第258話 黒ネコ合唱隊

 老人が死ぬために来るホテル。砂漠の盛夏は過ぎ、秋の気配がし始めると、さすがに客が来るようになった。思わず長居してしまった巡礼団であった。


 いつまでもいていいと言われたが、そういうわけにもいかない。また旅に出る。次の目的地はメシュトの牧場である。


 海沿いの気持ちの良い道を歩く。振り返るとカナス辺境伯領がある。サマリ(マリアガル)が姉と一緒に嫁いできて、最初に住んだのがカナスだった。先代のカナス辺境伯は王都にいたので、内政は長男の夫に任されていた。


 マリアガルとカリクガルの双子は、そこでジンウエモンに会った。姉妹二人ともジンウエモンの子供産んだ。ジンウエモンは賢者として圧倒的な能力を持っていた。そして人間的魅力にあふれていた。


 サマリはトールヤ村近くのホテルで、魂の蘇りを感じていた。あれだけ執拗に心を折られていたのだが、頑強なマリアガルの魂は死んでいなかった。


 サマリ(マリアガル)の心は憎しみに充ちていた。旅の始めにサマリが見たのはディオニソスが、輪廻に帰る場面だった。


 ディオニソスがいなければ、次は勝てるかもしれない。どす黒い憎しみの声が、サマリの心に響くようになった。


 カリクガルはマリアガルを幽閉してある邸を尋ねていた。フローズン・ローズを連れて邸に入ると、こっちを見たアカジはその瞬間自爆した。


 マリアガルの失踪が発覚した。ディオニソスの失踪は、彼をもう使うことがないから、どうでも良かった。しかしマリアガルがいなくなることは痛手だった。


 リッチになる直前に彼女を食って、自分の能力値を800上げる予定だった。リッチになれば、能力値は2倍になる。そのために生かしておいたのだ。


 カリクガルは管理していたFに激しい怒りを感じたが、殺すことは思いとどまった。彼女を殺すと、配下に能力値が250を超えるものはいなくなる。それに息子の婚約者の母親だった。


 カリクガルは人任せにせず自らサーチした。双子なので魔力の波長が同じである。世界中どこにいても、どこにいるかわかる。


 サマリ(マリアガル)もカリクガルのサーチを感じた。双子は否応なく共鳴してしまう部分があるのだ。サマリは大きな声でアミーフと旅人を呼ぶ。


「アミーフお願い私を殺して。今すぐ。カリクガルがもうすぐ来る。生きたままカリクガルに捕まったら、世界は終わる。アミーフの勇気にかかっているの」


「最後の言葉は残したいか」


「首と体を切り離して。できるだけ遠くで海に流して。そしてこの場所を覚えておいて。私の魂はここにとどまっている」


「それだけか」


「できるだけ早くネクロマンサーを呼んで。私の魂を甦らせてほしい。私にはやらなければならないことがあるの」


 アミーフはこの日のために用意したダガーを取り出す。血が飛び散らないように首をフードで包み、胴体から切り離す。サンソニア病だと示す赤いフードだ。


 旅人もあらかじめ覚悟はできていた。首を持って旅人は西へ走る。時間との勝負である。カリクガルに見つかれば、ブラウニーダンジョンが知られ、そこはねこそぎにされる。


 旅人は2時間走ったところで服に包んた首を出し、断崖から海に捨てる。さらに一時間歩いたところで服を焼く。3時間走るとメシュトの牧場にたどり着いた。


 息も絶え絶えにメシュトに必要最低限のことを話す。メシュトからテッドに念話。テッドからサイス。サイスはファントムに念話した。


 ファントムはすぐメシュトの牧場に転移し、旅人を馬に乗せた。サマリ(マリアガル)の死んだ場所へ行く。そこでネクロマンサーのスキルを使い、マリアガルの死霊を呼び出すことに成功した。


