第253話 ジュリアス対ピピン
エンジェルが試合開始を告げた。賢者ピピンはファイアーアローの速攻である。ジュリアスはファイアーアローを躱すと、ブラックジュエリーの姿で挨拶を始める。
腰を落として右手を前に出す、日本の極道の仁義である。ジュリアスは一真の記憶の中のヤクザ映画で知って、すっかり気に入ったのである。いつか背中に唐獅子か緋牡丹を彫りたいと思っている。
「早速、お控え下すって有難う御座います。手前、粗忽者ゆえ、前後間違いましたる節は、まっぴらご容赦願います」
賢者ピピンは構わずファイアーアローを連射している。既に試合が始まっているのだ。相手が意味不明なことをして負けるなら、自己責任なのである。
「向かいましたるお姉さんに、初のお目見えと心得ます。手前、生国はセバートン王国、セバートン王国と申しましても広うござんす。セバートン王国の西の果て、光のポリス、ピュリスで御座います」
ピピンは特大のファイアーボールを打って来る。ジュリアスは一回焼死する。身代わりにコウロギが生贄になり、復活。仁義はまだ続く。
「あいにくと父はおりません。母が娼婦であったため、てて無し子で育ちました。母は狐獣人のナターシャと申します。スラムの娼婦で一番の美人と評判でしたが、訳ありまして身を引きました。今はしがない食堂を経営しております」
ピピンの魔法はウォーターバレットに変わる。スピードが速く切れ味がいい。ジュリアスの顔が切り刻まれる。死ぬ度にブラックジュエリー一家の誰かが生贄になり、ジュリアスは無傷で復活。
「稼業、未熟者なれど、縁ありまして、一家を立てました。姓はブラック名はジュエリーと申す若輩ものにございます。稼業、昨今の駆出し者で御座います。以後、万事万端、ざっくばらんにお頼申します」
ジュリアスの挨拶は終わったようだ。そして一言静かに言う。
「出てきやがれ子分ども」
出てきたのはアシュラキャットを兄貴分に、ゴーレム馬や犬、コオロギとカードモンスターたちである。
ピピンはこらえきれず爆笑する、爆笑しながら、風刃を発動する。賢者ピピンは総ての属性魔法が使える。出てきた雑魚たちを、まとめて風刃で処分するつもりである。
アシュラキャットが銀の聖斧をふるって、風刃から抜け出す。必死にピピンに迫ってくる。なかなかの美少年である。鑑賞する余裕がピピンにはある。
筋肉の目立たない細い身体。ピピンの好みだ。憂いを含んだ切れ長の目が澄んでいる。絶対敵わない相手に命を捨てて戦いを挑む。少年の健気さが可愛い。
ピピンは惜しいと思いながら風刃で首を斬る。アシュラキャットは散華した。続いたのはヒト男5人衆。剣をふるったが、かすりもしない。杖の一撃で散る。
それは陽動だ。影に潜んだブラックジュエリーが、レイピアを鋭くピピンに突き刺した。額の間を貫いている。殺したかと思ったが、ピピンは何事もなく甦る。
ピピンはカリクガルのスキル、アバターを使えるのだ。自分が過去に殺したペルソナを、アイテムボックスに常備している。死ぬときはそれを身代わりにする。効果は生贄と同じである。不死対不死の戦いなのだ。
ジュリアスが言う。
「私はね、ピュリスの市場で、母と一緒にゴミ漁りをして育ったのよ」
ピピン。
「貧乏自慢は見苦しい」
ジュリアス。
「自慢しているわけじゃない。私は知っていたの。ゴミ箱に、食べられるものを捨てくれる子がいたのよ。貧しい私達のために」
ピピン。
「美しい話だな」
ジュリアス。
「私はこの世界に感謝している。スラムの片隅で生きていた私を、生かしてくれていた世界に。国家ではないよ。領主でもない。世界にね」
ピピン。
「戦わないのか」
ジュリアス。
「わたしが戦う女になる、そのきっかけを作ってくれたのは、孤児院の同じ年の男の子だった」
ピピン。
「身の上話発表会じゃない」
ジュリアス。
