作った。


 同時にムスタンの軍事的整備である。生活3魔法の使えない246人を、ブラウニーダンジョンに送る。そこで生活3魔法を与える。不眠の状態にし、友好都市のすべての地下街のクリーンをしてもらう。


 1か月後に限界突破をすれば彼等はヒールレベル1になっている。他人のヒールはできないが、自分をヒールすることはできる。まず底辺の底上げである。


 カシム・ジュニアに来てもらい、住民の適性を2日間で全員見てもらう。ヒーラーの確保が最優先。ヒールを持っている人全員をブラウニーダンジョンに送る。限界突破すると、ヒールレベルが1上がって、23人のレベル2以上のヒーラーが誕生。今まで4人しかいなかったのが、8倍になった。


 野戦病院が機能すると、軍隊は1段階強くなる。薬師も大事だ。薬師のスキルを持っている人は10人いた。彼らはサエカへ送り、ガカドの下で1か月訓練し、薬師レベルを上げる。


 次は魔法師団。4属性魔法の素質があるのは18人。正規兵に火魔導士がいたので、魔力操作の基本から訓練してもらう。数か月後に成果が出始めるだろう。


 40歳以上は限界突破すれば、ヒール、火魔法、水魔法のスキルがレベル2で発現する可能性が高い。予算の関係で全員は無理だ。カシム・ジュニアにMPが多い10名を選んでもらう。複合魔法スキル持ちが10名生まれた。彼等が魔法師団の中核になる。


 ムスタン男爵は温厚な文官だ。支援スキル持ちで、バフとデバフが使える。妻は聖騎士のスキルがあった。守りながら戦える小領主には理想的なスキルだ。二人には限界突破をしてもらい、ヒール、火魔法、水魔法の上乗せをした。


 嫡男ザクソニーには準備万端というユニークスキルがあった。彼に任せれば、今後のムスタンは安心だろう。娘はまだ9歳。しかしカシム・ジュニアによれば弓聖のスキルを授かるとのこと。ムスタンの未来は明るそうだ。


 正規兵と衛兵もカシムジュニアに適性を見てもらった。彼等の人事には口を出さない。結果だけを男爵に知らせる。


 野戦病院があって、魔法師団がいる。領主一家の戦闘力が高い。正規兵も訓練されている。人口5000人の町の軍隊としては、かなり強くなった。


 次は住民の強化だ。約50人。ブラックジュエリー一家と協力して戦い続けている。週2回、大量の敵を倒す経験で、能力値がアップしている。1か月の終わりに、攻撃を繰り返すゴブリンの集落2つと4つの盗賊団のアジトを潰した。


 どちらからも莫大な武器や財宝が出てきた。これは50人の協力者のものとした。財宝を売ったお金で、スクロールを買って、能力を上げてもらった。能力平均値は高い人で168。低い人でも89ある。彼等を義勇軍とするかどうかは、領主の判断になる。


 ムスタンの1か月は終わった。最後にルミエとワイズが来てくれて、城壁やトーチカ、希望者の土の家をメイクハニカムで丈夫にし、石化で大理石にし、結晶化でペンタダイヤモンドの表面仕上げにしてくれた。


 この数年のピュリスやハルミナの改革のエッセンスが、1か月でハルミナに移植された。このあとムスタンをどうするか。それは彼等自身が決めることだ。















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