第246話 アデルとライラ
サエカはマリリンの提案したエイジングで、古都のような雰囲気を持つ街になった。古代の都市が発掘されて蘇ったらこういう街になるだろう。なかでも古代の神々であるかのようなハルハとディオンの彫像まである。しかし王家から姫を迎えるにはいささか地味である。
アデルから金に糸目はつけないと言われたマリリンは闇の情報屋ファントムから耳寄りな情報を得た。地味でありながら、とてつもなく華やかな都市の風景を作る秘法である。
サエカのすべての建物は、犬小屋に至るまで、木炭の粉末を水に溶かした液で、真っ黒に塗られた。まるで死者の町である。マリリンが嫉妬のあまり狂った?そうではない。
ワイズがやってきて、結晶化スキルを行使した。炭素は総て結晶化し、ペンタダイヤモンドという宝石に変わった。色は透明である。
黒い建物の肌はそのままに、表面は固くて透明な結晶で覆われた。光の加減で、それはいろいろな色彩を見せる。黒は色彩ではない。色彩を生み出すのが黒なのだ。
古都のように優雅で、しかもそこに住むものを、色鮮やかに見せる都市ができた。マリリンの精一杯の二人への贈り物である。この街は雨にぬれると美しい。時間帯では朝露に濡れる早朝がいい。
準備はできた。王女を迎える結婚式が執り行われる。その日の朝、雪が降って積雪になった。空気が洗われて清浄になった。パレードの開始の時間には、太陽が出て快晴になった。新雪がキラキラして、街をさらに神秘的にしている。
パレードの先頭は水軍の軍楽隊だ。華やかなメロディーで幸福の到来を告げる。沿道には民衆が鈴なりだ。
近衛兵がニコニコ笑って通る。赤い儀式用の制服だが、ライラ姫の要望で威儀を正さず、砕けたパレードになった。
国王と第1王妃の馬車、王太子と婚約者の帝国第3皇女の馬車が通る。いずれも華やかな色彩だ。町はモノトーンなので、華やかな色は映える。道はこの日のために舗装された。馬車を揺らさないためだ。
パレードは要塞だった部分、彼等の住居に到着する。要塞はクルトによって城壁の一番最初に作られた部分である。そしてリリエスとケリーの拠点だった場所でもある。
二人を結び付ける神は、アズル教の神ではない。要塞の一番高いところで、光の神太陽と、海の神と、大地の神に結婚を誓う。それは古代式の結婚式であった。
昼はサエカの広場で民衆と共に大宴会になる。酒と食べ物は、無料である。民衆も自分の作った料理を献上している。
レイ・アシュビーの隠れたる神の兄弟団は、大量の酒を提供してくれた。一真の作った新しい酒もある。ピュリスの実業家ナターシャは、大量の料理を提供する。高級な海の白銀のメニューもあれば、大衆的な狐食堂のメニューもある。味はほとんど同じだが。
水軍軍楽隊が演奏し始めると、広場ではダンスが始まった。民衆も皇女もいっよに踊るダンスだ。ン・ガイラ帝国でも、こんな身分差のないダンスはない。皇女ナムリカは民主主義者なので、このダンスを楽しんでいた。
ダンスが休みになって、人々が飲食に戻ると舞台では大道芸が始まる。道化師が笑いを取る。娼婦たちのきわどい服装の踊りがある。男たちの剣での模擬戦がある。
その後は馬上槍試合が始まった。これにはライラ姫も参加する。姫は案外お転婆なのである。
姫は1回戦は危なげなく勝ち進んだ。2回戦でアリッサにぶつかった。アリッサはリングル領主の妹であり、ライラ姫と面識がある。サエカにいるのは第5学校の医学部教授としてである。手加減してくれるような相手ではない。
二人とも鎧兜の完全装備である。馬はライラ姫は競馬に出している軽馬種。アリッサは森で丸太を引く大きい馬で荒々しい。審判の合図で両者同時にコースを走る。