「せっかちね。聞きなさいよ。どうせ友達いなくて、こんな話する人いなかったんでしょ。私に裁縫や染色をしえてくれた人はアラクネだった」
ピピン。
「アラクネってクモでしょ」
つい話に引き込まれるピピン。彼女に友達はいない。身の上話を聞いたことなどないのだ。しかも虫嫌いで、ついジュリアスの話に応答した。
ジュリアス。
「私はね。みんなに感謝している。あなたには感謝すべき人はいるのかしら」
ピピン。
「エルフは一人一人自立している。子供でも」
ジュリアス。
「感謝がなくては、本当に自立することはできない」
ピピン。
「早く戦おうよ」
ジュリアス。
「私には夢がある。エルフも獣人もドワーフも、兄弟として1つのテーブルでお茶を飲む日が来るという。差別をするあなた達には、こんな夢は持てないわね」
ピピン。
「攻撃するわよ。今度はストーンバレット」
ジュリアス。
「私もだいぶ前から、攻撃しているわよ。今試合中だから。あなたの足もう使えないかも。水分不足で」
ジュリアスは糸を出して、ピピンの右足に巻き付けていた。魔法がのっていて、アンチ水の魔法である。服の上からでも水分を奪う凶悪な魔法だ。
ピピン。
「卑怯者」
ウンディーヌが水魔法のハイキュアをかける。水分を奪われて、細胞が死んだ右足が蘇る。アンチ水魔法は阻止された。
リポップしたアシュラキャットが、物陰からピピンに斧を投げる。当たってピピンの首は飛ぶ。しかしアバターを使えば、命の替えはいくつでもある。
ピピンは茶番に決着をつける気になった。洪水の大技だ。水が噴き出しブラックジュエリー一家のの全員を場外に押し流す。ジュリアスは負けた。
ピピンは勝った。当たり前だという気持ちと、虚しい気持ちと両方が湧いてきた。この戦いって、何をやっているのだろう。ピピンは深い話をする友達はいなかったし、未来に何の夢も持っていなかった。感謝すべき人もいなかったのだ。
負けたブラックジュエリー一家は、場外で宴会である。全員経験値がたくさん入り、能力値が爆上がりしていた。格上と戦ったおかげである。
ジュリアスはカリクガルの恐ろしさを再認識していた。ピピンと同じアバターを持っている相手に、どう戦えばいいのか。今日のピピンでさえ、殺しきれなかった。
ジュリアスの持っているスキルで、カリクガルを殺せる手段は何もなかった。もしカリクガルが呪われた存在だったら、紫の糸で封印することもできるだろう。しかしそうでないなら、本当に攻撃の方法がない。
チームは1勝2敗になった。負けたらルミエがハイエルフのパーティーに入るという約束は、ルミエとセバスしか知らない。親睦試合だと思っているのでみんな気楽だ。ルミエは面倒なことになるかもと思っている。
良かったこともある。タマモの杖のランダムスチールで、ピピンのスキルとパンツを盗んだことだ。パンツを見せれば宴会は盛り上がっただろう。しかしジュリアスは任侠の女である。パンツは返した。
賢者ピピンは模倣スキルを持っていた。見ただけで相手の魔法をマネできる。このスキルをジュリアスは奪っていた。ピピンからは消えているはずだ。
ファントムの事前情報があって、こちらは模倣対策をしてあった。全員に情報シールドを施してある。こっちのスキルは漏れていない。エルフ側はジュリアスのランダムスチールを知らなかったようだ。エルフ側の手落ちである。
模倣はパッシブスキルだった。ジュリアスが意図したのではないが、アバターのスキルも手に入れていた。精霊召喚、洪水、ハイキュアのスキルもあった。模倣は相手から奪うのではないから、これらのスキルがコピーされたことに、今は気がつかないだろう。
どれもジュリアスには不要なスキルだ。だがとりあえず、今日の次の試合は見て、勇者マジューロのスキルはもらっておこう。だれかの役に立つかもしれない。
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