第252話 ルミエ対クリスタ

 一体化したルミエとベルベル。対峙しているのは弓士クリスタ。クリスタは風の大精霊シルフを内部召喚している。それぞれの中で人格の独立は保たれている。


 ベルベルがシフルに舌戦を仕掛ける。


「シルフ。風魔法は木魔法の一部であることを忘れている。木魔法は生命を育む魔法でだよ。風は息吹なんだ。風刃という攻撃や、矢を導いて血を流させるなんて。命を損なう風魔法は、闇に落ちている」


「風魔法は4属性の一つで木魔法の一部なんかではない」


「大精霊が既に自分を見失っているのか」


「私はユグドラシルに従うものだ」


「自分というものがないの?そんなの奴隷だよ。精霊の誇りはどこへ行ったの。僕は悲しい」


「ドライアドもユグドラシルの配下ではないのか」


「僕はドライアドを、ユグドラシルの支配下から独立させようと思っている」


「ドライアドに名前はないはずだが、もしかして名前持ちの精霊か」


「ドライアド解放戦線議長、キャプテンベルベル。率いるのは僕の思想に共鳴してくれるベルベル隊だ」


「お前だって、エルフの召喚精霊に過ぎないのでは」


「我々は対等な同盟者の契約を結んでいる。従属するものではない。シルフ。従属したお前は、もう敗北している」


 試合開始がエンジェルから告げられた。その瞬間、ベルベルは月光のデバフと六魔の杖を発動する。六魔の杖は、多くのHPを奪う。死ぬのは想定内だ。カードモンスターが生贄として、死を引き受けてくれる。


 まず弓の勝負である。クリスタの弓矢は、世界樹ユグドラシルの枝からつくられた。絶唱という神弓である。


 ベルベルの弓はアリアから受け継いだエロスの神弓。名工グーミウッドによる改造が加えられている。しかも追尾とリターンのモジュールも付いている。


 クリスタはシルフの風の防壁発動。風の力で上方に矢を逃がす。この風の防壁を使えば、クリスタに届いた矢はなかった。


 しかしベルベルの矢には追尾のモジュールが働いていた。風の力で上方に流されても、座標上の目標地点は失われていない。軌道を再計算して、後からクリスタの身体に当たった。


 しかも金の矢である。相手を魅了する効果がある。不意を打たれて、クリスタは一瞬ルミエに魅了された。わずか一瞬だが、わざと石化して防御力を高めたルミエが鮮烈に印象に残る。


 クリスタは千日の試練の後、ユグドラシルにすべての呪いを解いてもらった。あの時クリスタは、安堵しユグドラシルに心から感謝をささげた。しかしルミエは自分で呪いを解いた。今は自在に呪いを操ることができるルミエだ。一瞬であるがクリスタはルミエを尊敬した。


 クリスタの矢はルミエの鎮静スキルによって、運動の力を失う。ルミエの手前一メートルで地に落ちた。数回射たが、結果は同じだ。


 矢が届かない。クリスタにはもう攻撃手段がない。シルフの風刃を使う。しかし風刃もルミエの前には動きを失う。次の攻撃はトルネード。風を回転させ、その中に風刃を仕込んでいる。だがすべてを鎮静するルミエの前では、風は止んでしまう。


 ベルベルはドレインでHPとMPを削ろうとする。しかし相手が格上なので効果がない。六魔の杖の悪魔は少しずつHP、MPを削っている。月光デバフとの相乗効果で1分間に2、削れている。


 能力値の差は300。上回るには150分。2時間半かかる。しかしクリスタにはユグドラシルの加護があり、自動回復量の方が多い。ベルベルでは倒せない。


 ベルベルはエロスの神弓で、今度はミスリルの矢を射る。相手を麻痺させるが決して殺さない矢だ。クリスタは風の壁で防ぐが、防ぎきれないのは分かっている。だが毒耐性があるから、クリスタはチクッとするだけだ。