ライラ姫の槍がアリッサの鎧に届く。結婚のご祝儀はここまでだ。アリッサの重い馬の力が、槍を通してライラ姫を弾き飛ばす。ライラ姫は落馬して体をひどく打ってしまう。
アリッサはヒーラーレベル5である。すぐ馬を降りると、ライラ姫をヒールで治療する。ライラにささやく。
「おめでとう、ライラ」
「ありがとう、アリッサ姉さん」
民衆は拍手喝采である。トーナメントの優勝は、アリッサの夫水軍船長のウィルであった。
もう3時になった。舞台ではエルフの勇者で、吟遊詩人のマジューロがガアーズを奏でている。1曲目は悲しみのマリンという失恋の歌である。
サエカの人なら失恋したのはマリンではなく、マリリンだとすぐわかる。マリリンは胸を張っている。歴史的な事件に、失恋者としてでも名前が残ることが誇らしい。笑いと励ましの拍手がマリリンを包む。2曲目はハリハとディオン。サエカにはおなじみの歌である。本当の名前はアリアとディオニソスなのだが、民衆はそれを知らない。
3曲目は本当の恋の物語。アデルとライラの物語を、淡々と語ってゆく。ライラを鱗の呪いにかけたのは、ナマティ公爵だというのはみんな知っている。彼を罰することのできないライラの悔しさも、民衆は共有している。
人びとは泣いていた。そうして誓うのである。この二人を幸せにしようと。ただのラブソングが、民衆の戦いの歌になった。
マジューロは最後に
「俺はエルフの勇者マジューロだ。エルフはサエカと共に戦う」
そう言って火の大精霊サラマンダーの豪快な炎を、天に向けて打ちあげたのである。炎は上空で5色に分かれて消えて行った。民衆が熱狂したのは言うまでもない。
次はお待ちかねのイベントである。全員参加の宝石ガチャである。外れなし。ジェホロ島の宝石珊瑚。サヴァタン山の琥珀だけではない。エルフが千個以上の竜晶石や、それ以外の見事な宝石を寄付してくれた。
アデルの父親ピュリス領主のヴェイユ伯爵、セバートン国王クカトリムス、ハルミナ領主リオト、帝国第3皇女ナムリカもたくさんの宝石を寄付してくれた。もちろんライラ姫も。
さらになぜか多くのサエカの住民が、自分の貧しい宝石をこの催しのために寄付したのである。自分が貴人と同列に立ち、宝石寄付者の一人であることは、子孫に誇れることなのだ。もしかしたら、自分の宝石を皇女が身につけることさえあるかもしれない。
ケリーもリリエスに渡しそびれていた珊瑚の指輪を寄付した。誰かに代わりにあげるわけにはいかなかった。こういう機会しか手放すことはなかっただろう。リリエスも喜んでくれるとケリーは思う。
もちろん1万個以上の宝石がそれだけで間に合うわけがない。ワイズがクズ木炭から大量のダイヤモンドを作りだした。そうして集めた宝石が、平等にガチャで配布される。
赤ちゃんから90歳近い老人まで全員に配布される。みんなこの日を待ってドキドキしていた。もしかしてライラ姫の宝石やナムリカの宝石が当たるかもしれないのだ。本当はどうであれ、そう信じればいいのだ。サエカではたくさんの宝石が、物語付きで子孫に受け渡されるに違いない。
熱狂の2時間が過ぎ、広場はようやく人が引き始めた。残った宝石はダレンが買い取り、そのお金は孤児院に寄付される。ダレンはそういう役割が好きなのである。地味でしかも有益なことが。
ライラは今日からこのサエカで暮らす。夕焼けがきれいだ。小さな竜がライラのもとにやってくる。幼い竜はまだ戦う力がなく、おそらくアデルが生きている間は戦いの役には立たないだろう。
でもアデルはテイムした幼いドラゴンを可愛がっている。自分たちの子が成人する20年後には、このドラゴンも役に立ってくれると信じて。
ライラはそんなアデルが愛おしい。
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