第247話 ニコラスの徴兵
ニコラスがフラウンド家のハルミナから独立した。領主のいない自由都市となった。セバートン王国に属するのではなく、王家直属となる。国王は国家財政と切り離された税収を持つことになった。
ニコラスの独立はもちろん偽装である。実質はリオトの支配下にある。しかしリオトがここで民主主義の実験をしたいというのも本当だ。
臨時市長にホーミック1世を任命した。32戸から2名をクジで選び、議会を作る。選挙ではなく、クジこそ民主主義の根底だ。作られた議会の中から5名を選挙し、彼らが月番で市長になる。
ホーミック1世はこの制度が機能して、5名の市長が選ばれた時点で交替する。2年後になる予定だ。ホーミック1世は、トールヤ村での民主主義に慣れている。移行期を任せるにふさわしい人材だった。
独立と同時に3週間の徴兵制が既に実施されている。義勇軍と違って、完全予約制だ。1期に300人程度が軍役を務める。全員が国防軍の軍人ということだ。3週目は次の300人も徴兵されて、必要な引継ぎを行う。
「わが軍は国民軍なり」というサーラの言葉が残されている。それに忠実に従っている。
2年後の戦争を想定すると、ニコラスの取れる戦術は篭城しかない。大事なのは兵糧の準備と硬い城壁。城壁はもうできている。今軍隊の最優先すべきは、食料の備蓄だった。食堂で調理し、できた料理を保存することだ。すでに容量無制限、時間停止のマジックバッグを購入してある。
300人のうち料理スキルを持つものを選抜。それだけでなく、男女問わず普段料理をしているものを選び出す。最優先は食堂である。
ただそれだけでは士気が上がらないので、1週間の行軍キャンプや、城壁上でのクロスボウ訓練は全員に体験してもらう。クロスボウは1週間程度の訓練でも使いこなすことができる。
ピュリスの始めたガチャ制度も取り入れよう。褒美はガチャ券にして、景品に格差をつける。ギャンブル的要素はやる気を出させるのに重要なのだ。金も配るが、大事なのはスクロールでの能力の底上げだ。
土魔法を持つことは、義勇軍で推奨していた。ニコラスにもかなり多い。掘を作り、防備を整えてもらう。それが終わればユートン村への水路作成を予定している。それに伴って経験者による葦船作成、操縦訓練もする。脱出用だ。
衛兵の訓練も重視している。籠城中の治安部隊は自警団に任せることになるが、その訓練だ。ニコラス城内を徒歩で巡回し、治安維持の訓練をしてもらう。
住民の質の底上げという意味では、識字・計算能力の育成にも力を入れるつもりである。ハルミナの義勇軍の経験によって、識字率はかなり上がっている。
しかしまだ字が読めるのは半分程度だ。2年後には8割が字を読めることを目標にしたい。リオトはニコラスだけでなく、ハルミナでも同じ目標を掲げている。
人口1万人のニコラスのような都市が、大軍と対峙した時、外へ打って出る作戦は無理である。篭城しかない。といって騎馬が不要というわけではない。
他の都市を救援するには、軽騎兵隊が必要である。ニコラスには隠れたる神の兄弟団の修道院があり、修道士が40人くらいる。馬は20頭ほどいる。彼等は聖騎士団でもあるのだ。
聖騎士団に協力してもらって、住民の中で騎乗できる者を訓練してもらう。ニコラス軍として10頭の馬はいる。聖騎士団の馬と合わせて30頭。不足分はゴーレム馬で間に合わせるつもりだ。
身体が大きくて歩兵適性があるものは、ハルミナの歩兵隊に勧誘するつもりである。従って希望者には歩兵訓練もする。歩兵の武器は盾と槍が基本なので、歩兵隊は同時に槍部隊ということになる。
弓に適性がある市民もいるだろう。籠城の基本武器はクロスボウで、グーミウッドに大量に作ってもらっている。それ以外に、狙撃専門兵士がいても良い。あるいは城外の特殊部隊に弓兵がいても良い。指導は冒険者の弓な得意な人に頼もう。