 ルミエがここにいないユグドラシルを批判し始めた。相手の心を折る作戦だ。


「ユグドラシル。どっかで見ているわよね。あなた戦う前から負けているわよ。偉大な人種エルフはどこ行ったのよ。ドワーフ仲間にしてるのに、同じこと言えるの?偉大なる人種エルフって。ドワーフはあなたの中で、偉大なる人種じゃないのよね。でも仲間を侮辱するパーティーが勝てるわけないでしょ」


 ユグドラシルが返事をするわけがない。それでもルミエは続ける。


「それにあんたカリクガルと同じじゃない。一番上に立つのがエルフかヒューマンかというだけで、差別の仕組みは何にも変わらないわ」


 ユグドラシルとハイエルフパーティーに楔を打つ作戦だ。


「私がニセモノじゃなくて、本当のユグドラシルに会いたいのは、そのことを知りたいだけなの。本当のユグドラシルも差別するのかどうか。人類には偉大なものも卑賤なものもいない、その言葉を聞きたいのよ。私達が勝ったら本物の居場所を教えてもらう。約束よね」


 本物のユグドラシルがいる。ルミエの言葉にクリスタが動揺している。


「でもあなたの配下のハイエルフたち、あんたがニセモノだって言うこと知っているのかしら。クリスタ、あんたもよくニセモノの言うことを聞く気になるわね。じゃ本気で潰しに行くわよ」


 ルミエは3倍速で走って間合いを詰めた。手に持っているのは血まみれのメイスだ。弓士が近接に持ち込まれたら負けである。それは十分知っているクリスタだ。しかし話の内容が衝撃的で、クリスタは一瞬注意を怠った。


 ルミエはメイスをふるった、クリスタは風を補助にして後ろへ飛び退った。しかしこれは陽動だ。並列思考のルミエは武技と同時に魔法を打てる。今ルミエの最大火力はライトニング。雷撃だ。


 クリスタはメイスに気を取られていた。大きく飛んで下がったが、雷撃にも追尾のモジュールがついている。雷撃をまともに食らった。


 能力値が一時的に大きく下がる。その瞬間、六魔の杖の悪魔が寝返った。ユグドラシルの加護の回復が間に合わない。能力値の逆転が30秒続いた。


 この短い間に、クリスタに魅了と鎮静がかかった。能力値が回復しても、凶悪な2つのスキルは簡単には外れない。


 物理的な暴力に弱い弓士クリスタ。メイスでめった打ちにされた。顔面から血が出る。クリスタの心の中で、敗北感が広がっていく。


 クリスタに、敗北に憧れる倒錯した気持ちが生じる。魅了がかかっている。


 とどめはベルベルの王者のムチだ。これで打たれると快感がある。鞭で打たれる。それが心理的な敗北感を増幅させる。誇り高いほど、鞭を受けている自分を敗者と感じてしまうのだ。


 クリスタが膝をついた。もう負けて良かった。自分たちは最初から負けていたんだと、クリスタは思った。敗北の合図をする。


 勝ったルミエは、自らの非力を痛感していた。自分の魔法は防御のための鎮静しか効果がなかった。能力値の逆転は、油断を突いたペテンだ。世間知らずで純粋な相手だから、言いくるめられただけだった。


 しかも勝利に貢献したのは、自分よりもベルベルの方が大きかった。ベルベルの月光のデバフはジリジリ効いていた。六魔の杖も確実に効果があった。


 ベルベルのメインとなる魔法はドレイン。そのドレインが効果がなかった。ベルベルは落ち込んでいた。理力を上げて、格上と対等にならなければ、自分は役立たずだ。ベルベルは非力をかみしめていた。


 公平に見れば相性の問題だっただろう。遠隔しか攻撃手段のないクリスタに対し、近接戦にも慣れたルミエとベルベルである。


 クリスタは相手をエルフの聖女とドライアドの長弓隊と認識していた。この認識違いも大きい。エルフが血まみれのメイスをふるったり、悪魔的な呪術を使うとは、クリスタには意外過ぎた。


 クリスタもエルフなので、ドライアドの乳母がいた。クリスタは今でも乳母に一部依存している。その優しいドライアドに、鞭をふるわれたのがショックだった。


 シルフは戦う前に迷っていた。シルフの心に、風刃のような血なまぐさいスキルを使う罪悪感が生まれていた。それで勝てるわけがない。

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