 現場に残った血の痕跡を火魔法で燃やし、土をかけて隠蔽する。足跡を消し痕跡を完全に消す。


 メシュトに固く口止めをして、ファントムはハルミナに転移した。マリアガルが死んで、8時間後である。


 カリクガルと配下が首と胴を発見するには、2日半(60時間)かかった。距離を考えると驚異的早さである。この間に雨が降り、痕跡は全く消えた。死霊さえいない。


 ケリーがポータブルダンジョンを持って、アミーフを探しに来た。アミーフは胴体を海に流してから、北に向かって走っていた。


 ケリーが見つけた時、アミーフはオアシスの近くで倒れていた。仲良くなったサマリの死に、今頃になって動揺していた。


 アミーフはブラウニーダンジョンに帰りたくないと言った。ケリーはン・ガイラ帝国の南端に転移した。キラービーの巣のあった場所である。


 カリクガルは邸を調べるが、ホムンクルスのアカジは木っ端みじんになっていて、何も調べることができない。


 奴隷のエルフ、ドアンの行方を探る。これは手がかりがあった。ン・ガイラ帝国の首都ビスクで、なんとディオニソスと一緒にいるところを目撃されたのだ。


 カリクガルは色めき立つ。徹底的に調査するがその後の情報が全くない。


 一真によるドールを使った陽動である。フェイクの情報を流すことでドアンへの追及をそらす狙いだ。ドアンの記憶は消してあるが、カリクガルに捕まったら、ひどい目にあうのは分かり切っていた。


 ドアンはサエカにいた。しばらくブラウニーダンジョンの奥に隠れていた。カリクガルにはエルフだったという情報しかない。エルフの里へはエルフ以外は入ることはできない。調査はそこで止まった。


 ディオニソスが生存しているかどうかも分からなかった。噂ではサエカで死んだというものがあった。神であるディオニソスは死ぬことはできない。その情報は誤りだとカリクガルは判断したのである。


 カリクガルの捜索は半年続いた。成果は何もなかった。マリアガルは逃げ切った。


 アシュラキャットは、カードモンスターで合唱隊を作っていた。セイレーンと木霊に加えて、死神が参加した。モーリーを連想させるというモンスターだが、切り離せばモーリーとは似ていなかった。


 ハリティを加える時には、リリエスに似た顔は、ターニャの慈母の顔や、雪の女王の顔も加えて新たに統合された。リリエスの面影は、その中に溶けた。


 ハリティが合唱隊の新メンバーを連れてきた。同じ子を無くした体験をした女だという。大人しそうな若い女だ。


 ハリティは自分の子が死んでしまったので、似たような他人の子を奪っていた。それが自分の子でないと分かると、その子を殺して食べていた。


 今はそれを反省しているが、それでも子を亡くした悲しみは消えたわけではない。日本からの転生者がこの世界に伝えたのだろうが、ハリティは36聖人堂に祀られている。口癖は「悲しい」である。


 合唱隊の新メンバーは、死霊となったマリアガルだった。死霊となったので魔力の質が変わり、カリクガルにサーチされても大丈夫らしい。25歳の女性という設定である。


 新しい名前はアメリである。能力値平均は約400と半分になった。それでも人外の強力な力を持っている。そしてカリクガルへの強い憎しみに心を染められている。危険な存在だが、ファントムは一般人を傷つけないという条件で自由にさせている。


 魔法は闇魔法で、ダークバレットを放つ。死霊なので不死である。寝ることもない。外見は25歳の美しい貴族令嬢。子供なくした悲しみから、修道院に入ったことになっている。実際住んでいるのは女性のための、隠れたる神の兄弟団の修道院である。


 アシュラキャットの合唱隊は愛称を黒猫合唱隊という。名前は可愛いが、戦う合唱隊である。そして強い。アメリの加入によってそれが格段に強くなった。


 アシュラキャットにとってありがたいのは、アメリが新参メンバーのパワーレベリングをしてくれることである。毎日、ダンジョンのかなり深くまで連れて行ってくれる。

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