ヒーラーには直営治療院がある。徴兵の時には、治療院に配属し、腕を磨いてもらう。研修期間のようなものだ。おそらく普段からスキルは活用しているだろう。うまくいけば徴兵をきっかけに、ヒールレベルを上げてもらいたい。
薬師スキルを持っているものも同じ。治療院には、優秀な薬師もいるので、みっちり研修してもらう。
フラウンド家は義勇兵に限界突破を行ってきた。それでニコラスにも魔導士が多い。だが彼等は魔力が少ない。
常備軍で大規模な魔導士部隊を作る?一日に数発しか魔法を打てないのだ。人件費を考えると、コストパフォーマンスが悪すぎだ。
しかし徴兵だったらどうだろう。10発打てる一人の魔導士と、1発しか打てない魔導士20人では、人数の多いほうが勝つのだ。
いざ戦争の時に、能力は低くとも魔導士部隊があることは重要になる。特に篭城戦である。戦う時間帯は長い。1日に数発しか打てなくても、打てる人数が多ければ、相手には脅威のはずだ。リオトは魔法訓練を重視することにした。
犬を飼っているものには、犬を連れてきてもらうように言っている。籠城戦では城壁内からの攻撃手段は限られる。城壁上からの遠隔攻撃か、油断を狙ったヒットアンドアウェイだ。
篭城戦で、外からの奇襲は有効だ。敵は長い遠征に疲れて、野営では浅い眠りしか与えられない。夜襲されたら、疲れは蓄積していく。夜襲に犬部隊が使えると、リオトは考えたのだ。
確かに犬部隊は使える。しかしだったらコオロギゴーレムのK部隊も使えるのではないだろうか。敵を悩ますだけであれば、強い必要はない。
そういえばナマティで極道がコオロギの殴り込みで潰れたという噂を聞いた。K部隊を夜襲に使ったのだろう。弱くてもしつこく夜襲されたらノイローゼになる。
犬部隊以上に、K部隊の充実は役に立ちそうである。翌日、ファントムと話した。
「ファントム。金はあるんだ」
「リオト。何の話だ。女に狂ったか」
「いや僕には婚約者がいる」
「え、そうだったんだ。いつ結婚?」
「もうすぐだよ。彼女は学校卒業したばかりだから」
「ということは、彼女は15歳か。歳の差20歳か」
「そんなことはどうでもいいんだ。コオロギを大量に買う」
「無気味だな。大量のコオロギの鳴き声を聞く中年男」
「コオロギゴーレムとカードモンスターで、1万の部隊を作りたいと思う。買ってあげよう」
「それはちょっと」
「客が買うというのに、売らないつもりかい」
「フラウンド帝国を作るつもりか」
「なんだそれ初めて聞いた」
「ドンザヒの騎馬隊は最強だ。カーシャストは天才だしな。しかもメシュトの牧場と手を結んで、良い馬を確保している」
「それだけで帝国はできないよ」
「あんたの姉さんのいるリングル。もしカリクガルを倒したとしたら、その時点で最強の魔法師団を持つのはリングルになる」
「確かに、ルイーズ姉さんはカリクガルの次に強い。第2学校の魔法科は良い魔導士を育てているし」
「しかもリングルは、ケルザップのケンタウロスと手を組んで、強い水軍を持っている」
「確かに。今ジェホロ島にウィルが来ている。あれは有能な水軍指揮官だと思う」
「その上にハルミナは限界突破したから、強い軍隊を持っている」
「確かに限界突破しているのはハルミナだけだ。ファントムのおかげだよ。ありがとう」
「K部隊を強化してさらに強くなったら、フラウンド帝国が可能になる」
「まさか僕たちには、そんなつもりはこれっぽちもない」
「カナス辺境伯領が滅びた後も世界は続く。その後の世界が歪んだ世界であってほしくない」
結局ファントムは、サヴァタン山の警備のためにという名目で、ゴーレム馬とヒト型モンスターのセットを50だけ売ってくれた。リオトはやや不満だ。
「1万セットも売ったら、ハルミナが強くなりすぎる」
ファントムはそう言った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます